第40話 帰ってきた雅楽先輩
先輩の不在は、実に半月ほどあった。放置されすぎと思うかもしれないが、私は私でディオシアの生活を楽しんでいた。先輩がいなかったせいか、アクィナとも仲良くなったし、無問題。相当満喫したと思う。
羽を伸ばしきった私が雅楽先輩の帰還を知らされたのは、ちょうどセンウィックとアクィナとお茶をしているときだった。
「ただいま~」
ふらっと部屋に入ってきたのは雅楽先輩とアウィラ、そしてラクィセルだった。当然といった様子で入ってきたので一瞬流されたが、ここは私に割り当てられた部屋だ。女子の私室に入ってくるには自然すぎないか、雅楽先輩。……雅楽先輩の部屋でくつろぎまくった私が言うことでもないけど。
「リト様! おかえりなさいませ!」
雅楽先輩の顔を見て、アクィナのテンションがわかりやすく上昇した。耳はピンと立っているし、しっぽはパタパタとせわしなく動いている。可愛いぞ、アクィナ。
「リト~、ノックくらいしなよ。ここ、ノノの部屋だよ? 女の子に失礼だよ。ボクですら気を遣ってるのにさ!」
センウィックがそう言って先輩たちを戒めてくれたが、そう言うセンウィック自身のいる場所が私の膝なせいか、イマイチ効果は見られなかった。「おまえが言うな」とでも思ったのか、むしろ雅楽先輩の眉が寄る。
「それのどこが気を遣ってるんだよ」
「え? あ」
指摘されて、センウィックが焦る。膝の上にいたからか、驚きのあまり飛び上がったのがわかって、私は笑ってしまった。可愛すぎるよセンウィック。
だが、そんな可愛らしい二人にも、先輩は心を動かされた様子はなかった。雅楽先輩は意外と頑固だと思う。
「だって、ずっといなかったから……心配で」
「まあ!」
ぼそっと先輩が漏らした呟きに、誰よりも早く反応を示したのは、当然ながらアクィナだった。
目を輝かせ、両手を組み合わせた彼女は、満面の笑みだ。
「そんなに心配してくださるなんて!」
「アクィナ、君は心配されるほど弱くはないだろう?」
「兄様酷い!」
アウィラは穏やかそうに見えて、その実、妹には甘くない。この場合、その実力を信じているという意味なのだろうが、アクィナが愛らしく唇を尖らせても、まったく動じる気配はないのだ。
「大体さぁ、ボクがいるのに危ない目に遭うわけないだろ! 過保護すぎるよ、もう」
「私ならこの通り、のんびり満喫してましたよ~。あ、先輩たちもお茶飲みます? センウィックが新しく作ってくれたのを私が淹れたんですよ」
雅楽先輩がいない間にセンウィックがお茶の作り方を実践して見せてくれたので、今私たちが飲んでいるのは新茶というか、できたてほやほやのレシカの花茶だ。疲れているらしい先輩たちは、私の誘いに乗る。
そうして、再び顔を合わせた私たちのお茶会が始まった。
「国境はどうでした?」
「うん……」
水を向けたが、先輩の返答は芳しくない。答えを濁す先輩に、アクィナとセンウィックの眉根が寄る。
「ディアブロシア……攻めてきてるんですの?」
「わからない。ただ、多数の魔人が侵入してきている。こんなことは今までなかった」
どうやら、風向きが変わってきたようだった。
今まで沈黙を守ってきた魔王の軍勢がとうとう動き始めたと聞いて、センウィックが身体中の針を立てる。
「こうなったら、ボクらも攻撃を!」
「いや、まだ全面対決とまではいかない。向こうも様子見といったところだ」
いきり立つセンウィックを、雅楽先輩が止める。
「ただ……僕は今回、ここに残ろうと思う」
「えっ」
「は?」
先輩の言葉に、私とセンウィックが声を上げた。声が上ずったのも仕方ないと言えるだろう。それくらい、先輩の発言は衝撃的だった。
「次に来れるのは一年後だ。さすがに……それは」
「ちょっと、リトはそれでいいわけ!? アウィラもなにか言ったらどうなのさ!」
怒るセンウィックの声を聞きながら、私はひとり困惑していた。
──帰らないって、先輩、どうするんですか!?
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