第18話 ご馳走の原因は雅楽先輩
食事の前菜にまさかお団子が出てくるとは思わなかった私は、なかなか皿に手を付けられないまま、ただそれを凝視していた。
金縁の白い皿に美しく盛り付けられた、二本の三色団子。エディブルフラワーやハーブ、よくわからないクリーム色のソースで飾り立てられているが、それはどう見ても日本のお団子だった。
もしかしたら食べたら甘くないのかもしれない、なんていっても異世界だし、と、かすかな期待を持って、お団子に手を伸ばしたが──手に持って食べていいのか判断がつかず、宙に浮いた掌は、そのままテーブルの上で拳を握った。
だって、食事のマナーといっても、三色団子の食べ方のマナーなんて私は知らない。お皿の両脇にカトラリーは用意してあったが、まさかこれで切り分けるのか?
躊躇っていると、奥に座っていた王様たちは、普通に素手で取ってかぶりついている。ぺろりと一瞬で飲み込まれるお団子を見ながら、私は改めて自分の皿を見た。
私が逡巡していることに気づいたのだろう。雅楽先輩はボソリと「普通に手で持って食べるといい。黒文字とかはないぞ」とアドバイスをくれた。
たしかに手で食べるのが一番食べやすいんだろうが、こんな風に盛り付けられていると、素手を伸ばすことを躊躇しても仕方がないというものだろう。
だがしかし、ここで迷っていても先には進めない。ええいままよ! と、私は三色団子にかぶりついた。
「どうだ、うまいだろう? こちらの食材でリトの世界の味を再現するのは大変だったらしいぞ!」
私が食べたことを見届けると、王様は嬉しそうに胸を張った。なんだか可愛いと思うのは、不敬だろうか。
前菜として出されたものの、私の世界の味を再現したというだけあって、その味はお団子そのものだった。ほの甘い、もちっとしたスアマみたいな味。
予想通りの味にほっとしていいのやらがっかりしていいのやら、複雑な思いを抱いていると、また次のお皿が運ばれてきた。
次もまた突拍子もないメニューなのかと思いきや、普通にサラダだった。彩り豊かなサラダは、グレープフルーツのような爽やかな風味の柑橘系ドレッシングが効いていて、非常においしい。
サラダが終わるとポタージュスープ、パン……と、普通にフルコースが出てくるような順番で、ありきたりなメニューがサーブされていく。
「とてもおいしいです!」
クルミみたいな木の実が入ったパンを食べながら、私は食事に満足していることを伝えた。これで最初にヒいていたことはチャラにできないかな、などと
なんでこう……定期的に日本食を挟むのだろうか。笑いでも取りたいのだろうか。
どう見てもフレンチかイタリアンのフルコースな流れだったのに、出てきた魚料理は木の串に刺さった、野趣あふれる塩焼きだった。しかも、お皿の上に立ててあるし。なんていうのだろうか、囲炉裏で焼いた鮎の塩焼きが、灰に立ててあるままの形でお皿に乗っているような状態だ。芸術作品でも目指したのか。
「……先輩」
「うん、前回、囲炉裏で塩焼きを作ってみせた覚えはある」
私の無言の非難に、雅楽先輩は少しバツが悪そうに料理のバックボーンを語った。前回来たときに塩焼きをふるまって、それを気に入った王様がコースにぶっこんできた、こういうことですかわかりません。
「異世界ですね……」
どちらかというと異次元な気がすると、私は皿の上に突き立てられている塩焼きから目をそらすため、天井を仰いだ。
◆
その後、ソルベ(普通)、肉料理(普通)、果物(謎)、デザート(普通)と続いたが、おかしな料理は魚料理が最後だったのでよしとする。違和感がひどかっただけで、三色団子や塩焼きを含め、味はすべて最高だったし。
満腹になった私は、王様たちと少し会話を交わした後、一足先に部屋へと戻ることになった。雅楽先輩は王様たちと込み入った話をするということで、先に返されたというのが真相だが。
汗を流しさっぱりした上に、おいしい料理をたらふく食べた私は、すでに眠かった。まさか自分が異世界トリップをする羽目になるとは夢にも思わなかったが、いざなってみても、あまり焦ったりはしないものだと思う。
まぁ、言葉がわからないときはパニクったが、言語の不安がなくなり、かつ帰る方法も(タイムアタック制ではあったが)わかっているとあって、ちょっとした旅行気分になっていたことは否めない。
「お~、お布団ふかふか~!」
天蓋付きのベッドなど、一生寝ることなどないと思っていたが、まさか異世界においてそこで寝る経験をするとは思わなかった。部屋に連れ帰ってくれたアクィナは、私が部屋に入るや否や就寝の挨拶をして帰ってしまったので、今は私一人だ。
ということで、お行儀悪くベッドに飛び込むことにする。
「ひゃっほ~!」
ぽすん! とふかふかのマットレスの上に飛び乗ると、ソファと違ってスプリングが効いているのか、軽く身体が跳ねた。ヤバい、めちゃくちゃ楽しい。
童心に返ってしばらくぽんぽんしていると、不意に今度は外が気になった。太陽は三つなかったけれど、月くらいは二つとかあったりしないだろうか。
若干ワクワクしながらバルコニーへ向かったが、残念なことに月はひとつだけしかなかった。
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