第一章 年末と帰省
――とんぼ返りのつもりではないんだけどなあ。
● ●
「外、まだ寒そうだなあ……」
曇り気味の空が、風景と共に緩やかに流れていく。
車輪がレールの上を走る音と共に、窓の外の景色は
電車だ。1時間に一本しか来ないらしいこの一両は、わずか数名の乗客と共に目的地を目指す。
その中で、今しがたの独り言を呟いた少年――
実に7年ぶりとなるその光景は、懐かしさと共に、小学生だった頃の記憶を呼び覚ます。
……あいつらは、元気でいるんだろうか。
思うとともに、
紘一は席から立ち上がり、足元の内側に置いておいた、『生活の為に必要な最低限の買い物』をからう。
……いっちょまえのデパート行くのに1時間待ちかー。
考えているとげんなりしてくるので、ドアの側で待機。
電車は徐々に動きを緩めていき、やがて停車した。
ドアが開くとともに、ご
「よ……っと」
両手に荷物持ちの為、重心のバランスが崩れないように
「……うわ」
改札を通る為の
仕方がないので、ベンチの側で一度荷物を降ろす。
ついでに、左腕につけた腕時計も確認しておく。
……高校で色々と手続きする約束まで、あと1時間ちょっとか。
家に一度持ち帰る余裕はなさそうだ。それに、歩きで片道どれくらいの時間を必要とするかは計っておかなくてはならない。何故なら、
……自転車を買うまでは、歩きで登校だからなあ。
● ●
紘一は、ポケットから切符を取り出し、荷物をからい直すと、改札に向かった。
昨日と同じ駅員のおじさんに会釈をした後、自動改札機に切符を入れる。
駅を出ると、白の降り積もった外があった。
「昨日、随分と降ってたからなあ……」
窓が雪に叩かれる、という現象を見たのは、流石に初めてだった。
とりあえず、
「学校はこっちだったな、と」
駅出口から右手に回り、路側帯の内側を歩いて行く。
この道を通るのは別に初めてではない。ただ、自分が3年半通っていた小学校とこれから行く高校は位置が反対方向にあるので、そこまで土地勘に頼れないのが辛い所だ。
季節的に今は冬休みで、現在時刻は14時過ぎ。補講があったであろう生徒たちも恐らくは部活か、家に帰っている頃だろう。恐らく、鉢合わせすることはない筈だ。
……こりゃ、再会は来年になりそうか?
否、世間は狭い。中途半端な田舎の世間はもっと狭い。それを証拠づけるように、
「おおっ!本当に帰ってきてたんか!」
ああ、なんか口調で察せる。
● ●
紘一は、声のする方へ振り返った。
そこには、7年前の記憶の姿を、そのまま上に引き伸ばしたような黒髪の少年と、栗色の髪をした、
「ひっさしぶりやなぁ市ヶ谷ー!元気にしとったか!」
「あ、お前、
双川と呼ばれた少年はおう、と返し、右手の親指を上げる。
「お前の唯一無二の親友、双川・
勝手に親友を限定されたが、こっちとしても感慨深いのでスルーしておく。
「いやあーしかし、ホントに久しぶりやなー。何年ぶりか? お前がここ離れて。もう10年くらい経ったんかなあ! どうやった都会は? ぎゃんかわな姉ちゃんとかおったか!? 彼女出来た!? 感触はぐおッ」
「やかましい」
と、言葉と共に少女が双川の
「
ん? イリス?
「うっさい! 私がイラっとくる時を3つ教えてあげるわ!
1つ目は寝起きにテンション高く絡まれるとき!
2つ目は朝、髪のセットが上手くいかなかったとき!
