第39話 雅楽先輩の不在期間

 その日を境に、雅楽先輩の姿を見かけなくなった。

 一応、国境まで行ってくるからと言い残されたのだが、いつ戻るかまでは知らされておらず、私はひとり放置状態である。


「ユーフィ~、お菓子もらってきたよ~」


 そんな状態でひとりもつまらないので、私はもっぱら、居残り組にされたセンウィックか、若干機嫌の悪いのが続いているアクィナ(先輩がいないからね!)、もしくはこっそりユーフィと遊ぶのを常としていた。ちなみにこの日はユーフィが相手である。


 ユーフィは基本寡黙なので、普段どうしているかはあまり語ってくれない(ユーフィが雄弁になるのは、雅楽先輩の話題だけだ)。だが、他の住民と同じく甘いものが好きだというので、最近入り浸っている厨房の人にお願いしてお菓子をもらってきたのだ。


「私用に甘さ控えめにしてもらったのと、普通のやつとあるんだ。どっちがいい?」

「……ノノ」

「あ、私用の甘さのが気になるんだ? いいよ~、一緒に食べよう!」


 厨房で作られているデザートは、普通用と先輩&私用の甘さ控えめバージョンがある。アクィナみたいな超甘党は、それに糖蜜やフィオの蜜漬けなんかを追加するらしい。フィオの蜜漬けとは、最初にアクィナに淹れてもらったお茶に入れられたあれ・・だ。見た目は小さなレモンみたいな感じだけれど、訊けば味は蜜の塊のような感じで……つまりはかなり甘いらしい。


「平気?」

「……美味」

「あ、口に合ったんだね。ほら、こっちの人って甘いもの大好きじゃない? 物足りないかもって思ったんだけど」

「……否」

「そうなんだ。ユーフィ、これって先輩も同じもの食べるんだよ。先輩の好きな甘さ」

「……リト、同」


 雅楽先輩大好きっ子なユーフィは、先輩と同じと聞いてものすごく嬉しそうな空気を醸し出した。やばい、可愛いわこの子。


「先輩ねぇ、国境に行ってるんだって」

「……境?」

「そう。なんだっけ? ディアブロシア? 魔王がいる国との境目が、なんか今騒がしいんだって。帰る前に見ておきたいみたい」

「……魔」


 魔王という単語に、ぱああっと明るくなっていたユーフィの顔が渋くなる。


「魔王って、なにがしたいんだろね~」


 魔王も勇者も、元は同じ、あちらの世界の人間だ。戦うことや殺すことに慣れていない日本人ならば、そんなひどいことはしないと信じたいが……なにぶん会ったこともないので、なにを考えているのか、なにがしたいのか読めない。一応二人とも名前を賭けて相対しているのは間違いないようなので、目的としては雅楽先輩の名前を奪うことなんだろうけれど、それを本当に目指しているのかは疑わしい。なにせ、片割れである雅楽先輩は、もうすでに戦いを放棄しているというか、異世界を満喫することしかしていないのだから。


「先輩、早く帰ってこないかなぁ。帰ってきたら、先輩ここに連れてくるね。ユーフィも会いたいでしょう?」

「……願、リト」

「先輩もユーフィに会いたいと思うよ。この前話したとき、会いに行こうかなって言ってたから」

「……嬉」


 はにかむダークエルフとか、なんのご褒美!

 ……違った。そうじゃない。


          ◆


 その日は、しばらくユーフィとおしゃべりして過ごした。

 部屋に帰ると(さすがにもう迷わない)、食事の支度をしていたアクィナがいた。


「あら、遅かったですのね。また迷ったのかと思いましたわ」

「ごめんね~。ただいま! もう道は覚えたから迷わないよ」

「あら、そうですの。また探しに行かなきゃいけなくなったのかと思いましたのよ」

「律儀に探しに来てくれるんだね。ありがと、アクィナ!」


 憎まれ口をたたいても、結局のところアクィナは優しい。「リト様に頼まれたからですわ!」って言い訳しているけれど、色白の頬が紅潮しているので照れているのがまるわかりだ。しっぽもぱたぱたしてるしね。


「アクィナは優しいねぇ~」

「かっ、勘違いしないでくださいまし!」


 ツンデレってこういう人のことを言うのだろうか。よくわからないけれど、照れているケモ耳美少女が可愛いのは間違いなかった。


「あなた、変な人ですわね!」


 ぷんすかしながら、頬を膨らませたアクィナが言う。変わっているだろうか? 雅楽先輩のような規格外が近くにいるので、自分は普通だと思っていたのだが。


「そうかな」

「そうですわよ! 本来なら、あれだけ冷たく当たったら、わたくしのこと嫌いになって当然でしょう!?」

「アクィナ、嫌われたくて行動してたの? 変わってるね!」

「違いますわよ!」


 アクィナの反応が可愛くなった私は、ニヤニヤしながらその姿を見た。ユーフィといいアクィナといい、こちらの人たちは皆素直で可愛いと思う。性根がまっすぐだ。


「私はアクィナ好きだよ~」

「わっ、わたくしは……その」

「嫌い?」

「ち、違いますわよ! なに言ってるんですの! 心外ですわ!」


 ほら、ぺろっとこんなこと言っちゃえるし。こんな素直な相手、嫌えるわけがない。ツンツンしてたのも、大好きな雅楽先輩の側に他の女の子がいるのが嫌ってだけだし。


「なら、仲良くしよ? 私はアクィナと友達になれたら嬉しいな~」

「なんですの一体!」

「だってアクィナ可愛いもん。そのまっすぐなとこ、私は好きだよ?」


 せっかく異世界へ来たのだし、友達がいたら楽しいなと思う。ここから帰ったらもう会えないかもしれないけれど、雅楽先輩がこの世界と行き来する限り、年一で文通くらいはできるような気がする。


「ねぇ、ダメかな?」

「……兄様が言っていたことがわかりましたわ」

「アウィラ、なんて?」

「教えてあげませんわ。……でも、わたくしと友達になりたいというなら、認めてあげてもよろしくてよ」


 つーんとそっぽを向きながらだったが、友達の了承は得られた。有り難い。


「それじゃ、様付きでなく、普通にノノって呼んでね?」

「前向きに検討いたしますわ」

「ありがとね!」

「腹立ちますわ!」

「イライラにはカルシウムがいいんだよ。お魚好き? 甘党ならアーモンドフィッシュとか、田作りとか好きかなぁ」


 先輩はいなかったけれど、私の一日は充実していた。

 ここから帰るまで、あと少し。それまで楽しんで過ごそうと思う。

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