第44話 雅楽先輩と帰還の扉
「とにかく、扉を開けて向こう側が白く光っていればビンゴなんですね」
「そうだね」
「で、そこに飛び込めば、元の世界へ戻れると」
「そうだね」
タイムアタックに挑戦するにあたって、その条件確認をしてみたところ、答えてくれた雅楽先輩の態度が非常に冷淡だった。いや、冷たいんじゃないのか、なんだろう、こう……感情を抑えたような物言いなのだ。
やっぱり、先輩も帰りたいんだろう。それなのに残ると決断したのは、責任感なのだろうか。それとも……なにか、誰か、こちらの世界で心を残す存在があったのか。
そんなことがちらりと頭をかすめたが、今は気にしている場合じゃないと振り払う。私が躊躇っていては、雅楽先輩に心配をかけるだろう。後輩としてできることは、きちんとしなければ。
「他の人が見つけたら、合図の笛を鳴らしてくれるんですね。了解です。それじゃ、頑張ってきます!」
センウィックからもらった笛を首から下げて、私は雅楽先輩に敬礼した。私のぎこちない敬礼がおかしかったのか、無表情だった雅楽先輩はふっと相好を崩すと、頭をぽんぽんと叩いてくる。あまり表情の変わらない、いつもの雅楽先輩もいいけれど、こちらの世界の表情豊かな先輩の方がやっぱりいい。人は、無表情より笑顔の方が絶対いいのだ。
そんなことを考えつつ、私は雅楽先輩と別れた。王宮は広いが、人手は少ない。そのため、一応それぞれ担当区域が決められているのだ。
私に割り当てられたのは、自室として使っていた部屋のあたりだった。多分、少しでも見覚えのある場所の方がよいと、配慮してくれたのだろう。
私は、笛と共に渡された紙を開いた。これには、担当区域内の見取り図と、そこにあるすべての扉の場所が記されている。
(……あ)
記された文字に、私は目を止めた。自動翻訳が働いているのでどちらの言語で書かれているかはわからないけれど、この筆跡には見覚えがある。これは。
(雅楽先輩の、文字だ)
大きさの揃った几帳面な、でもどこか癖の強い書き文字は、部活で何度も見たことがある先輩の筆跡だった。見取り図に赤で扉の位置を記して、そこから線を伸ばして注意事項が書いてある。「ここにも扉があるが、人が入れない大きさなのでスルーOK」「クロゼットの上の排気孔も要確認」「ここは鍵が硬いので注意」……細やかな気遣いに、ちょっと胸が熱くなる。先輩、いい人だなぁ。そう、改めて思う。
雅楽先輩の文字に勇気づけられた私は、自室の扉の前に立った。合図の笛が鳴ったら開始だ。
そして、そう時間をおくことなく、合図の笛の音が響き渡ったのだった。
それからは、もう時間との戦いだった。部屋の扉を手始めに、片っ端から扉を開けていく。開けたら閉めない。閉めたらそこがチェック済みかどうか迷うからだそうだ。閉めるのは、残ったアウィラたちがやってくれるのだという。王宮中の扉だもの、閉めるだけで相当な労力がかかりそうだけれど、この場合背に腹は代えられない。申し訳ないが、後片付けはお願いすることにして、私は見取り図を片手にどんどん扉を開けていく。
今日が天気でよかったと、扉を開けながら思う。雨が吹き込んだり、風で閉まったりしたら大変だっただろう。
「あ」
私のいた部屋は一階にあった。つまり外へ続く扉を開ければそこは庭だ。そして庭には──たくさんの人たちがいた。獣人、半獣人、人、様々な人種が入り混じって、こちらを心配そうに見つめている。
「ノノ! 気を付けて!」
「また会いたいわ!」
「元気でな!」
その真ん前にいるのは、王様一家だった。私が気づいたことを感知したのだろう、手を振って声をかけてくれる。
「ありがとうございます! 皆さんも、お元気で! またこちらに来れたらいいんですけど、私は来れなくても先輩はいるんで、先輩のことをよろしくお願いしますねぇ~!」
「任せておけ!」
私の言葉に頼もしい言葉を返してくれたのは、王子様だった。顔はどう見ても爬虫類ですけど、優しいお言葉に涙が出ちゃいますよ!
名残惜しかったけれど、私は王様たちに手を振ると、扉探しの作業に戻った。向こうに帰ったとき、少しでも行方不明の時間を減らしたいと思ったら、今ここで頑張るしかないのだ。
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