第37話 雅楽先輩の謝罪

「とりあえず、そこに直ってください」

「はい」


 今現在、雅楽先輩は床に正座している。何故かって? 私に怒られているからだ。


「なんでこんなひどいことをしたんですか。辛いものが苦手だって言ってる相手に、あの激辛料理はなんですか。殺す気ですか」

「そんなことは」

「たしかにセンウィックの料理は先に取り分けましたよ。そこにはカイエンペッパーは置かれてませんでした。後乗せだって言うのも信じましょう。でも、なんで先にそれを言わないんですか! 私のことはどうでもいいんですか!」

「どうでもよくなんてない!」

「センウィックを威圧する前にすることがあるでしょう? 大体あれくらいで友達にあんな仕打ちとか、先輩、それはないです。ありえない。見損ないました!」


 膝を突き合わせてのお説教が効いたのか、雅楽先輩が真っ青になる。むしろ青を通り越して白い。元が色白だからか、ものすごく白い。


「激辛料理たくさん作って、辛いものが嫌いな友達に出すとか、それじゃ先輩は勇者じゃなくて魔王じゃないですか。ほら、センウィックにごめんなさいは? 巻き込んだアウィラとラクィセルにも謝ってください!」

「ごめんなさい!」


 床に正座した雅楽先輩は、深々と頭を下げた。ジャパニーズ土下座である。


「センウィック、ラクィセル、アウィラ、本当にごめん。僕が間違ってました。あれはさすがにやりすぎたと、自分でも思います。本当にどうかしてた」

「いや……いいけどよ。俺らのはたいして辛くなかったし」

「リト様、頭を上げてください! 料理はおいしかったです!」

「リト、罰として今回の滞在の間、ずっとおいしいもの作ってよね! ボクの舌がおかしくなっちゃったらどうしてくれんのさ!」


 アウィラとラクィセルはともかく、ターゲットだったセンウィックはおかんむりである。それもそうか。だいぶ怯えてたからね。


「のほほんも……ごめん。あの、許してもらえないかな」


 しおしおと謝る先輩だったけれど、実のところ、私の怒りはまだ治まっていなかった。


「い・や!」

「!」


 きっぱりと謝罪を撥ねつけた私に、青い顔をした先輩が勢いよく頭を上げる。


「先輩はきちんと反省すべきです。私はともかく、謝っている友達にああいう仕打ちをしたんですから、それがどういうことかくらい考えてください! やられていやなことはしない! 激辛料理あれは、冗談の域には入らないです!」

「……おっしゃる通りです」

「大体、あたりは麻婆豆腐じゃなかったんですか!」

「アウィラたちのあたりは……その、フェイクというか」

「意地悪じゃないですか、単に」


 先輩は若干涙目だ。その姿を見て、あるはずのなかった私のSっ気というか、嗜虐心が刺激される。いやいや、ダメだ、いじめダメ、絶対!

 自分にブレーキをかけた私は、咳払いをして心を落ち着かせることにした。落ち着け、私が第二の先輩になってどうする。我を忘れて暴走してはいけない。


「そうですね……私が激辛料理あたりを食べちゃったことは、先輩が助けに来てくれたことでチャラにしましょう。先輩は、もうこんなひどいことしちゃ、ダメですよ」

「はい」

「あと……」


 そうだった、先輩に偉そうにお説教をしていたが、私もまた怒られるべきことがあった。なにせ、助けに来てもらっておいて、私はまだ先輩にお礼を言っていない。それは人としてどうかと思うので、私はきちんとお礼と謝罪を述べることにした。

 雅楽先輩の顔をまっすぐに見ると、まだ怒られるのかと思ったのか、雅楽先輩の瞳が揺らぐ。そんなに怯えなくてもいいのに。


「さっきは、すぐに助けに来てくれてありがとうございました。先輩、かっこよかったです。私一人じゃ、きっとでられなかったから、助かりました」


 突然のお礼に、先輩が目を見開く。


「お礼を言うのが遅れてごめんなさい。あと、私の代わりにセンウィックに怒ってくれてありがとうございました」

「え……その」

「さて、この話題はここまでってことで! あ、今後激辛料理は禁止ですよ!」


 甘味が好きなこの世界の人たちのことを考えて、激辛料理禁止令を出しておく。だいぶ反省しているようだし、もうこの世界の人たちに辛い料理を振る舞うことはないと信じたい。

 蚊の鳴くような声で承諾した雅楽先輩に背を向けて、私はアウィラたちに向き直った。


「それじゃ、アクィナが持ってきてくれたデザート、食べましょうか!」


 辛いものは甘いもので上書きを! と思って提案したのだが、三人から返されたのは微妙な表情だった。


「アクィナの……デザート」

「リト用の食べればよくない?」

「そうですね、あれも、リト様へは多少手加減すると思います」


 先ほどのロシアンルーレットに相対していたときよりも、もっと嫌そうな表情で三人は溜息をついた。それほどまでに嫌か? と思ったのだが、アクィナが淹れてくれたお茶を思い返してなるほどと納得する。あれは甘すぎた。脳髄に染み入る甘さだった。


「アクィナお手製じゃないのもあるって言ってたので、大丈夫だと思いますよ」


 実はデザートを持ってきたとき、アクィナも一緒に食べると言いだしたのだが、先輩とアウィラによって丁重にお断りされていた。それを思い出して、私は罪悪感を覚える。アクィナ、ごめん。好きな人とごはん食べたかったよね。

 でも、一緒じゃなくてよかったとも思う。あれだけ甘いものが好きなアクィナだから、センウィック並みに辛いものがダメな可能性はある。なにせ、アウィラたちもダメだったんだから、口から火を噴いてたかもしれない。


「アクィナが作ってないやつってどれ!?」


 食い付いてきたセンウィックたちに、私はあらかじめ聞いていた種類を指さした。それとともに、静かに正座したままの雅楽先輩が気になる。


「先輩、いつまでそうしてるんですか? デザート一緒に食べましょうよ」

「あ……」

「先輩、甘いもので好きなものありますか? アクィナ、ケーキとかも用意してくれてますよ!」


 手を差し伸べると、おずおずと握り返された。そんなに私のお説教は怖かっただろうか。ちょっと傷つく。


「仲直りして、皆で食べましょう?」


 笑って見せると、ようやく先輩のこわばった顔がほぐれた。それでも、まだ笑顔には程遠いけど。

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