Planning 1 発足

 翌日から攻輔は、休み時間のたびに二年生のクラスを回った。

「ちょっとアンケートにご協力お願いしまーす」

 一年の頃、同じクラスだった生徒を中心に声をかけていく。男女は問わなかったが、なるべく女子の意見を聞きたかった。

「えーっ、結婚式の予習? 若王子くん、変なこと考えるねー」

「結婚には興味あるよ。ありまくりだよっ」

「相手がいないといけないんでしょ? あー、ハードル高いわ。最大の難関だわ」

 新しく「結婚式・披露宴の練習をするクラブ」が出来たとしたら、興味があるか。どのくらい興味があるか。そのクラブにはどういったことを望むか。どんな疑問があるか等々、幾つかの質問を書いた用紙に書き込んでもらい、また直接話を聞く。

「いや、高校生で結婚はないでしょ」

「彼女いねーし。まずそこからだし」

「あー、今付き合ってる相手と? ……うわー、って、これ誰にも言うなよっ。悩んでたってこと自体を言うなよっ」

 聞いてみた限りでは、男子より女子の方が結婚に興味を示しており、アンケートの回答も具体的だった。男子の場合は彼女がいないという回答ばかりで、彼女がいるものも、結婚はまだ想像できないという答えが大半だった。

「ふっふっふ。大分たまってきたな」

 ともあれ、攻輔の狙いはアンケートの量を稼ぐことである。五○○円を投入し、コンビニエンスストアで五○枚コピーしてきたアンケートをどんどん消費していった。大したことが書かれていなくても、回答は回答である。それとは別に、直接話を聞いて書き留めてある意見もあった。アンケートと別枠で「調査結果」を作ることも出来る。

 数日後。二年生でのアンケートを一通り終えた攻輔は、一年生のクラスにまで足を向けていた。すでに最初の五○枚は使い切っており、更に五○枚刷った分も残り二○枚になっている。まったく未知の領域だが、先輩だという強みを活かして一年生からもアンケートを集めようという魂胆だった。

「ちょっといいかな」

 初対面なのはお互い様なので、手当たり次第に声をかけていく。四月初めのこの時期、一年生は部活動の勧誘などで先輩に声をかけられ慣れているのか、素直に立ち止まって話を聞いてくれた。同級生のときよりよほど真面目に話を聞いてくれる。意見としてはそれほど代わり映えもせず、やはり男子より女子の方が具体的だった。初日で残っていた二○枚を使い切り、攻輔は意気揚々と自分の教室へ戻る。

「あのっ」

 その途中で、今度は自分が呼び止められた。

「お久し振りですっ、オージ先輩」

 聞き覚えのある声に振り返る。小柄な少女が立っていた。おかっぱ頭の前髪を少しラフにカットした、可愛らしい顔立ちの子である。ついでにいうと胸はまっ平らだ。彼女は、期待と不安がない交ぜになってカチカチに固まったような顔をしている。一生懸命微笑もうとしているようだが、緊張のせいで上手く笑えていなかった。

「うおっ、竹井たけい!」

 攻輔は思わず叫ぶ。少女はまだ緊張していたが、名前を呼ばれた瞬間、パアッと光が差したように自然な笑顔を見せた。「お久し振りですっ」と、もう一度挨拶する。

「あれ、竹井ってうち受けたんだ。もっと偏差値の高いところ行けただろ。あ、これ聞いたらまずかったか?」

 竹井ねね。中学時代の後輩だ。懐かしい顔につい口を滑らせてしまったが、新入生の中には、受験にしこりを残しているものがいるかもしれない。

 竹井はいつも成績上位にいるような生徒で、一度通信簿を見せてもらったことがあるが五段階評価の五ばかり並んでいたのをよく覚えている。攻輔が二年生、三学期終業式の日のことだ。そこまではっきり記憶しているのは、あまりに良い成績だったので腹が立って『あとは家に持って帰るだけだろうがっ』と竹井の通信簿を紙飛行機にして部室の窓から外に投げてやったからである。竹井に泣かれたときは、本当にすまなかったと思った。

