第48話 雅楽先輩と話そう!

 心配だったコミュ英Ⅰのテストをどうにか潜り抜けた私は、次が比較的自信のある世界史Bだったのをいいことに、雅楽先輩のいる二-Bに突撃をかけることにした。私がテストということは先輩だってテストの真っ最中だったが、一言くらい話せたらいいなという淡い期待をもって二-Bの前まで向かう。

 だがしかし、上級生のクラスというのは思ったよりも──いや、正直とてつもなくアウェイだった。しかも今はテストの真っ最中。廊下にいる人はほとんどいなかったものの、それでも「なんだこの一年は」という視線が私に突き刺さる。特に特進の生徒は「テスト期間中に余裕ぶっこいてんな」という冷たい視線がプラスされている気がする。


(やっぱり帰ろう。そうしよう)


 早々に心が折られた私は退散しようと回れ右をした。すると、ぽすんと人に激突する。ベタだ、ベタ過ぎる!


「すみません!」

「……あ」


 ぶつかった相手は男子生徒だった。ひょろりと背の高いその先輩は、私の顔を見てひどく驚いた顔をする。テスト期間中に一年がこんなところにいるとか、びっくりだよね。わかります。


「君、クロのお姫様だよね」

「黒のお姫様?」


 謝罪して戻ろうとした私だったが、思いもよらないことを言われて首を傾げる。黒の姫……すごくファンタジックな響きだが、私にその単語に思い当るところはない。


「あ、もしかしてクロに会いに来た?」


 のっぽなその先輩はパッと顔を輝かすが、私は黒に心当たりがない……ん? なくは……ない?


「もしかして、うーたん……雅楽先輩のことですか?」


 黒と言えば雅楽先輩の苗字である黒巣しか思い浮かばない。そしてそれは正しかったようで、のっぽ先輩(仮)は頷いた。


「そう。呼ぶ?」

「あ……」


 逡巡してるうちにのっぽ先輩(仮)は雅楽先輩を呼びに二-Bの扉をガラリと開けてしまった。


「クロー、お姫様来たぞー」


 ざっと視線が集中したのにいたたまれず、私は一瞬逃げようとした。が、のっぽ先輩(仮)が頭に手を置いているので逃げられない。ゲームで“にげる”のコマンドを選んだものの失敗した気分だ。のどかはにげられない! みたいな。


「えっと、あの」

「あ、ぼく? 祝原いわいはらって言います。クロの友達」


 のっぽ先輩(仮)改め祝原先輩は、どう呼び掛けていいのか戸惑っていた私に自己紹介を始めた。


「キリ、なに……って、のほほん?」


 祝原先輩に呼ばれて出てきた雅楽先輩は、祝原先輩の陰に隠れていた私を見て驚いた顔をした。


「テスト中に失礼します」

「余裕だな」

「余裕ないですよ、わかるでしょう? それより先輩、ちょっと話したいことがあるんですが……」

「なに? 告白?」


 声を潜めた私の隣で、祝原先輩がのんびりとした口調で茶々を入れる。告白なわけがないだろうと眉を顰める私に、祝原先輩は楽しそうに笑った。


「なんでそうなるんですか」

「願望……かなぁ。それのが楽しいかな、と」

「誰がですか」

「ぼくとクロが」

「キリ、ちょっと口を挟むのは待ってくれ。のほほん、話したいのはやまやまだが、そろそろテストが始まるから、終わった後ではダメか?」

「あ……その、放課後は兄が迎えに来るので、ちょっと時間が取れないというか。先輩、携帯今ないでしょう? どうしましょう」


 コンタクト方法について尋ねると、先輩は普通に携帯へ連絡してくるようにと言ってきた。紛失したということで、買い替えたらしい。なんと剛毅な……と感心していると、次に荷物を手にできるのが一年後だから買い替えるしかなかったのだという。さもありなん。

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