ことばの海

篠騎シオン

ことばの海

 私が小説を書くときに思い浮かべるのは、大きな大きな海だ

 私はそこで、小さな小さなボートに乗っている

 ボートの中には少しの食料とつり竿、そして私

 

 私は、ボートの中で何日も過ごす…

 

 この世界には昼も夜もある

 夜は星がきれいだし、昼は太陽が温かい


 私はボートの端に座って静かに水面につり糸を垂らす

 そして、目をつぶってつり竿の感覚に意識を集中させる


 そこからは、定期的につり糸を揺らす静かな時間

 私の心は無に近い

 たまに心の中で音楽が流れたりする

 テンポのよい曲だったり、ゆったりながれるような曲だったりいろいろだ

 思わず鼻歌を歌ってしまい、つりに悪いと慌ててやめる


 びくん


 つり竿が大きく揺れ、その反動でボートも少し動いた

 私は、慎重にしかし素早くリールを巻き上げる

 

 ― つれたっ!


 そうして私は、一つの言葉を手にする

 

 私はそれを胸にギュッと抱きしめ、それから空に向けてはなつ

 すると言葉は、白い鳥に姿を変える

 言葉の鳥は、大きく、力強い羽根で空へと飛んでいく

 私はしばらくその様子を見送っている


 鳥が空の向こうに点となって消えたら、私はまたつりを再開する


 永遠につづく、つりの時間


 私は、持ってきたパンをぱくぱくとほおばる

 夕日が水平線に沈んでいく

 少しずつ星が出てきた


 星や、月のおかげで暗闇でも十分に見える

 私はつりをつづける


 なんどもなんども言葉をつり上げては

 私は白い鳥を見送る

 白い鳥は闇の中では目立つ

 昼間より少しだけ長く目で追えた


 しばらくして、今度は朝がやってくる

 朝日がまぶしい

 私はまたパンを頬張る

 それからまた、鳥を見送る


 白い鳥は美しい

 言葉の鳥は綺麗だ


 やっぱり永遠につづく、つりの時間

 でも、時には休みも必要

 そうでしょ?

 

 私はボートをこいで岸に向かう


 岸につくとそこには、たくさんの白い鳥がいた

 それは、私がかつてつりあげた言葉の鳥たち

 さっき見送ったばかりなのになんだか久しぶりな気がした


 鳥たちがこちらを見ている

 

 そろそろ外に出ようか?


 鳥たちは外に出たいらしい

 ここから自由に羽ばたきたいらしい


「わたしもだよ」


 私は鳥たちにそういって微笑む

 その言葉を待っていたかのように鳥たちは私を連れて浮かび上がった

 羽ばたいて羽ばたいてついには雲を空を突き抜ける


 …そうして、

 私は私のもとに戻る。

 目覚めた私の目の前には、紡がれた文字がある。

 紡がれた世界がある。


 この世界は鳥たちの願い通り羽ばたけるだろうか。

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ことばの海 篠騎シオン @sion

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