第14話 恋する乙女と雅楽先輩

「で、あなた、リト様のなんなんですの!?」


 部屋を出てしばらくすると、苛立った声でアクィナは私に向かってそう問いただした。

 問いかけにこたえたかったのはやまやまだったが、唐突に足を止め振り返ったアクィナの肩に衝突した私は、したたかに鼻をぶつけて痛みに耐えている最中だったので、声を出すところではなかった。しかも、長い三つ編みが鞭のように追撃を食らわせてくるし。地味に戦闘力の高い髪である。


「答えてくださいませんの!?」

「いや、それどころじゃないの、見てわからない……?」


 鼻を押さえて私は憤るアクィナに抗議した。押さえた掌をちらりと見たところ、鼻血は出てないようでよかったと思う。


「……あら」

「あら、じゃないから」


 拳を震わせて怒っていたアクィナだったが、ようやく自分が止まったことで私が痛い思いをしたのだと知ったようだった。びっくりしたように瞬きを繰り返すが、びっくりしたのはこちらだと思う。


「ごめんあそばせ?」

「悪いと思ってないよね?」

「まあ、そうとも言いますわね」


 悪びれもせず、羽より軽い謝罪の言葉を口にしたアクィナは、仕切り直したいのか軽く咳払いをした。


「それより、わたくしの質問に答えてくださいませ。あなた、女性だったのですね?」

「ですね……って、見ての通りだけれど?」


 私は自分の身体を見回した。髪はショートだし、背も低いし、凹凸もないけれど、制服はスカートだし、顔だってどう見ても女だ。今まで性別を間違えられたことがないところからして、相対的に一応女に見えるはずだったが、こちらでは違うのだろうか。


「声を聞くまでわかりませんでしたわ。わたくし、クィ族ですから鼻が利きませんの。大体、髪の毛がそんなに短い女性なんて、初めて見ましたわ!」


 どうやら、こちらの女性は髪を伸ばすのがデフォルトのようだった。たしかに、アクィナの三つ編みは編んでなお、腰を超すほどに長い。


「ちびだし、体系も貧弱だし、恥ずかしげもなく脚も出してるし、色々みっともないですわ! こんな人がリト様の同郷とは……」

「散々な言い様だね。でも、私の世界では、この格好はありふれたものだよ? もっと露出してる人もいるし」


 大体、私が着ているのは制服だ。スカートこそチェック柄だが、公立高校の制服らしく、チャコールグレイのそれは、丈も長いしどちらかといえば全体的にやぼったい。リボンタイも、ネイビーのソックスも、ありきたりだ。


「大体、私の格好と先輩のことは別の話じゃない?」


 そうだ、私は単なる部活の後輩でしかない。それを告げると、アクィナは疑り深い眼差しをこちらへ向けたものの、最終的には私の発言を信じることにしたらしい。

 それは私への信頼の表れでなく、彼女が信じたいものを信じているだけなのだけれど、私にとってはどうでもいいことだった。


「本当に、あなたはリト様とはなんでもないんですのね?」

「だから、単なる先輩と後輩の関係ですって。ここに来たのも、偶然一緒にいたときに雷に撃たれたからだし。アクシデントですよアクシデント」


 多分、だがきっと間違いなく、アクィナは先輩に恋しているようだった。

 恋する乙女は複雑だ。好きな人が女連れで現れたら誰だって混乱もするだろうと、私は彼女から受けた暴言を水に流すことにした。身長はちっちゃくても、度量は大きな人間でいたい。


「だから心配ご無用です。安心して~。ほら、怖くない怖くない」

「あなたみたいなおちびさん、怖くなんてないですわ! クィ族とはいえ、わたくしだってノーゼン家の一員。戦闘力はありますのよ!」


 ノーゼン家と胸を張られても、それがどれくらい偉いのかわからない私は、ただただえっへんと鼻を高くしているアクィナが可愛いなぁと思うことしかできなかった。

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