第21話 雅楽先輩と秘密の部屋
雅楽先輩が食事の片づけをするというので、私はその手伝いに名乗りを上げた。おいしくいただいたのだから私が片付けると言ったのだが、先輩は自分でやると聞かないので、折衷案としてお手伝いに甘んじた次第である。
「それじゃ、台所はこっちだから」
トレイに食器を載せた先輩の後をついて、私は食事をとっていた部屋にあった扉の先の部屋へと向かった。中へ入ると、石窯や水場などが設えてある台所が視界に飛び込んでくる。
「シンクはここね。僕が洗うから、のほほんは布巾で拭いてくれる?」
「あ、はい」
先輩は水場の盥に水を張ると、そこに運んできた食器を浸けた。家庭科室で見慣れたカラフルなスポンジに石鹸をこすりつけると、そのままガシガシと泡立てて洗ってしまう。
手際よく使った食器を洗う雅楽先輩の横で、私も布巾片手に奮闘する。
「スポンジ、持ち込んだんですね」
「うん。こっちにはスポンジ自体がなくてね、水洗いするだけだったみたい。調べたら昔は布切れかヘチマのスポンジで洗ってたみたいだから、それを伝えてみたけど、やっぱり自分で使うなら使い慣れたこのスポンジがいいな、と」
「昔って……」
「江戸時代。すごいよね、そのころからスポンジがあったとか、僕も知らなかった」
拭いた食器を棚にしまった雅楽先輩は、絞った布巾を私から受け取ると、それも片づけてしまう。慣れたものだ。
「それじゃ、色々案内するから」
「先輩がですか? 忙しいんじゃ?」
「別に忙しくない。ウィレルド陛下たちには挨拶したし、あとは自由」
向こうにいたときのように淡々と話す雅楽先輩は、「行くよ」と言い捨てると、さっさと移動を始めてしまう。
まぁ、そんな先輩の態度に慣れている私は、その後をひよこのように着いていった。部屋にいてもやることはないし、正直、ここにいる間に
入ってきたのとは違う扉を開けると、そこは広々とした部屋だった。ソファセットや暖炉があるところをみると、応接間とかそんな感じだろうか。シックな色調で整えられた部屋は、余所行きな顔をした私の部屋とは違って、穏やかな空気が流れていた。
「広いですね~」
「そうだね」
「ここ、どこですか?」
考えなしに口にした一言は、雅楽先輩を一瞬無言にさせた。どうしたのかと思ったら、もごもごと小さな声で先輩は話し始める。
「その、この先にあるものを見せようと思っただけで、特にこの部屋に連れてこようと思ったわけじゃなくて」
「はぁ」
来てはいけない部屋だったのだろうか。そう思うくらい、先輩の口調はキレが悪い。
「僕が使える台所はあそこしかないから、えっと、必然的にここを通ることになっただけなんだ。だから、深い意味はない」
「そうですか」
後ろめたさを露わにする雅楽先輩を促して、私はその目的地への案内を頼んだ。入りづらい部屋に侵入してまで私に見せようとしたものはなんだったのだろうか。
「えっと、こっち」
先輩は大きな掃き出し窓を開けると、バルコニーから外へ出た。後を追うと、そこには一面のハーブガーデンと畑、そして田んぼがあった。
「さっき食べたものは、ここで育ててる。僕がいないときはアウィラたちが管理してくれてるんだ」
「すごいですね~! これ、麦ですか? これは?」
「それは蕎麦」
食事にかける雅楽先輩の熱意に感心しながら、私は畑や田んぼを見て回った。青々と茂った作物は、豊かな実りを期待させるには十分だった。畑には、見知った野菜がいろいろ植えてある。
「ここは試験農場的なもので、ここの土に合った作物は、ディオシア中に広めてるんだ。サツマイモなんかは甘いのもあって喜ばれたよ」
「はぇ~。すごいですね。なんだか本格的」
「飢饉対策で蕎麦を広めたいんだけど、甘みがあまりないせいか、竜以外には受け入れてもらえないんだよね。蕎麦がきもウケがよくなかったし、どうしようかなぁ。やっぱりサツマイモだけに絞るかな」
「蕎麦なら、ガレットにしちゃえばいいじゃないですか。甘いのがいいんですよね?」
蕎麦の使い道に困っている雅楽先輩だったが、蕎麦を使ったスウィーツといえば、蕎麦粉のガレットしか思い浮かばない。だが、単純なその発想は、雅楽先輩にとっては神の福音に近いものだったらしい(大げさ)。パッと顔が輝いたのを、私は見逃さなかった。
「ガレットか! 思いつきもしなかったが、それなら甘いもの好きなディオシアの人たちにも受け入れられるはずだ。ありがとう、のほほん!」
大喜びの雅楽先輩は、メモ帳になにか必死に書き込んでいた。
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