第25話 フィ族から見た雅楽先輩

 ダークエルフが気になって仕方のない私は、慌てて流れの中の石を渡って小川を越えた。


「ねぇ、ちょっと」

「……不在」

「いや、いるよね? 確実にここにいるよね?」

「……不在」


 叢に頭を突っ込むようにして、ダークエルフはバレバレの居留守を使った。なんなんだ、一体。


「私に見られちゃまずかった?」

「……我、非人」


 ヒトニアラズって、この世界に来て普通の人なんてほぼ見たことないんだけど……と思った瞬間、私はダークエルフの正体に気づいた。

 動物そのものな獣人がウィ族。

 ケモ耳つけた人間がクィ族。

 人間がツィ族。

 私が会ったことがないのは、魔王の配下である魔人と、ディオシアのカーストで最下層とされる、半魔人のフィ族だけだ。

 つまりは、この人はフィ族なんじゃないだろうか。


「あなた、フィ族の人?」


 そう思って訊いたところ、ようやくダークエルフは顔を上げた。金色の目が綺麗だ。


「……是」

「そうなんだ。あの、私はのの・・。勇者リトの後輩だよ」


 だから怖くないし怪しい者ではないと続けようとしたが、勇者リトの名前を出した途端、ダークエルフの顔がへにゃっと緩んだ。


「……リト」

「そう、そのリトの仲間。たまたま一緒に来ちゃっただけなんだけどね」


 勇者リトの名前がもたらす効果は絶大だった。プルプル震えていたダークエルフは、おずおずとだったが、叢から出てきてくれたのだ。


「あなた、名前は?」

「……名前」

「そう、名前」


 改めて名前を尋ねると、しばらく躊躇した後、かすかに首を傾げて教えてくれた。


「……名前、リト、名付。ユーフィ。我、ユーフィ」

「ユーフィって言うんだ?」


 単語単語でぽつぽつと話すその話し方は独特だったが、意外と嫌な気はしなかった。小さな子どもだからかもしれない。性別の判別しがたい幼い声で、胸をなでおろした様子のユーフィは呟く。


「……リト、仲間。安心」

「うん、なにもしないよ~」

「……リト、フィ族神」

「え、先輩、勇者飛び越えて神になった?」


 言葉が足りなくとも、意外と言葉が交わせるものである。これも先輩のチート能力の影響かもしれない。


「……神」

「すごいね、それは。先輩があなたを助けたとか?」

「……リト、フィ族、助命」

「種族まるごと助けたの?」


 私の言葉に、ユーフィは鼻息荒く頷いた。なにをしたんだ、雅楽先輩。

 それにしても、先輩の偉業をこんなところで知るとは思わなかった。さっきも思ったことだけれど、農夫業以外にちゃんと勇者業もしてたんですね、雅楽先輩。


 私はそのまま、ユーフィの隣に腰かけて先輩の話を聞きだした。能弁ではないユーフィだったが、それでも先輩の話は誰かにしたかったのか、熱い様子で話してくれた。可愛いダークエルフである。


「……フィ族、無名。唯、斃死。リト、改善」

「それはすごいね。それじゃ、ユーフィって名前も先輩が付けたの?」

「是!」


 ゆっくり話すユーフィだったが、その名を先輩が付けたのかという問いには、ひどく嬉しそうな顔で即答した。アウィラさん兄妹も先輩の信奉者のようだったが、ここにももう一人いたようだ。いや、この話ぶりからすると、フィ族全員が先輩の信者かもしれない。雅楽先輩、めちゃくちゃ勇者してるじゃないですか! 農夫にジョブチェンジしたのかなんて思ってごめんなさい。

 私が心の中で先輩に詫びていると、遠くで私を呼ぶ声がした。あの声はアクィナだろうか。少しめんどくさそうな響きに、なんとなしに笑ってしまう。


「なんか、呼ばれてるみたい。ユーフィ、また会おうね」

「…………!」


 再会の約束を求める言葉に、ユーフィは目に見えて慌てた。わたわたと手を動かす様が可愛らしい。

 そんなユーフィの頭を一撫でして、私は立ち上がった。アクィナの呼ぶ声は近くなってきている。会ったばかりでアクィナのことをよく知らない私は、彼女がフィ族であるユーフィにどのような感情を抱くか想像ができなかったので、ユーフィのためにも一緒にいるところを見られない方がいいのかと思ったのだ。

 ひらひらと手を宙にはためかせて、私は再び小川を渡った。長いスカートは足に絡みついて邪魔なので、片手にまとめてたくし上げる。こちらの方が走りやすい。


「アクィナ!」


 幾分離れてから声を上げる。すると、滑るような裾さばきでアクィナが奔り寄ってきた。すごいな、この長いスカートであの速さが出せるとか、ただものじゃない。


「ノノ様、どちらへ行かれていたのですか! 探しましたのよ!」

「ごめんごめん、迷子になっちゃって」


 柳眉を逆立てたアクィナに頭を掻きながら謝ると、ぷぅっと頬を膨らませた美少女からお叱りを受ける。ぷんすかする美少女。ファンタジーでしかお目にかからないシチュエーションだが、この場合、こういうのに遭遇するのはモブである私でなく、勇者役の雅楽先輩の方ではないかと思う。

 だが、残念なことにこの場に雅楽先輩はいなかった。あとでこの可愛さを微に入り細に入り伝えようかと思ったが、よく考えれば雅楽先輩はアクィナのことが苦手そうだった。喜ぶかどうかは微妙である。


「ねぇ、そういえばさぁ、アクィナってクィ族じゃない? お風呂でツィ族にも会ったけど、ここにいるのってウィ族とクィ族とツィ族だけ?」

「なんですの、突然」

「いや、ふらふらとお城の中を歩いていて、その三族しか会わないなって思って。魔人とかフィ族ってどこに行けば会えるの?」

「会いたいんですの!?」


 信じられないといった様子で、アクィナが叫ぶ。やはりフィ族への心証はよくないのかと思いきや、アクィナが敵対視しているのは魔人だけのようだった。


「魔人はディオシアにはおりませんわ。いるのは、魔王の治めるディアブロシアにのみ。彼らはリト様が国境に張られた結界によってこちらへやってくることはありませんが、それでもたまに国境を攻めてきて、可哀想なフィ族生をむんです。忌々しい」


 アクィナは相当魔人が嫌いなようだった。舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。鼻にしわが寄ってるのも目の錯覚に違いない。うん、きっとそうだ。

 ぷんすかと怒りを隠さないアクィナからそっと視線を外した私は、ユーフィのいた方向をちらりと見た。かなり離れたせいか、もうここからその様子をうかがうことはできなかった。

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