第38話 雅楽先輩がおかしい

 アクィナの用意してくれたデザートは……一部を除いてひどかった。もちろんその一部というのはもちろん雅楽先輩宛だ。

 誰も手を付けない、先輩以外が食べろと言われたものに出来心で手を伸ばしたところ、そのお菓子には、脳髄に激震が来るほどの砂糖が投入されていたようだった。思わず口を押えた私へ、無言で雅楽先輩がお茶を差し出してくる。ありがたいことに、差し出されたお茶は日本茶だった。さすがにこの状態で、ほのかな甘みのあるレシカの花茶は飲めない。


「相変わらずの破壊力……」

「アウィラ、もうちょっとあの妹どうにかしてよ! あれの舌はおかしいよ!」


 激辛の後の激甘に悶える私の姿に、ラクィセルがドン引き、センウィックが兄であるアウィラに抗議をする。ラクィセル、耳が寝ちゃってるよ。あなた、本気で引いてますね!

 そんな姿も可愛い、と現実逃避していると、気遣うような先輩の手が背中に当てられた。


「大丈夫?」


 気づかわし気に細められたその瞳に、もう怯えの光はない。


「アクィナの本気を舐めてました……。たしかに辛いものを食べるって言ったけど、それに打ち克つためにここまでするとは……!」

「だから、アクィナはおかしいんだって」

「女の子にそういう言い方は感心しませんよ! 大体、あんな可愛い子に想われてすげなくするとか、先輩それでも男ですか! 私だったら大歓迎ですよ!」

「大歓迎って……きみ、女の子でしょ。ていうか、気のない相手に勘違いさせるような態度とかしちゃだめだと思うんだ。アクィナがつらいでしょ。それに」


 言いにくそうに、雅楽先輩は続ける。


「その、僕だって……す、す……」

「どうしたんですか?」

「……なんでもない」


 言い淀む様子がおかしくて、私は先輩を覗き込んだ。一体全体どうしたというのか。

 だが、その理由は先輩の顔を見てピンときた。


「先輩、もしかして好きな人がいるんですか!」

「!」


 耳まで真っ赤にした先輩は、私の指摘を受けてさらに真っ赤になる。ちょっとどこまで赤くなるのか気になるレベルだ。


「その顔は……図星ですね?」


 感情を読み取ろうとまじまじ見つめると、へにゃっと先輩の顔が崩れた。こんな表情見たことない。まさにオーバーヒートといったところだろうか。頭から湯気が出てそうだ。

 それにしても、雅楽先輩の恋愛とか、普段の淡々とした──もとい、クールな先輩からは想像もつかない。女の子どころか、他人に興味はありませんって雰囲気だったからね。雅楽先輩の好きな人……私の知っている相手だろうか。クラスの人とかだったらまったくわからないけれど、支倉部長あたりなら知ってたりするのかな。仲良さそうだし。


 真っ赤になった先輩の純情っぷりに感動しながら想像を広げていると、背後から非難の声が飛んできた。


「うわ~、ノノ、デリカシーない~」

「リト様……おいたわしい」

「ノノ、そこまでにしといてやんな。リトが壊れて困るのはおまえだぞ」


 たしかに、先輩の恋路に関係ない後輩が、ゲス顔で首突っ込んじゃいけない。

 背後の三人の声に我に返った私は、今にも倒れそうな先輩から離れる。


「おっと、僭越でした!」

「ノノ、傷口広げてる~」

「リト様……おいたわしい」

「ノノ、もう口閉じとけ。な? 悪いことはいわねぇから」


 ラクィセルに言われたわけではないが、私は口を閉じた。ちょっと、先輩が恋をしていると知って動揺している自分がいる。

 そっか……そうか。──人に興味のなさそうだった、あの雅楽先輩も、恋をするのか。


 恋愛が怖い私としては、なんだか雅楽先輩が遠くに行ってしまったような気持ちになる。勝手な話だが、先輩はそういうのとは関係ないって雰囲気を出していたから、ひとりだけ取り残されたような、そんな勝手な気持ちだ。

 先輩に関してこういう気持ちになるのは二度目だ。先輩もまた、あの子たちのように変わってしまうのだろうか。そう思うと、ひどくモヤモヤしたものが胸にこごった。

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