第15話 雅楽先輩と私の対応

 アクィナの誤解が解けたところで、ようやく用意してもらえた部屋に到着した。

 私に宛がわれた部屋は客間なのだろう。豪華だが品よく整えられた調度品や、手の込んだタペストリーがかけられた壁など見ると、本当にここはお城なんだなぁと、改めて思う。少なくとも、自宅の部屋とは大違いである。

 第一、広い。何畳あるんだろうか。さすがに体育館とまではいかなくとも、教室よりは断然広い。

 それなのに、だ。アクィナは「急なことでしたので、狭い部屋しかご用意できませんでした」などと言うのだ。お城怖い。この部屋で狭いのなら、一体先輩の部屋などどんな状態なのだろうか。

 あとで先輩の部屋を見せてもらおうと考えつつ、私は勧められるままに部屋のソファに腰を下ろした。我が家のリビングにあるものより断然見栄えのいい布地が張ってあるソファだったが、座り心地は私の愛用する、通称“人を駄目にするソファ”の方がよかった。単に好みの問題かもしれなかったが。


「少しこちらでお待ちくださいませ」


 アクィナはそう言うと、私を一人残し、そそくさと部屋を退出した。顔を合わせてからさほど時間は経っていないのだが、初見で嫌われたのだろうか。まったくもって、恋する乙女は難しい。


 一人にされてやることのなかった私は、自分の荷物を探しがてら、部屋を見て回ることにした。テーブルやベッドのところに私の鞄はないので、もしかしたら先輩の部屋にまとめられているのだろうか?

 まぁ、時間つぶしにゲームやネットをしようとしても、ネット環境のないだろう異世界では、鞄の中のスマホはあまり役に立ちそうもなかったので早々に諦めることにした。充電器を持ち歩いていないので、充電が切れたらそれまでになることだし、用がないときは触らない方がいいかもしれない。


「お~。空が青いのは一緒なんだ~」


 一人だと、独り言が増えるのはなぜだろうか。

 バルコニーから外を眺めた私は、そこから見える風景に思わず独白していた。空が青いということは、レイリー散乱が起きるような大気成分なのだろうか。いや、その前に惑星なのか、ここは……。

 まぁ、空に浮かぶ太陽の数は一緒なので、多分地球と環境は似たり寄ったりなのだろう。太陽系の外に太陽が三つある惑星があると聞いたことがあるが、そこよりはきっと地球に似ているはずだ。少なくとも鉄の雨は降らないだろう。

 バルコニーに出てみると、思いのほか爽やかな風が吹いていて、とてもいい気候のようだった。暑くもなく寒くもない。初夏が近くなり、多少気温が上がりかけていた向こうの世界より気持ちがいいかもしれない。


「ノノ様?」


 異世界を観察していると、部屋に戻ってきたらしいアクィナの声がした。慌ててバルコニーから戻ると、タオルを手にしたアクィナが私を探していた。


「ごめん、ここにいます」

「ああ、外でしたの。湯あみの支度が整いましたので呼びに参りましたのよ。さあ、こちらへいらっしゃってくださいな」


 部屋へ案内されて落ち着く間もなく、すぐにお風呂のようだった。それよりお腹がすいたんだけどな……と思ったが、謙虚を美徳とする日本人であるところの私は、逆らわず彼女の後をついていくことにした。


 客間にはお風呂はついていないらしく、私は再び廊下を通ってお風呂に向かうこととなった。そこまで方向感覚がないとは思っていなかったが、同じようなドアの続く廊下を歩いていると、部屋に戻るにはどちらに行けばいいのかわからなくなりそうだった。

 というか、お城だけあって部屋数が途方もない。しかも、このすべての扉が帰還の扉対象なのかと思うとぞっとする。鬼畜女神の鬼畜さを改めて噛みしめていると、ようやく目的の場所へとついたようで、アクィナが振り向いた。今度はぶつからないよう気を遣ってくれたのか、そっと立ち位置をずらしながら振り向いたのはさすがとしか言いようがない。


 お風呂場に入ると、そこにはツィ族──つまり私と同じような人間が十人ほどいた。皆、アクィナとよく似た服装をして、髪を長く垂らしている。たしかにこの格好が女性のデフォルトならば、ショートカットに制服姿の私に違和感を感じても仕方がなかった。いうなれば、中世ヨーロッパの中に紛れ込んだ現代日本人だ。そりゃ浮くだろう。


「失礼いたしますわ」

「えっ!?」


 アクィナの発言が合図だったのか、無言のままツィ族の女性たちは私の服に手をかけてきた。慌ててブラウスの袷を押さえるが、彼女たちはひるまない。無言のまま、私の服を剥こうとする。


「服くらい自分で脱げます! 子どもじゃないんだし!」

「こちらの世界では、自分で身支度を整えるのはツィ族のすることですわよ」

「私はここの世界の人間じゃないので、その文化には慣れてません!」


 その言いぐさからすると、ウィ族とクィ族はツィ族に傅かれて生活しているらしい。貴族か。


「先輩もこんな風にしてもらってるんですか?」

「いえ、リト様はすべてご自分でおやりになりますわね」

「じゃあ、私もそうしたいです。私の国では、自分のことは自分でするものなんです」

「まぁ」


 文化の違いにアクィナが驚きの声を上げた。やはり無言のままだったが、彼女の背後に控えるツィ族の女性たちもお互いに顔を見合わせていた。


「お客様だからと思ったんですが……」

「していただけるのはありがたいんですが、ちょっと恥ずかしいと言いますか、お風呂くらいは一人で入りたいです。無理ですか?」

「無理……ではありませんが」


 駄々をこねる私に、アクィナは困惑したような声を出した。

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