第47話 元の世界へ帰った私と雅楽先輩

 ディオシアに行ったのが金曜のこと。帰ってきたのが日曜の早朝だったから、学校を欠席することなく済んだのは幸いだった。日曜はすごくバタバタしていたけれど、学校を休んでしまっては雅楽先輩に会うことができない。そう思った私は、無理を押して登校した。

 帰還してからずっと、私は雅楽先輩に連絡が取りたかった。けれど先輩のスマホはディオシアに置き去りだし、家の電話番号などわからないのだから、先輩とコンタクトが取りたければ、私は学校に来るしかなかったのだ。

 学校へ行くと主張する私に、家族はいい顔をしなかった。ちょっと休んだ方がいいと何度も諭されたが、結局は学業優先と、すぐ上の兄の付き添い付きならばと了承を得ることができた。非常に恥ずかしいが、行方不明になっていた私を心配してのことなのだから、一度くらいは仕方がないと受け入れる。


「ちぃ兄、ここでもういいよ。ちぃ兄だって学校あるでしょ?」


 峻英の校舎が見えてきた段階で、私は兄に戻るよう水を向けた。ちぃ兄は大学生で、このために一限をさぼったと聞かされた私は気が気でない。

 だが、気が気でないのはちぃ兄も同じだった。溺愛する──うちの兄たちは、妹可愛いを公言して憚らない──妹が再び消えないよう、監視する権利があるのだそうだ。それは一番上の大兄だけでなく、両親も同意見なのだと言われて、私は逃げ道をふさがれたことを知る。まぁ、仕方のないことなのだ。突然家族が行方不明になれば、誰だって心配するし、その理由がはっきりしていないのならば、再発を警戒もするだろう。

 帰りもまた迎えに来ると念押しされ、ようやく私は自由になった。


「なゆっちゃん、おはよ~」

「のどかちゃん、送ってもらってたみたいだけど、具合悪いの? 大丈夫?」


 昇降口で上履きに履き替えていると、クラスメートに声をかけられた。


市来いちきちゃん、まゆらちゃん、おはよう! うん、元気なんだけど送ってもらっちゃった」


 ちなみに私が行方不明になったことは、学校には知らされていない。友人──あおいたちには連絡がいったそうだけれど、誘拐かもしれないってことで、情報は伏せられたらしい。

 けれど、ちぃ兄に校門前まで送ってもらったせいで、それを目撃した彼女たちには具合でも悪いのかと思われたようだった。事情を説明するわけにもいかないので、そこはあいまいに誤魔化しておく。


 クラスに行った私を待っていたのは、私の行方を問われた碧、晴夏、素子の三人だった。昨日の夜連絡は取ったのだが、それでも私が登校すると聞いて待っていてくれたらしい。


「おはよう~!」

「もう、あんたは心配させて!」

「大丈夫だった?」

「ホントに、心配したんだからね?」

「ごめんごめん。大丈夫だよ~。もうね、びっくりだよね。誰より私がびっくり」

「ののはもう! のんきなんだから!」


 のんきに挨拶する私に、三人はかわるがわる頭を撫でてきた。ぼっさぼっさの頭になった私を、晴夏がポケットから出したコームで整えてくれる。


「ごめん、思わず我を忘れたわ。ところで」


 髪をきながら、晴夏が言う。


「いろいろ言いたいことはあるんだけどさ、のんちゃん、今日からテストなの、覚えてる?」


 ……すっかり定期テストのことは忘却の彼方にやってしまっていた私は、晴夏のその一言に言葉を失った。テスト! そうだった、雅楽先輩とディオシアに行ったとき、あと三日でテストだと話していたではないか!


「テスト勉強……」

「ぶっつけ本番で頑張んな」


 頭を抱えた私を慰めるように、碧がぽんぽんと肩を叩く。世界史Bはいいし、数Ⅰもどうにかなるけれど、コミュ英Ⅰは、もしかしたら赤点を覚悟しなければいけないかもしれない。非常にまずい。特進ここで赤点とか、聞いたことない失点だ。ああ、ディオシアの言語チートがこの世界でも反映されればいいのに!


 私の無事を確認できて満足したのか、碧たちは自分のクラスへ戻って行った。私は悪あがき的に初回のテスト勉強──間が悪いことに、初回がコミュ英Ⅰだ──を始める。テスト範囲を確認して、単語のチェックをしながら私が考えていたことは、雅楽先輩とディオシアのことだった。


(あとで、二-Bに行ってみよう)


 放課後の部活の時間に会おうと考えていた私だったが、テストのため部活は停止期間に入ってしまっている。先輩に会うには、先輩のクラスへ行くしかない。先輩は二-B、特進科理系コースだ。あまりテスト期間中に行くのも躊躇われるが、今は先輩とコンタクトを取りたいのが先だった。

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