第31話 雅楽先輩とお出かけ

 青にゃんの可愛さを語りながら、その後出てきたお魚料理(普通に白身魚のフライだった)とデザート(一粒がスモモくらいの大きさの葡萄)を平らげ、食後のレシカの花茶をすすっていると、先輩が明日からの予定を話し出した。


「明日、アウィラたちと近隣を見て回ろうと思うんだけど、のほほんも来る?」


 その魅力的な提案に、私が乗らないわけがない。なにせ、今のところお城から外へ出ていない私だ。外へ出れるチャンスは逃したくないと思うのは当然だろう。


「行く! 行きます! お供させてくださいませ勇者様!」

勇者ソレ、やめて……」


 目を輝かせ、揉み手をしだした私に、先輩はげんなりとした顔をした。


「だって先輩、この世界では勇者なんでしょう?」

「そうだけど、きみには言われたくない」

「仲間外れですか」

「そうじゃなくて、きみにまで勇者リト扱いされたら、なんか……いやだなぁって」

「先輩後輩がいいですかね、やっぱ」

「いや……それも……ちょっと」


 先輩はワガママだ。


          ◆


「お、ノノ、おまえも行くのか!」


 翌朝、私の前にはハリネズミセンウィックを肩に乗せた黒豹ラクィセルさんと、勇者せんぱいに付き従うハスキー犬アウィラさんという、「勇者リトとその仲間たち」の面々が揃っていた。贅沢なことである。


「おはよう、センウィック! アウィラさんもラクィセルさんもおはようございます」

「待て、この間も思ったが、おまえ、ボクを下に見てないか!? ボクは偉大なる魔法使いだぞ!」

「親愛の情って思ってよ。仲良くしよ、センウィック」

「尊敬しろよ!」

「してるよ~。お茶、おいしかった。こっち来てから毎日お世話になってます!」


 キィキイと怒った声を出すセンウィックは、ラクィセルさんの手を伝って私の頭に移る。頭上でぽすぽすと地団太を踏むのが愛らしい。すごい人なのかもしれないが、見た目の可愛さで損をするタイプだろう。そこは先輩と一緒だ。


「でも、畏まるより、センウィックとは仲良しになりたいんだけど、私」

「なに!?」

「え!?」

「なんで先輩まで驚くんですか。ね、センウィック、ダメかな?」


 可愛いハリネズミの魔法使いと仲良くなりたいと掻き口説くと、センウィックはその小さな掌でつぶらな瞳を覆った。


「リト! こいつはなんなんだ!」

「一種の人たらしだね」

リトおまえと一緒か!」

「人たらしとか、そんなわけないじゃないですか。そんなスキル、モブな私には備わってませんよ」


 私とセンウィックと先輩がじゃれていると、明らかに苦笑しながらといった様子でラクィセルさんが会話に入ってきた。


「なぁ、仲良くしたいのはセンウィックだけか? ほら、アウィラが拗ねてるぞ」

「拗ねてなんか……!」

「嘘つけ。耳が垂れてんぞ。まぁ、センウィックだけじゃなく、俺らともよろしくしてくれよ、ノノ。さんづけとかやめて、俺たちもそのままで呼んでくれると嬉しいぞ」


 ラクィセルさんの発言に、私は声を弾ませた。


「いいんですか? 呼んじゃいますよ?」

「その丁寧な物言いもいらん。めんどくせぇ」

「じゃ、お言葉に甘えて!」


 横で先輩が鋭い視線を投げてきたけれど、本人がいいと言っているので、私はラクィセルさん──もとい、ラクィセルに対しての態度を改めることにする。


「ラクィセルはもう少し敬う心をですね……」

「気持ちは敬ってるぞー。口が悪いのは勘弁してくれ」

「アウィラは真面目すぎるんだ。人生損してる」

「センウィックの言う通りだな」

「真面目のどこがいけないんですか」


 アウィラさんをからかって笑うセンウィックとラクィセルの姿に、先輩がため息をついた。以前、この三人がすごく仲がいいと聞いたけれど、その通りだと、私は感心する。


「ところで先輩。このドードーはなんて人ですか?」


 じゃれ合う獣人たちは置いておくことにして、私は先輩に話しかけた。実はさっきから、見たこともない獣人が雅楽先輩の後ろにいるのだ。

 つまらなそうに足元の土を掻く、欠片ほども人の形をもたない目の前の鳥は、ウィ族の中でもさらに強かったりする獣人なのだろうか。


「鳥馬は獣人じゃなくて乗り物なんだ」

「ウィ族じゃないんですか!?」


 と思ったらこのドードー、よもやの乗り物だった。くちばしについているリボンは、よく見たら革でできた手綱だ。


「獣人と、そうじゃない獣がいるんですか、この世界」

「そうだよ。今まで食べたお肉はなんの肉だと思ってたの。獣人じゃない獣だっているよ」


 そう言われてみればそうである。先入観によって、あのおいしいステーキは牛肉だとばかり思っていたが、ここは向こうの世界ではなく異世界だ。獣人以外の動物がいなければ、おぞましいものを口にしていたということになってしまう。

 口を押えた私の頭を、先輩がぽんぽんとやわらかく叩いた。真実を知って驚く子どもをあやすようなそのしぐさに、私は唇を尖らせる。


「子ども扱いですか」

「子どもだなんて思ったことはないよ」


 難しいなぁ、とぼやく先輩をスルーして、私はドードーに近づいた。昔本の挿絵で見たドードーより少しだけスリムなその姿は、FQファンタジークエストの移動手段であるドウドウを思い起こさせる。色が黄色ければパーフェクトだったのだが、この子は木灰色の体毛を持っていた。


「はじめまして~。私はノノ。あなたの名前は……って訊きたいけれど、ウィ族じゃないってことは、喋れないってことよね?」

「クェッ」

「そいつはサイだよ。で、むこうにいるのがスイとセイ」


 ドードーに投げかけた質問は、雅楽先輩が答えてくれた。

 先輩にサイと呼ばれたドードーは、名前を呼ばれた途端、突然バサッと羽を広げた。飛ぶのかと一瞬身構えたが、飛ぶ様子はなく、単に羽を広げたかっただけらしい。バサバサと二度羽搏はばたくと、元のように羽をしまって、その鋭い爪で再び地面を掻き始めた。


「鳥馬は飛べないんだ。見た目と同じ、ドードーだよね」

「速いんですか?」

「速いよ。ダチョウより速い」

「それは……まさしくFQのドウドウですね」


 名前を訊かれて咄嗟に勇者リトの名前を出してくるだけあって、先輩はFQ好きらしい。私がドウドウの名前を出すと、嬉しそうに頷いた。


「脚とか、めっちゃぶっといですもんね。速そう」

「本気出して走れば、ホント速いよ。じゃ、これに乗って行こうか」

「マジですか!」


 獣人じゃないと聞いたときに予想はしていたが、やはり馬代わりにこのドードーに乗って行くらしい。移動手段までファンタジーだと、嬉しくなった私は、先輩に何度も頷いた。

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