第32話 雅楽先輩とドードーに乗ってみる
訊くと、サイは雅楽先輩ので、スイがアウィラ──センウィックたちとじゃれ終わった後、彼もまた自分を呼び捨てにしてくれと言いだしたので、三人まとめてフランクな態度に切り替えてみた──の、そしてセイがラクィセルのだった。
シイというドードーはいないのかと尋ねると、一応いるらしい。ただ、異常に気性が荒いので、基本乗り手がいないのだそうだ。
「乗馬はやったことないんですが、こんな風に視界が上がるんですかね」
鞍をつけたサイに乗せてもらった私は、緊張しながらあたりを見回した。残念なことに私の身長は低いので、こういう高い視界には慣れていない。
「そうだね。馬に乗ったら大体百五十センチ前後視界が上がるから、それと同じくらいかな?」
「百五十……」
鞍に手をかけながら、雅楽先輩が言う。哀しいかな、それは私の身長よりも高かった。つまり、今私は自分一人分より高い位置にいるわけだ。
「よくもまぁ、そう軽々と乗りますね」
「慣れればのほほんも普通に乗り降りできるよ」
「慣れるほど乗ることがあるとも思えませんが、練習はしてみたいです」
「そしたらいつでも付き合うから、言って」
親切なことに、雅楽先輩は私の練習に付き合ってくれるらしい。面倒見のいい先輩に感謝しつつ、私はそっとサイの首を撫でた。柔らかい羽毛の手触りが気持ちいい。
「で、どこに行くんですか?」
「見回りかなぁ。一年に一度しか来ないから、皆が困っていることはないかとか、そういうのを見て回るんだ。で、向こうに戻ったとき、それの解決策とか改善策とかがないか調べて、こっちに持ち帰るんだよ」
詳細を訊くと、そのほとんどが農作物の出来や、水害、害虫駆除や住宅環境の改善依頼だという。それでは、勇者というより便利屋さんではないかと、私は内心思った。FQの勇者リトも行く先々で住民の困ったことを解決して回っていたが、そのクエスト内容が魔物退治だったのに比べ、ディオシアの勇者リトのクエスト内容は随分生活臭が濃い。
「アウィラ、まずはサッカレーに行こう。土壌改良の結果が知りたいし、作物の育成具合も気になる」
「はい、リト様」
私の後ろに乗った雅楽先輩の音頭に、アウィラが頷いた。それを合図に、私たちを乗せたドードーは走り始めたのだった。
ドードーはものすごく速かった。後から先輩に訊くと、あれでも抑えた方で、本来ならもっとスピードは出るそうなのだが、想像したくもない。
ドードーを飛ばして着いた先々で、先輩は歓迎されていた。誰もかれもが群がるように先輩を囲み、帰還を喜ぶ言葉をかけ、出来た作物や食事を勧めるのだ。
そして、そのついでのように、私について尋ねてくる。皆一様に、大人たちは先輩の妻か恋人かと私の立場を面白そうに推測してくるし、子どもたちはあれは本当に女なのかと訊いてくるのが面白かった。やはり、髪の短い女性というのは相当珍しいというか、まずいないらしい。ショートカットの楽さを彼らに教えてあげたいと思ったが、文化の違いがそう簡単に受け入れるはずもないので、口出しはやめておくことにした。あくまでもこの世界の私は異質な来訪者であって、世界創造を任された勇者ではないのだ。
「どう? 面白い?」
いくつめかの村だか町だかにやってきたとき、やわらかい表情の雅楽先輩がそんな風に尋ねてきた。どの場所も興味深く観察していた私は、先輩の質問に素直に頷く。
「はい! 今、異世界満喫中です。地図と照らし合わせるのも楽しい」
岩に腰かけていた私は、膝の上の地図が風で飛ばないよう押さえながら、先輩の顔を仰いだ。先輩から分けてもらった言語能力は、文字を読む方でも発揮されていたので、見たこともない異世界の文字でも、すらすらと読めるのがありがたい。
「ここの名産は紙でしたよね。さっき見せてもらったら和紙みたいだったから、これも先輩が伝えたもの?」
「うん。ここは
楮は生育地をあまり選ぶ植物ではないそうなのだが、この世界の楮(に似た植物)は違うようで、向こうとは逆に痩せた土地にしか生えないのだそうだ。ここら一体の土地は全体的に砂礫の多い痩せた場所らしくて、今まで農作物の育ちが悪く、貧困にあえぐところが多かったそうだが、紙の手法を伝えてからというもの、今はこの地域自体が紙の名産地として名を挙げていることもあり、住民の生活レベルは向上しているらしい。
「先輩、頑張ってるんですねぇ。皆、うーたん先輩に感謝してましたよね」
「頑張ってるのはこの世界の人たちの方なのにね」
「まぁそうですが、先輩のおかげで皆助かったのは事実じゃないですか」
そう褒めると、雅楽先輩は飴色の目を細めて嬉しそうに笑った。
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