Planning 1 発足

 攻輔たちの通う私立しりつ歩行橋あるくのばし高校では、三年生の一学期から多くの生徒が受験に向けて動き出す。部活に所属している場合は夏まで部活動に専念している人もいるが、この学校では少数派だった。そのため、すでに多くの部では二年生が中心になって活動している。それは生徒会活動においても同じことが言えた。生徒会の役員選挙は三学期の終わりに行われる。一年生の中から時期生徒会役員を選び、新学期、二年生になった彼ら彼女らが生徒会を運営していくのだ。

「というわけで、創部申請を受け付けてくれ」

 現在の生徒会長は攻輔と同じ二年生である。しかも、彼女は一年のとき彼と同じクラスだった。よく知っている仲なので、話をしやすい。

「却下」

 ただ、相手も同じように思っているとは限らなかった。

「なんでだよ、獅王葉しおうば! こんなに夢があって愛に溢れる部活動なのにっ」

 攻輔が文句を言うと、事務机の椅子に座って「創部申請書」に目を通していた少女、現生徒会長・獅王葉しおうば絢悧あやりがポイと用紙を机に放り投げた。

「結婚式・披露宴を総合プランニング? バカじゃないの?」

 ただでさえ鋭いツリ目を更につり上げて攻輔を見据える。不覚にも一歩退いてしまった。

「高校生で結婚とか、あり得ない」

「だから、本当の結婚じゃなくて――」

「そんなこと関係ないのよ」

 絶対零度の視線に突き刺され、攻輔は口を閉ざさざるを得ない。

「高校生ごときの恋愛で、真剣に結婚のこと考える奴がいるわけないでしょ。所詮、お遊び。その場限りの欲情に溺れているだけよ。十代の結婚では約八割ができちゃった婚なのよ。これがどういう意味か、わかるわよね?」

「……お前、意外と詳しいな」

「このくらい、新聞を読んでいれば身につく知識だわ。詳しいなんてレベルじゃない」

 ……うわー、出たよ。学年トップの冷徹発言。

 攻輔は椅子の背もたれに身を預けている獅王葉絢悧を見つめた。気の強さを表しているかのようなツリ目は少々とっつき難い印象を与えるものの、間違いなく美人の部類に入る。背中まで伸ばした長い黒髪は外へと軽くカールしており、時折肩にかかるそれを払いのける指は細くしなやかで長い。

 身長が一七○センチメートル近くあり、腰の位置が高いいわゆるモデル体型。それでいて胸もあるというスタイルの良さは、もはや威圧感すら与えていた。しかも彼女は一年の一学期から学年トップの座を維持し続けており、おまけにスポーツ万能なようで、一年のときの体育祭では出場した全ての種目で一位を取り、攻輔たちの所属していたブロックの優勝に大きく貢献した。

 考えてみると、うそ臭いくらいの完璧超人だな。

 しみじみ感じ、攻輔は一人で何度も頷いた。

「理解できた? それじゃ、さっさと出ていって。私も暇じゃないの」

 攻輔の頷きを別の意味に捉えたらしい。冷たく言い放ったので、攻輔も「まあ、待て」と手を挙げた。

「獅王葉の意見はわかった。でも、真剣に結婚を考える人がいるかどうかと、俺たちが『ブライダル・クラブ』を立ち上げるのとは直接の関係はないだろ。ちゃんと創部申請したんだから、検討しろよ」

「棄却」

「だから、検討しろって!」

「検討したわ。その上で不許可なの。棄却って言ったでしょ。却下と棄却の意味の違い、辞書を引くと良いわよ」

「んなこと知らねー!」

「だから辞書を引けって言ったの。頭悪いわね」

「お前、何様のつもりだあっ」

「生徒会長様よ。私ね、これから一年、自分の好きなようにこの学校を仕切っていこうと思ってるの。その計画を実行に移す手はずを整えている最中だから、あなたに構ってる暇はないのよ。さっさと出ていって」

 シッシッと手で追い払う仕種をしてみせるので、攻輔は机の上の申請用紙を引ったくり、「覚えてやがれ!」と我ながら小悪党の捨て台詞みたいな発言を残して生徒会室を後にした。

「それで、どうするんだよ。いきなり暗礁に乗り上げたな」

 生徒会室でのやり取りを吐き出した攻輔に、藤家は冷静な問いを発する。小鳥遊は電気ポットからお湯を注ぎ、ココアをちびちび飲んでいた。完全に和んでいる。

「どうもこうもねえよ。こうなったら直談判だ」

「今、生徒会長のところに直談判に行ってあえなく玉砕したばかりだろ」

「けっ」

 攻輔は小さく悪態をつき、拳を握り締めた。

「生徒会長なんて小物に直談判したって意味ないな。俺はもっと上を狙う!」

「……誰だよ」

「ズバリ、校長先生だ!」

「…………」

 沈黙が重い。攻輔は藤家と小鳥遊を交互に見た。藤家は中断していた予習を再開している。小鳥遊はココアが熱かったのか、舌をチロッと出してカップの中身を恨めしそうに見ていた。

「コラコラコラコラッ。二人揃って無視ってどういうことですか!? 何か反応しましょうよ。コミュニケーションの基本は相手の言動に対する反応ですよ」

「だって、お前なあ……」

 藤家が辞書を繰りながらぼやく。攻輔は斜め上を見上げて言った。

「俺、今度新しく来た校長先生は話が分かる人だと思うんだ」

 今年度になって、校長が新しい人に変わったのである。始業式のときに、校長は『皆さんと早く仲良くなりたい』と言ったのだ。

「ものすごく自分に都合の良い解釈してないか?」

 藤家が眉を顰める。攻輔は素早く言い返した。

「だって、始業式で何か良いこと言ってなかったか? 俺、全然話聞いてなかったけど」

「聞いてなかったのに、そんなこと言えるお前がすごいよ」

「新しい校長先生はすごい人なんですよ」

 ココアにふーふー息を吹きかけていた小鳥遊が話に入ってくる。二人が振り向くと、彼女はカップをテーブルに下した。

「教頭先生から伺ったんですけど、新しい校長先生、福間先生は元々実業家なんですよ。教員免許を取られて数年教師をされていたそうですけど、ご自分で会社を作られて成功したそうです。幾つも会社を持っていらしたそうですが、全てお売りになって悠々自適の生活をしていたところに理事会の方々がお声をかけられて、しばらく理事会の一員としてうちを支えてくださっていたんですよ」

「へー、それが何でまた校長に」

 攻輔が率直な疑問を口にすると、小鳥遊は「うーん」と首を傾げ、

「そこまではわかりませんねえ」

 おっとり答えた。

「まあ、細かいことはともかくすごい人ってのは間違いないわけだ。やっぱり、何とかして味方につけたいな」

 攻輔は考え込む。藤家が「嘆願書でも出すか」と言った。

「嘆願書?」

「直談判っていったら嘆願書だろ? たくさんの人の署名を集めてとか、聞いたことあるけど」

 パチン。攻輔は指を鳴らした。

「それだよ、モリー。それだそれだ」

 閃いた案を頭の中で具体的に練ってみる。

「よし、明日からちょっと集めてみるか」

 攻輔は不敵に笑った。

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