第19話 カオスな夢に雅楽先輩

 夢を見た。

 夢の中で、雅楽先輩はファンタジークエストの勇者リトと同じ格好をしていた。真面目な顔でコスプレしているものだから、おかしくて笑うと、勇者リトの格好の雅楽先輩は至極真面目な顔のまま、私もまたコスプレをしていると指摘してきた。見ると、なんだかぞろりと長いドレスを着ている。

 先輩先輩、私こんなの着た覚えはないんですが。

 そう告げると、雅楽先輩は私がノリノリで着たのだと言う。そう言われるとそんな気がしてくるのが怖い。試しにくるりと回ってみると、ふわりと花が開くように丸くスカートが広がった。

 くるり、くるり。ふわり、ふわり。

 回りだすと楽しくて、ぐるぐるぐるぐる回ってしまう。

 回る私の横で、雅楽先輩もぐるぐる回っている。勇者リトの格好は特に広がる裾はないので、単にぐるぐる回っている雅楽先輩の様子は異様だ。

 ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。

 回っていたら、ハスキー犬と黒豹とハリネズミが混じってきて、ついでにお団子を持ったタツノオトシゴがお花見をしようと誘ってきた。どこの竜宮城か。

 あまりのおかしさに、ここはアリスの世界なのかと疑う。雅楽先輩は猫っぽいし、きっと彼がチェシャ猫に違いない。

 回る雅楽先輩を見ると、確かにニヤニヤ笑う先輩は猫だった。となると、アリスはどこだろう? あたりを見渡すと、犬耳を付けたアリスが笑っている。

 あれ、アリスってしっぽあったっけ?

 そう思った瞬間、目が醒めた。


「…………え?」


 目が醒めたものの、まだ夢との境界線にいる意識は、うまく自分がいる現状を把握できていない。見たこともない景色を眺めつつ、私は目をぱちぱちと瞬かせた。

 ──そうだ、ここは日本じゃない。地球じゃない。

 ディオシアという、異世界に来てるのだ。

 私は勢いよくかぶっていたシーツをはねのけた。さらりとした肌触りが気持ちよかったが、異世界への興味が勝ったせいか、いつもと違って二度寝への誘いは訪れない。

 素足のままベッドから降りようとしたが、足元に揃えられた靴を見て思い出す。そうだ、ここは日本じゃないから部屋の中でも土足なのだった。

 ちょっと違和感を感じつつ、私は靴を履いた。金糸で縫い取りのあるぺたんこな靴なのだが、ヒールに慣れていない身としては有り難い。

 そういえば、履いてきたローファーや、制服はどこにいったのだろうか。あれがないと帰るとき困るのだが。

 部屋を見渡すと、廊下に面した扉の他に、ひとつ別な扉があった。もしかしたらと開いてみると、予想通りそこはクロゼットで、私の制服類はそこに納められていた。


 制服の所在を確認して安心した私は、身支度を整えることにした。

 準備してあった洗顔用のボウルに水を注ぎ、顔を洗う。歯を磨きたいな、と思ったら、プラスティック製の歯ブラシと歯磨き粉が用意してあった。雅楽先輩がこの世界へ持ち込んだものに間違いない歯ブラシセットに感謝しつつ、私は身支度を済ませた。

 パジャマとして用意されたワンピースから、クロゼットに準備されていた昨夜借りたものとよく似た服に着替えると、私は部屋を後にすることに決めた。手元に置いていたスマホの時間は、どういうわけだかトリップした瞬間と思われる時刻で停まっている。だから今が何時くらいかはわからないが、腹時計はそれなりの時間だと教えてくれていたのだ。ごはんが食べたい。

 部屋を出る前に寝癖チェックのため鏡を覗くと、いつもどおりの私がいつもと違う格好でそこにいた。まさにコスプレ。……ん? コスプレ? なにかそんな夢を見たな。


『きみが、ノリノリで着たんだろう? 嬉しいくせに』


 夢の中の雅楽先輩のセリフを思い出したせいで、鏡の中の私は途端に苦い顔になった。ノリノリで着てるわけじゃない。これしかないのだ。……まぁ、多少はワクワクしてるけど。

 まぁ、そんなことを雅楽先輩が本当に言ったわけではないので、私はその理不尽な感情を水に流すことに決めた。あれは夢だ。

 パシッと軽く両頬を叩くと、私は鼻息荒く部屋を後にしたのだった。


          ◆


「あ、先輩」


 部屋を出ていくらも行かないうちに、私は雅楽先輩と行き合った。先輩は昨日着ていたのと同じ、藍鼠の服を着ている。


「ああ、起きたのか。食事を作ったので呼びに行こうかと思ってた」

「作った?」


 目をぱちくりさせる私に、雅楽先輩はなんてことのないように頷いた。


「朝はいつも自分で作ることにしてるんだ。多分、だれかしら相伴に預かろうとやってくるだろうけど、和食でよければのほほんもどうかなって」


 もしかしなくても、雅楽先輩は完全アウェイな私を気遣っているのだろうか。少し照れくさそうに言うと、先輩は「で、食べるの食べないの」とぶっきらぼうに告げる。


「お腹空いてたんで有り難いです」


 空腹を抱えていた私は、一も二もなく先輩の甘言に釣られることにした。

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