第27話 雅楽先輩と魔法使いの花

「なんか……すごいですよね。こう、ザ・ファンタジー! みたいな」

「魔力を通さずに触れるとさらにびっくりだよ」


 そう言うと、雅楽先輩はぽきりとレシカの花を一輪摘んだ。途端にあの甘い香りが強く漂う。先輩の指先で揺れる花は、綺麗だけれど特におかしなところはなく、びっくりとまではいかない。


「それじゃ、今魔力遮断するね」


 そんなことできるのか、と尋ねる間もなく、私は雅楽先輩の指先に釘付けになった。なにせ、先程まで普通だった花が、いきなりしゅわっと空気に溶けたのだ。なに? 手品? 魔法? いや、先輩は魔力を遮断したって言ってたから、魔法ではないか。

 目の前で起こった出来事に私が適応できないでいると、してやったりとばかりに雅楽先輩はニヤリと笑った。


「びっくりした?」


 嬉しそうな雅楽先輩の問いかけに、私は素直に頷いた。だって本当に驚いたのだ。なんだ、なにが起きたのだ。


「なんですか、今の」

「レシカの花は、土から微量の魔力を吸い上げて咲く魔法の花なんだ。だから、それがなくなると、途端に消える。魔法使いだけが触れられるっていうのは、魔法使いが持つ魔力を吸うからなんだ。それが遮られればすぐ駄目になる」

「つまり、先輩やセンウィックが摘んでも、花瓶に入れた時点でアウトってことですか?」

「その通り。だから、お茶にできるのは、本当に一握りの魔法使いだけなんだよ」


 初日に飲んだときには思いもよらなかった花の生態に、私は驚くことしかできなかった。センウィックは思った以上にすごいらしい。こんな一瞬で消える花を、どうやって茶葉という形に残したのか。花瓶に活けるのすらアウトなのに。

 心底驚いたが、それと同時にワクワクと胸が躍る。目に見えてファンタジーなのだ。いや、アウィラさんたちやアクィナたちも見た目からしてファンタジーなんだけれど。


「ほら」


 不思議な花をくるくると指先でもてあそんでいた雅楽先輩は、スッと腕を伸ばすと私にその花を渡してきた。恐る恐る受け取ると……。


「あ」

「あ」


 先輩の指から私の指へ渡ったレシカの花は、一瞬のうちに跡形もなく溶けてしまった。それが指すところは、つまり。


「のほほん、きみ、魔力ゼロなんだね……」

「皆まで言わないでください……」


 残念なことだが、モブキャラに相応しく、私には魔力が備わっていないようだった。非常に無念である。私も華々しく魔法を使ってみたかった。見たことないけど。


「そうだ、先輩、魔法使えるなら見せてくださいよ!」

「えっ」


 唐突な私のおねだりに、雅楽先輩は狼狽えた。そんなにおかしなお願いをしたのかと思ったが、先輩が躊躇った内容は思いもよらないことだった。


「ど、どれがいい?」

「は?」

「えっと、どんなのっていうか……なにがいいっていうか。火、風、水、地、光、闇……あとなんだっけ、そうだ、雷、氷があるね。どんなのが見たい? 小さいの? 大きいの? あまり大きいと被害が出ちゃうから、そこまで大きいのは見せられないけれど……」


 さすがに女神選出の勇者だけあって、先輩の魔法はオールマイティのようだった。どれがいいと言われても、困ってしまう。


「えっと……なんか、派手なの、が、いい……かな?」


 深く考えなくて言いだしたのがまるわかりである。

 だが、先輩は優柔不断な私の発言を笑って受け入れた。家庭科部ではあまり笑ったりしなかったのに、ディオシアここにきて先輩はよく笑う。余裕があるというか、なんだか別人のようだった。


「じゃあ……簡単に花火でも見る? もうそろそろ夏だし」

「花火……ですか?」

「あ、あまり魔法っぽくないか。他の……なにがいいかな。うーん、水とか? 水芸っぽいか。意外と魔法らしい魔法っていうと、思いつかないものだね」


 眉を寄せて考え込む先輩は、年齢より幼く見える。なんだろう、ここにきて、いろんな先輩の顔を見るようになって、なんだか不思議な気分だ。


「花火、見たいです。好きなんですよね、花火」

「そうなの?」

「そうですよ! 毎年、月ヶ瀬の花火大会は必ず行ってますもん。今年もね、浴衣着て行こうってあおいたちと言ってるんです」


 花火大会に思いを馳せていると、ふっとあたりが暗くなった。たしかにここにくるまでにゆっくりと暮れてはいたけれど、こんなにいきなり暗くなるのだろうか。

 空を仰ぐと、びっくりするほど暗い。これも異世界ゆえか、などと思っている間に、目の前にいた先輩の掌から、しゅるしゅると銀色の火花を散らして小さな花火が上がった。普通の花火よりも低く、私の目線より少し上くらいで花開いたそれは、綺麗な円に広がった後、くるくると回転してスッと消える。と思うと、ぽんぽんぽんと宙に光でできたレシカの花が現れた。ピンクの花はふわっと広がるとそのままリボン状になり、スルリと蝶結びになる。

 そんな魔法の花火を、私は言葉もなくただ見つめることしかできなかった。しかも、気づけば口が開きっぱなしになっていた。恥ずかしい。


「火と光と雷の融合魔法だけど、こんな感じでどう……かな?」

「すごい! すごいですようーたん先輩! ちょっと、魔法じゃないですか本当に!」

「うん、魔法だけど、本当の」


 パチパチと夢中で拍手する私に、雅楽先輩は照れくさそうに笑った。先輩、笑うと八重歯が見えて可愛いですね!

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