第20話 雅楽先輩の朝食

 雅楽先輩の作った朝食は、完全な和食だった。テーブルに並ぶ炊き立てのごはん、焼き魚、お味噌汁、卵焼き、青菜のお浸し、ひじきと豆の煮ものに、思わず私は旅館の朝ごはんか! と呟いてしまう。納豆と味海苔があったら完璧だ。


「ここの人たちの味覚って、基本甘みが強いんだ。アクィナは行き過ぎだけど、それでも甘いものに目がないのは皆一緒だね」


 おひつからお茶碗にごはんをつぎながら、雅楽先輩はディオシアの食文化について教えてくれた。私はお団子を頬張る王様たちを思い返して、納得する。甘いものを前菜として食べる彼らは、とても幸せそうだった。


「でも、王様たちは焼き魚に喜んでいたんでしょう?」

「ウィ族の中でもかれらは特殊なんだよ。甘味も好むけれど、塩味も好むんだ」

「アウィラさんの紅茶はおいしかったですよ?」

「あれは僕仕様だったからね」


 今度は急須からお茶を注ぎ始めた先輩は、私の質問にそう答えてくれた。なるほど。

 それにしても、至れり尽くせりの朝食である。ひじきとかお茶とか、どこから出てきたのだろう。こちらへ来たのは昨日だから、去年来たときに持ち込んだんだろうか。

 なんにせよ、普段の朝ごはんは和食派な私にとって、この朝食は有り難かった。


「うち、朝は必ずごはんなんですよ。だから嬉しいです」

「うん、前にそう言ってたなって」


 なんでもないことのようにさらりと言う雅楽先輩だったが、そんな話をした記憶のなかった私はひどく衝撃的だった。そんなこと、話しただろうか。したとしても、きっとなにかの話のついでにちょっと触れた程度だろう。それでも、そんなエピソードを覚えているなんて、先輩の記憶力は素子並みだ。覚えの悪い私にとっては羨ましいことこの上ない。


「僕の家も朝は和食なんだ。だから、どうせ作るならきみもいるかなって」


 なるほど、たしかに自分と同じなら覚えているのも頷ける。私は自分の記憶力のなさを棚に上げて納得すると、有り難くご相伴に預かることにした。


「ごはんとお味噌汁食べないと、朝って気がしないんですよね~」

「明日には冷奴もつけられる」

「あ、お豆腐大好きです!」


 向かい合って食事をしながら、そんなとりとめのない話をする。


「それにしても、よく私の分まで食器類用意できましたね。お箸とかお茶碗とか」

「まぁ……以前作ったとき、試行錯誤した分がいくつかあって」

「てことは、この食器、先輩が作ったんですか?」

「うん。アウィラと一緒に作った。焼く作業はセンウィックに頼んで」


 先輩もそうだが、アウィラさんは思った以上に器用なようだ。私はてびねりっぽい湯呑を、まじまじと眺めながらそんなことを思った。


 先輩と二人きりの朝食が終わると、今後の予定の話に移った。満月の日にやってきた私たちは、次の満月までここに滞在することになるので、約一月、このお城で過ごすことになるそうだ。


「こっちに来て、普段はどうしてるんですか?」

「向こうで調べた方法や準備した種とかで、作物を育てたり料理方法を教えたり、いろいろだね。あんまり向こうの科学を持ち込むのはどうかと思って、そっちは最近控えてるんだ」


 なにがきっかけに、戦争が起きるかわからないから、と先輩は薄く笑う。


「ただ、最近魔王の行動が活発らしくてね。ちょくちょく国境で小競り合いがあるって」


 深い溜息と共に、雅楽先輩は言う。肩を落とす雅楽先輩を見ながら、私は昨日聞いた話を思い出していた。


「魔王って、たしか先輩と同じく、向こうの世界から呼ばれた人なんですよね?」

「うん。僕らは世界を発展させながら、互いの名を争うためにこの世界に連れてこられてるんだけど、やる気のない勇者ぼくと違って、魔王むこうはやる気があるみたいだね」

「共存という考えはないんですかね」

「どうなんだろうね。僕も、会ったことないから」


 勤勉な魔王様は、魔王の名に恥じぬ行動を起こしているようだった。平和主義な勇者様がどこまで立ち向かえるのはあやしい。


「まぁ、国境で起きてるのは、本当にささいないさかいみたいなんだけどね。それが、どこまでエスカレートするかはわからない。戦争なんてしたくなかったから、あまりそういうことを考えずに来ていたけれど、いざそうなったときの覚悟を固めておかなくちゃいけないのかも」


 出来がいいとはいえ、雅楽先輩はまだ高校生だ。そんな彼にこういう重い使命を負わせた鬼畜女神ディオシアを、私は改めて恨めしく思った。ちょっとひどすぎやしませんか?


「平和的に解決しちゃだめなんですかね。名前当てっていうと、グリム童話のルンペルシュティルツヒェンを思い出しますけど、どうしても戦わなくちゃいけないなら、なにも戦争しなくても、あんな感じで名前当てクイズを定期的にやるとか、そんな感じで」

「ルンペルシュティルツヒェン?」

「知りませんか? 悪魔の名前当ての話」


 あれは、嘘を本当にした報酬として取られる予定だった赤ちゃんを助けるため、相手の名前を当てようという話だったので、先輩のケースとはだいぶ違うけれど。

 でも、私から童話の話を聞いた雅楽先輩は、「そんな話があるんだ」と、興味深げにしていた。

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