第30話 雅楽先輩と手を繋ごう

「では、再チャレンジしてみますね!」


 さっきの倍以上の時間をかけて手を繋いだこともあるし、少しくらいは魔力をもらえてるといいのだが、どうだろう。

 先程とは打って変わって、恐る恐る私は両手を差し出した。この手に宿っている(かもしれない)先輩の魔力よ、よろしくお願いします!

 虹までとは言わない。もう欲張らない。だから、せめてお水くらい出て!


「!」

「出たぁっ!」


 そんな謙虚な願いが通じたのか、はたまたたっぷり時間をかけたせいなのか、先程空振った私の初魔法は、今度はなんと成功したのだった。

 ──まぁ、出たと言っても、ジョウロでしゃわ~っとくらいの水量なんだけれど。


「先輩、見ました? 見ました!? 出ましたよぉ!」

「うん、見た。よかったね、のほほん」

「初魔法です! 魔法だ! すごい!」

「大興奮だね」

「そりゃ興奮しますよ! 先輩だって興奮しませんでした?」

「……したね。たしかに」


 嬉しさのあまり、先輩の手を取ってぴょんぴょん跳ねる私に、雅楽先輩は苦笑を漏らした。


「きみが嬉しいなら、僕も嬉しい」

「先輩優しい! そう、今私、めちゃめちゃ嬉しいです! 一緒に喜べば、喜び二倍!」

「そりゃよかった」


 雅楽先輩からも喜びのコメントをもらって調子に乗った私は、もう一度魔法を使おうと手を伸ばした。次は光とかどうかな?


「……あ」


 だがしかし、欲をかいたせいなのか、はたまた魔力切れなのか、先程成功した私の魔法は、再び空振った。じゃ、水! さっき成功した感じで!


「……先輩、手、貸してください」

「えっ、また!?」

「なんですか! ヤなんですか私と手を繋ぐの!」

「嫌じゃないよ! 心臓痛いけど!」

「嫌がってるじゃないですかそれ!」


 光だけでなく、先程出たはずの水も出ないということは、きっと魔力切れなのだと先輩を頼ると、半歩下がる形で嫌がられた。酷い。


 嫌がる先輩を説き伏せ、その後実験を重ねた結果わかったのは、先輩と長い時間手を繋げば小さな魔法が一回、繋いだままなら中くらいの魔法一回が打てるということだった。


「これで、もういいかな……? てか、もう戻ろう」

「そうですね。お腹空いた!」


 疲労困憊な雅楽先輩を先導にしてお城に帰ると、出迎えに来たアクィナにものすごい目で睨まれた。誤解です。


          ◆


 その日の夕ご飯は、先輩と二人だけだった。王様一家との食事は初日だけだったようだ。

 王様一家がいないせいなのかどうなのか知らないが、その日の夕飯は昨日のような奇妙なコースではなかった。お団子も出てこないし、焼き魚が突き刺さっていることもない。

 だが、普通かというと、そうでもない。見たこともないメニューや材料ばかりだったのだ。解説しながらも平然と食べる先輩がいなければ、口にするのも躊躇うものすらあった。


「一度くらいは異世界の食文化に触れたいかと思って」


 出てきた前菜に戸惑っていると、フォークを手にした先輩がそんなことを言い出したので、このメニューは先輩の好意だということが判明した。たしかに、せっかく異世界に来たのだから、レシカの花茶のようなこちらの食べ物も食べてみたいな~と思っていたので、有り難くお礼を言って私は出されたお皿に手を付ける。

 前菜は丸い卵だった。大きさはダチョウの卵くらいあるだろうか。割ると、中は綺麗なサーモンピンクをしたキッシュだった。味は普通のキッシュ。具は入ってないけれど。ロメインレタスの葉がフリルのようになった葉物と食べると、かなりおいしい。

 次に出てきたのは謎の青いソースに浮かんだステーキだった。赤い謎の木の実が振りかけられているが、漂ってくる臭いはガーリックソテーされたお肉のような感じで、すごく食欲をそそる。目を瞑ればすごくおいしそう……目を瞑れば。


「これ……なんで青いんですか」

「ナッツプエーっていう木の実のソースなんだけど、色はともかく、味はおいしいよ」

「ナッツなんですか?」

「ナッツプエー。変な響きだけど、ナッツじゃないね。どちらかというと……見た目は茄子? 味は生クリームでのばしたジャガイモみたいな感じ」

「木の実なんですか、それ」

「木の実だね」


 見た目茄子で味がクリーミィなジャガイモである青い木の実は、食べてみればおいしかった。色合いが青で食欲が落ちるのに、味はおいしくて食が進む。なにこのカオスな食材。


「これはラクィセルの好物なんだよね」

「ラクィセルさんの!?」


 すらりとした黒豹みたいな戦士の姿を思い出し、私は先輩の話に食い付いた。あからさまにしまったという顔をした雅楽先輩だったが、目を輝かせた私にため息をつくと、頷いてみせた。


「てか、きみはラクィセルが好きなの?」

「好きっていうか、うーん、好み? アイドルみたいな感じですかね?」

「アイドル?」


 私はラクィセルさんの黒づくめの姿を思い出してにんまりと笑う。少し強面な、長身の黒づくめな戦士。それはココジゴの主人公、キラだ。そう伝えると、先輩はがっくりと肩を落とし、頭を抱えた。


「まさかの……アニメキャラか」

「私が好きなのは原作の漫画の方なんですけどね。イケボで人気な声優さんが主人公をやってるアニメ版もオススメです。かっこいいんですよ、キラ」


 帰ったら原作貸しましょうか? と言うと、ぜひお願いしたいと首肯された。やはりラクィセルさんと似た主人公が気になるのだろうか。雅楽先輩が青にゃんの可愛さに悶えてくれるよう布教しようと、お肉を咀嚼しながら私は心に決めた。それにしてもおいしいな、このお肉。

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