第17話 雅楽先輩とご飯を食べよう
アクィナの脳髄を駆け抜けるような甘い甘いティータイム(物理)が済むと、今度は食事だった。
先導しようとするアクィナを固辞し、雅楽先輩は私一人を引き連れて部屋を出た。荷物を返す目的もあったが、食事に誘う目的もあったのだそうだ。訊くと、王様一家と食べるらしい。
「え、王様がいるんですか?」
よく考えれば私が今お邪魔しているのはお城なので、王様の一人くらいはいて当然なのだが、そのことに頭が回っていなかった私は、間抜けにもそう返答した。
私の間抜けな返答には触れず、雅楽先輩は食事を共にする相手について教えてくれる。
「うん。ウィレルド陛下と、リウィレナ妃、それにウィルシュ王子と一緒に会食するよ。皆フレンドリーな人だから、畏まる必要はないから」
畏まる必要はないと言われても、人生史上初の王様との遭遇であるのだ。畏まざるを得ない。無理だ。
慌てる私をよそに、雅楽先輩はいつものような飄々とした態度で廊下を歩く。その余裕っぷりに若干ムカつきながら、私は雅楽先輩の横を歩いていた。
たどり着いた食堂は、アクィナに案内された私の部屋より広かった。体育館じゃ足りない。ここはグラウンド? こんなに広い必要あるの? というような部屋に、これまた相手の声届かないじゃないのと思うくらいの広い広いテーブル。
王様が使うだけあって、壁も天井も床もピカピカのキラキラで、まさに豪華絢爛といった金ぴか具合なのが、また居心地の悪さを掻き立てる。骨の髄まで庶民な私には、非常に相性の悪い部屋だった。傷でもつけたらと思うと、気安く動けない。
食事のマナーなんかは向こうと変わらないということだったので、その点はほっとしたが、なにせここは異世界。不幸なアクシデントによって言葉がわかるようになったといっても、文化自体が違うのだ。異世界に転移した漫画や小説の主人公たちは、どうしてそこでひっかからなかったのだろう。うっかり地雷を踏みそうで怖い。どこぞの国のハートの女王のように「首を切っておしまい!」などという展開になったら、雅楽先輩のコネを使って助けてもらおう。そう心に決めたところで、会食相手であるこの国の王様一家がやってきた。
「リト、ひさしぶりだな!」
「お元気そうでなによりね」
「あとでゲームをしよう! おれはだいぶ強くなったぞ! リト!」
王様一家は爬虫類だった。いや、爬虫類に見えるけれど、実際は違う。ごつごつした体躯、つややかな鱗。──そして立派な翼。
額に赤い宝石が埋まっている彼らは、ファンタジー好きなら一度は会ってみたいと願ってやまない、竜という存在だった。
ウィ族は動物系ばかりだと勝手に思っていた私は、現れた竜人たちに俄然テンションを上げた。アクィナのようにしっぽがあったら、今頃ものすごい勢いで振っていると思う。
「君がノノだね。私はウィレルド・ディ・ディオリアルだ」
「はっ、はじめまして! ののと申します! よろしくお願いします!」
ひときわ立派な体躯を持つ竜人が、響きのいい声で挨拶をしてくれる。ウィレルドといえば、王様の名前だ。
私は王様という最高権力者を前にして、あたふたと挨拶の言葉を述べた。後で思い返せばもっとましな挨拶があったと思ったが、このときはこれが精一杯だった。
興奮しつつテンパるという状況にあった私を、雅楽先輩がおかしそうに見ていた。その視線に気づいて、少し冷静になる。
「緊張しないで、自分の家みたいにのんびりしてくれ。私たちは君を歓迎するよ」
「ディオシアにようこそ、ノノさん。ぜひゆっくりしていってね」
ゆったりと笑う王様の横で、王妃様がひらりとレースの扇をひらめかせた。優雅な動作と勇猛な見かけが、なんだかアンバランスなのに似合っている。
挨拶が終わり、それぞれが椅子に着席すると、それを見越していたかのように前菜のお皿がやってきた。だが、金で装飾されたお皿の上に載った料理を見て、私はひどく驚いた。
「やあ、びっくりした?」
悪戯が成功したように、竜の王子が笑う。音楽的なその声音はとても耳に心地よかったが、料理の内容に気を取られていた私はそれどころではなかった。
「先輩──これ」
「あー……もしかしなくても、前回食べたのが気に入ったんだね?」
前菜のお皿には、なんと三色団子が盛り付けられていた。食事に来たはずなのに、まさかのお団子。洋風の皿の上で主張しているそれは、まぎれもなくお花見とかに食べる、ピンクと白と緑のアレだった。
前菜にお団子はないだろうと、咽喉元まで出かかった言葉を呑み込み、私は深呼吸をした。相手は最高権力者だ。礼を失するわけにはいかない。
「ダンゴは最高だな!」
「食感が素敵よね」
「おれは三食ダンゴでもいい!」
王様一家は、いたく団子を気に入っているようだった。まさかの展開。団子を頬張る竜なんて、生まれてこの方想像したこともなかった。団子フィーバーな竜というシュールな絵面に、私は言葉を失った。
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