そして3つ目は、今のアンタみたいに答える間もなく質問を投げかけられたときよ!」
「別にいいだろお前には投げかけてねーんだから!」
「聞いてるだけでイラって来るのよ!」
「待て、ちょっと待て。イリスってお前……、もしかして、
双川に対して
「そうよ。久しぶりね、市ヶ谷」
「えぇー……お前が、あの『泣き虫サンちゃん』がこうなったのか」
「5年ぶりに聞いたわそのあだ名。……というか何? 言いたいことがあったら言いなさいな」
三條は半目でこちらを
7年前の彼女は、この町でも随一の名家のお嬢様然とした雰囲気で、とても愛想が良く、先生や周りからの評価が高かった。実はかなりの負けず嫌いであり、何かと紘一たちのグループで争っては負け、思いっきり泣いてもう一度勝負を挑んで、更に負けて泣いていた『泣き虫サンちゃん』の彼女が、だ。
「遠回しに言ってかなり男勝りになったなあ、とか」
「まあ色々あったのよ。7年もすれば人は変わるわ。……アンタだってそうじゃない。『前よりも明らかに大人しくなった』。ずっと変わってないのはそこの馬鹿くらいよ」
「あぁ!? 馬鹿って言った方が馬鹿なんやぞ! それに、今日は冬休み入ったばっかでエロゲー三昧ウハウハなとこをお前の補講に付き合わされて潰されたんっちゃからな! そこんとこ理解して物言えよこのバーカ!!」
「公道で不埒な発言は慎みなさいパンチッ!!!」
鞄の角をモロに食らった双川が道路側にすっ飛んでいくのを見送ってから、溜息一つ。三條は眼鏡をとり、レンズを拭き始める。
「今日、帰って来たの?」
「いや、こっちに来たのは昨日の夜中だな。今日の朝からまた電車乗って、
と、片手に集中させておいた買い物袋を上げて見せる。三條をそれを目を細めて見てから、
「ふうん。家は? 元のとこ?」
「いや、アパート借りた。親おらんし、一人暮らしだな。最初の内は近所の人に色々と助けてもらうつもりだけど、出来る限りは自炊で頑張る」
「そう。ってことは、しばらくはまたここに住むのね?」
「しばらくは、というか……まあ期間は別に決めてないし、少なくとも高校卒業まではいるだろうな」
「
「沙鞍馬高校」
そ、と言うと、彼女は眼鏡を掛け直し、こちらに向いてから、右手を差し出す。
「じゃ、来年からは同級生ね。 改めてよろしく、市ヶ谷・紘一くん?」
「おう、お手柔らかにな」
と、紘一も右手を出し、握手の形をとる。見ると、先ほどまでのしかめっ面ではなく、口元に笑みを浮かべていた。
……「7年もすれば人は変わる」って言ってたが。
こちらも、笑みを返す。
……笑顔は、昔っから変わってないな。
道路で倒れていたはずの双川がいつの間にか三條の背後におり、スカートめくりを敢行したことで、その笑みは修羅の面へと変貌した。
● ●
「そういえばアンタ、昨日の夜に来たってことは、まだあの
別れ際、紘一は三條にそう問われた。
久しぶりの再会ということもあってか、随分と立ち話に花を咲かせてしまっていた為、高校での約束の時間が押しているし、何よりも2人は今、高校から帰っている途中なのだ。
振り返りざまに問いに応じる。
「あの娘って……?」
「せんちゃんよ。せんちゃん。まさか忘れたの?」
「あー……、あー?」
曖昧な返事をしてしまった。記憶を少し探るが、そんな名前の友人はいただろうか。
「えっと、誰だったっけ?」
「アンタ、それ本気? あの娘とは一番仲良かったじゃない」
訝しげな目をされても、覚えていないものは覚えていない。
「そーだぞ親友。最愛の人を忘れるとは中々に非情な奴だ」
「さ、最愛!?」
思わずのけぞる。
……そこまでの相手を忘れたのか、俺が?
三條の方に視線をやると、頭を抱えていた。どっちへの反応なんだ一体。
「えぇっと、双川? 出来れば俺にその娘の特徴というか、性格とか色々教えてほしいんだが」
「んー?しかしなぁ、今のアイツをお前に言っても、たぶん思い出せないんじゃないか? その様子だと」
「は? どういうことだ?」
「だってなー、アイツ、7年前と比べると雰囲気とか、性格がガラッと変わっちまってるからなあ」
「ガラッとって……」
「要するに、7年前とはまるで別人になってるのよ。私どころの話じゃなくてね」
三條の言葉に、紘一は少し呆ける。
「それじゃ、分かるもんも分からんじゃないか」
「それもそうね。でも、アンタは会っておくべきだわ。あの娘に」
三條は紘一を真っ直ぐと見る。
「大丈夫。見た目はそれほど変わってないから、会えばすぐに気付くと思うわ。それでも、1つだけ明らかに違う部分はあるけどね」
「……なぁ、それってどういう」
「話は終わりっ。ほら、約束あるんでしょ? 少し急いだ方がいいわよ。沙鞍馬の校門前には心臓破りの坂があるから、登るのに一苦労あるわ」
話を遮られてしまった。彼女の方はもう話すつもりはないようだし、双川もそれに準ずるようだ。
「そうか……、気になりはするが、そっちの方優先だな、今は。じゃあ、またな」
紘一が右腕を上げると、双川と三條もそれに応えた。
……せんちゃん。せんちゃんって、誰だったっけ?
そんな疑念とも言い難い何かを抱えながら、紘一は荷物を持って走る。
足が地面に着くたびに、荷物を持つ指が重力で
……とりあえず、目的地まで持てよ俺の両手……!
どうやら心臓破りの坂は、彼に困難な試練を与えそうだ。
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