第42話 雅楽先輩を置いて帰るということ

 帰らない宣言をしてから、雅楽先輩はとみに無口になった。まるで向こうの世界の再現のようなその態度に、こちらの世界の先輩しか知らないアウィラたちは心配そうだ。こちらの先輩は一月ほどしか知らない私ですら心配になるくらいだ。表情筋が死んでいる。

 また、毎日一緒に朝食をとっていた私たちだったが、先輩の様子がおかしくなってからというもの、朝食どころか、ほとんど顔を合わせなくなった。会えなくなってすごくさみしい。一緒に帰れないのは仕方ないとして、なんで顔を見せてくれなくなったのだろうかと、私は悲しくなった。


 だが、正直、有り難いと思う私もいた。まだ、私は先輩にかける言葉を見つけられていない。先輩と顔を合わせても、今までのように後輩として無邪気に笑えない。

 帰ってこない先輩。帰れない雅楽先輩。私は、ひとり戻って先輩の家族になんて伝えればいいのだろう。先輩がいない日常に、どう慣れればいいのだろう。

 その答えを、私はまだ見つけられていない。


 そうこうしているうちに、とうとう明日が満月という日になった。明日、私は元の世界に帰る。ディオシアでの約一月は、とても濃くて楽しかった。せめてものお礼と思って、私は向こうのお菓子を作って帰ることにする。ケーキ、タルト、クッキー、マフィン……もちろんお団子も忘れちゃいけないし、大福とかお饅頭なんかも作ろう。

 私はアクィナとアウィラに協力してもらって、お菓子の材料を掻き集めた。アクィナだけに頼まなかったのは、やはり甘すぎる結果になることを懸念したためだ。


 そしてその日、私は寸暇を惜しんでお菓子作りに没頭した。お菓子を作っているときは、何も考えなくて済んだ。ただただ、お世話になった人たちのことだけを思って、私は調理をする。


「うん、なかなかおいしいじゃない」


 レシカの花茶で作ったジュレを味見した私は、まんざらでもない声を上げた。パンナコッタや果物と重ねて、見栄えのいいゼリーを作る。もちろん、甘党のアクィナのためにはフィオの蜜漬けをプラスした。

 ケーキは、ショートケーキにチーズケーキ、モンブラン、果物たっぷりのケーキ。チョコは今カカオの樹を育てている最中らしいので、まだ存在しないため断念。

 先輩は蕎麦の使い方で悩んでいたみたいだったので、そば粉を使ってシフォンケーキとパウンドケーキも作ってみた。試しにパウンドケーキにドライフルーツと共にあのナッツプエーとかいう謎の木の実を入れてみたら、意外とおいしかった。失敗しなくてよかったけど、謎すぎる、あの木の実。

 タルトもフルーツタルトとベリー系のものと、二つ準備する。

 クッキーはシンプルなものと、塩味が効いたチーズクッキー。チーズクッキーは雅楽先輩用。こっちの人は甘いものが好きだということはわかっていたけれど、しょっぱいものにたいしてどうなのかわからなかったから。

 お団子は王様たちに。すあまも一緒に作る。大福は豆大福にして、お饅頭はベーシックなやつと、サツマイモがたっぷり入った鬼まんじゅう、そしてこれまた先輩用の肉まんをいくつか。

 とにかく考え付く限りのお菓子を作って、作って、作り続けた。広いお城の厨房がお菓子で溢れるくらい作った。手伝ってくれたアクィナは、漂う甘い香りにずっと幸せそうにしていたが、途中で私は気持ちが悪くなった。作っておいてなんだが、個人的にはしばらく甘いものはいらない。

 あと、途中でオーブンが足りなくなったら、クッキーはセンウィックが魔法で焼いてくれた。本当に役に立つ魔法使いだと思う。偉大なる魔法使いに栄光あれ。


 そうして、とうとう、私だけが帰る日がやってきた。


「あの、うーたん先輩、これ」


 私は、先輩用に別にラッピングした甘くないお菓子たち(一部軽食含む)を手渡した。かける言葉は見つからないままだったので、気持ちはお菓子に託すことにする。


「先輩のは、甘くないやつなんで。甘いのが欲しかったら、皆の分けてもらってください。あと、これ、ユーフィに渡してほしいんです。いつものとこにいなかったから、渡せなくて」


 小さな友達用に取り分けたお菓子も、一緒に先輩にお願いする。大好きな勇者リトに会えるオプション付きだったら、きっとユーフィも喜ぶだろう。


「うん……」

「向こうの世界で待ってるんで、ちゃんと帰ってきてくださいね。頑張ってください、うーたん先輩。先輩ならできます! あ、私向こうで神様にお願いしときますから!」


 鬼畜あの女神にどれほど影響力があるかわからないけれど、しないよりマシだろうと思う。


「先輩、次の満月には帰ってくるんでしょう? 待ってますから、ね!」


 ぎこちなかったかもしれないが、私は雅楽先輩に笑って見せた。つられて笑ってくれないかと思ったためだったが、帰ってきたのは思いがけない抱擁ハグだった。


「うん……待ってて」


 ぎゅっと私を抱きしめると、先輩はそう呟いた。

 そうだ、先輩だって帰りたくないわけじゃない。そう思った私は、ぎゅっとハグを返す。


「はい! それじゃ、先に行ってますからね!」

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