セーラー服と日本刀

深咲兎

序章 降雪下と再会

――せめてもう一太刀、会わせてやりたかった。


         ●       ●



白がある。

真っ白な結晶型の氷は、灰を彩る空から、静かに地面を塗り変える。

雪だ。

12月末の寒冷かんれい前線が引き起こした積乱雲により、通年よりも少し多めの降雪が、世界を白く染めていく。

白銀の世界。その中で、対照にも等しい色を雪原に広げているものがある。

赤く、あかく、あかい血。その色は、今も止まらず、きずあとから流れ続けている。

右側の肩口から左の腰辺りにかけて、一閃の、綺麗な切り口は、鼓動と共に血を流す。

流血りゅうけつの持ち主は、仰向けであり、その体の半分以上が雪に埋もれている。

黒のタイツとチェックスカート、赤に染まってはいるものの、元はベージュ色のカーディガンを着た、薄桃色の髪の少女。

少女は気を失っていたかのように動きを止めていたが、不意に、ゆっくりと目を開ける。

その瞳は、紅く、そしてくらく光を灯していた。


         ●       ●


……あ。

少女は、灰色の空を見た。

遥か高い空からは、自分に向かって緩やかに雪が落ちてくる。

……私は、どうなっているんだろう。

少女はうつろげな頭に、直近の記憶を問いかける。

……アイツが、あの『黒い獣』が、私に向かってきて。

自分の動きに合わせるかのように、『獣』は異常な速さでふところに潜り込み、咆哮を上げながら右腕を振り上げていた。

……そうか。それで私は、そのまま引き裂かれたんだった。

己の状況を理解し、少女は胸元に左手を寄せる。少しずつではあるが、まだ、なんとか動かせはするようだ。

身体に溝のようなものが出来ている感触を確認する。しかし、触っていても痛みを感じない。それ程までに感覚が鈍っているのだろうか。

そのまま、空に向かって手を伸ばす。灰色だった視界に鮮血の紅色くれないいろが混ざり込む。長時間雪に使ってたから霜焼けたのか、それとも痕からの流血が赤くなっているのか。

……紅い。

最早、そんな感想しか、少女の頭の中には言葉が浮かばなかった。

だが、その先の未来は予感できている。

恐らく、自分はここで誰にも見つからずに死んでしまうのだろう。

誰もいない雪原で、その身は雪に埋もれ、凍らされて。

誰に看取られることなく、この身は朽ち果てる。

……そして、……。

少女は右手に意識を向ける。

確かに『在る』。木を漆で塗った、という感触が、無意識に握っていた右手の中から伝わってくる。

鞘だ。


         ●       ●


少女は、おぼろげな記憶を再び呼び起こす。

……私は。

あの時、突如として襲い掛かった『獣』に対して、恐怖や怯えといった感情は一切湧かず、静かに腰を落とし、目標を見据え、

少女の記憶に、日本刀の扱い方を学んだ経験は存在しない。

そして、、少女は鞘から刀身を覗かせたことは一度も無かった。

だったら何故、ああも簡単に初動を行うことが出来たのだろうか。

そしてもう一つ。

何故、抜き放った直後に折られた刀が、鞘に納められているのだろうか。

……これも、今更か。

少女の疑問は、その一言でぷっつりと断ち切られた。

考えれば考える程、頭に昇ろうとしている血が胸元からあふれ出そうになっているからだ。

……今は、いい。今はただ、自然に身を任せよう……。

少女はそのまま、混濁こんだくしていく意識に沿って、目を閉じていく。

沈む視界の先、黒い人影が映った時には、少女の脳は、既に認識することをやめていた。

懐かしいあだ名で呼ばれたことだけは、何故だか理解できていた。

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