「別にまずくないですよ。私、ここに入りたくて受けたんですから」

 竹井は裏表のない調子で答えた。どうやら杞憂だったらしい。

「でも、うちって、わざわざ受けたくなるような特徴あったか? 俺は完全に偏差値で選んだけど。部活も、運動系はサッカーとかヨットが強いらしいけど全体的にそんなパッとしないし、文化系の部はほとんど壊滅状態だからな」

「オージ先輩は、やっぱり新聞部なんですよねっ」

 勢い込んで尋ねる竹井に「ああ」と返してから、攻輔は「実はな……」と本題を思い出してアンケート用紙を差し出した。

「今度、新聞部辞めて新しいクラブを立ち上げようと思ってるんだ」

「け、結婚ですかっ?」

 女の子だからだろうか。竹井は文面に目を通すなり、頬を赤らめて声を上げた。攻輔は「悪いな」と片手を立てて謝る。

「中学でも熱心にやってたし、高校でも新聞部に入るつもりなんだよな。俺も手伝えたら良かったんだけど、ちょっと思いついたもんだから。そっか、ちょうど新聞部の部員がいなくなるから休部扱いになるところだったんだ。竹井が入ってくれればそれも解決だ。おお、めでたい」

 攻輔は奇跡的な展開に喜んだ。ところが、竹井の表情がどんどん曇っていく。アンケート用紙を見下ろしたまま黙ってしまったので、無理やり笑って彼女の背中を軽く叩いた。

「大丈夫。竹井なら一人でも新聞部やっていけるって。それに同級生に声かけて仲間集めれば良いじゃないか。なっ」

「……はい」

 励ましの言葉はあまり効果がなかったようである。返事をしたものの、竹井は俯いたままだ。攻輔は何とかして竹井を安心させてやろうと、思考を回転させる。

「それに、新聞部の顧問は小鳥遊センセーっていってな。一年のとき俺たちのクラスの副担任だったから、よく知って……」

 喋っている途中で気がついた。まずい。もし竹井が新聞部に入部した場合、自分たち『ブライダル・クラブ』の居場所がなくなるではないか。竹井一人ならまだ、部室の隅を間借りするという荒業が使えるかもしれないが、他の生徒たちが入部した場合、さすがに違う部の人間が居座っているわけにはいかなくなるだろう。それに、小鳥遊も本来は新聞部の顧問だ。新聞部が継続されることになったら、そちらに持っていかれてしまう。

 …………すまない、竹井。

 攻輔は瞬時に方向転換をした。

「いやっ、それじゃダメだ!」

 竹井の両肩に手を置く。驚いた竹井がビクッと震えた。廊下を通り過ぎる一年生たちが何ごとかと振り返ったが、気にしないことにする。

「竹井、新聞部になんか入るな。お前は俺と一緒に『ブライダル・クラブ』のメンバーになるんだっ。中学からの仲じゃないか。高校でも一緒に楽しくやろう」

 強引に竹井を「ブライダル・クラブ」に引っ張りこみ新聞部の復活を阻止するという作戦が発動された。悪い先輩だとは思うが、この際、背に腹は変えられない。何とか竹井を説得して新聞部への入部を阻止しなければ。

 さて、一体どんな反論が帰ってくるだろうかと竹井の頭を凝視していると、彼女がそろそろと顔を上げた。前髪が額を滑っていく。そこから露になった瞳には――

 涙が浮かんでいた。パッチリと大きく見開かれた目にはじんわり涙が溜まっている。それから熱でもあるのか、顔が真っ赤でボーっと呆けているように見えた。攻輔は戸惑う。何が起こったのかよくわからない。

「おい、竹井、しっかりしろ」

 とりあえず肩を揺すってみた。

「いいんですか」

 竹井が声を洩らす。

「ん? どうした」

 攻輔は耳を近づけた。

「私なんかでいいんですか。先輩と一緒に……」

「もちろんっ。いいに決まってる。むしろお願いしますと言いたい」

 力強く答える。竹井の瞳に炎が宿った、気がした。

「こ、こちらこそよろしくお願いします! せ、精一杯頑張りますっ」

 ガバッと急に頭を下げられたので、肩に手を置いていた攻輔は慌てて身を引く。「お、おう」と情けない返事しかできなかった。

 周囲の一年生たちは何が起こったのかよくわかっていないようだったが、何となく良いものを見たらしいという雰囲気でパラパラと拍手をしてくれた。

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