第13話 雅楽先輩と好き嫌い

 ラクィセルさんにときめいていると、ぐっと一気に紅茶を飲みほした雅楽先輩がガチャンと少々乱暴にカップをソーサーに置いた。


「きみたちをのほほんに紹介できたし、僕らはもう部屋に戻るよ。アウィラ、部屋は用意できる?」

「はい、リト様。さきほど二人を呼びに行った際頼んでおきましたので、そろそろできているかと」


 先輩に訊かれると、アウィラさんは背筋を伸ばして答えた。あの短時間にそこまで手配するとは、アウィラさんは非常に有能なようだった。


「ありがとう。案内を頼んでもいい?」

「そろそろアクィナが来ると思いますので、お待ちください」

「え、アクィナが来るんだ……」


 またぞろ新しい名前が出てきて、私は次の獣人はどんな人だろうとワクワクしたが、雅楽先輩はその人が苦手なのか、ボソッとそんなことを呟いた。


 高校では人と積極的に関わることのない雅楽先輩だったが、かといって誰か嫌っている人間がいるとも聞いたことがない。誰とでも淡々と話すが、どこか浮世離れしているというか、一線引いた感じだったので、ある種、峻英の有名人だった先輩のその交友関係は、常に広く浅くといった様子だった。顔の広い碧から聞いた噂では、どうやら非公認なファンクラブもあったらしいが、彼女たちも変人と名高い雅楽先輩と直接接点を持つことはなかったそうだ。

 なので、雅楽先輩は人に対して淡泊というか、特定の好きな人もいなければ嫌いな人もいないというイメージだったのだが、その認識は改める必要があるようだった。


 そうこうしているうちに、部屋の扉が再びノックされた。アウィラさんが立ち上がって扉の方へ向かう。


「兄様、リト様のお部屋の準備ができましたわ!」


 現れたのは、アイスブルーの瞳をした、私と同じ年頃の女の子だった。ネイビーのドレスの長い裾を揺らして、少女は部屋へ入ってくる。

 男性の衣装はチョハに似ていたが、女性の衣装もジョージア風なのだろうか。雅楽先輩の作る衣装が気になって民族衣装に詳しい他の先輩に教えてもらったときに、女性の服装についても聞いておけばよかったと思う。

 彼女は白い詰襟のドレスの上に、長いネイビーブルーの長衣を重ねているのだが、シンプルな作りで装飾がほとんどないわりに、その姿は華やかだった。スカートにボリュームがあるせいだろうか。それともスリットが入った袖のせいだろうか。


 アウィラさんと同じ濃い灰色の立耳をピコピコさせた少女は、ハスキーそっくりなアウィラさんとは違って、とても可愛らしい人間の女の子の顔をしていた。兄様と言っていたから兄弟なのかもしれないが、パッと見、目の色と犬の耳としっぽしか同じ部分はない。耳と同じ色をした長い髪をおさげにしている。


「リト様! お帰りをお待ちしていましたわっ!」

「アクィナ!」


 アウィラさんの向こうからぴょこんと顔を出したアクィナは、愛らしい顔を輝かせて先輩を見た。ピン! と耳が勢いよく立つ。

 ネイビーの長衣をなびかせて、アクィナは雅楽先輩に飛びついた。長衣から飛び出ているふさふさのしっぽが勢いよく振られていて、彼女がものすごく嬉しい! と全身で表しているのがわかる。なんだかほほえましく感じるが、先輩もまた同じように、全身で拒否をしているようだった。


「アクィナ、離れて」

「え~! リト様、なぜですの? せっかくの再会を喜んではいけませんの?」


 両腕を突っぱねるようにしてアクィナを押しのける雅楽先輩に対し、アクィナは不服そうに、そのふっくらとした唇を尖らせた。

 愛らしい少女が愛らしい表情を浮かべているというのに、雅楽先輩の態度は揺るがない。


「離れて」

「アクィナ、リト様の命に従え」


 冷たいとも思える雅楽先輩の声音に、兄であるアウィラさんが追い打ちをかけた。へにょんと耳を伏せ、ようやく離れたアクィナに、先輩がほっと息を吐いて襟元を緩める。……もしかして苦しかったのだろうか?


「アクィナ、ノノ様を用意したお部屋に案内してくれ。湯殿と食事の準備はできているか?」

「そちらはツィ族に頼みました。……ノノ様ですね? わたくし、アクィナ・ノーゼンと申します。アウィラの妹ですわ」


 私の前にやってきたアクィナは、小高く盛り上がった胸に手を当てると、長く垂らしたおさげを揺らして優雅な礼を取った。年のころは同い年のように見えるが、身長もスタイルも、私とはだいぶ違うようだった。


「あ、ノノです。よろしくお願いします」


 私が挨拶し返すと、アクィナは少し変な顔をした。こちらの人の名前は種族名を織り込んでいるようなので、私が名乗った名前はきっと奇妙に聞こえるのだろう。


「……あの」

「アクィナ、ノノ様を案内するのが先だ」


 アクィナはなにかを言いかけたが、それは彼女の兄によって掻き消された。なにを言おうとしたのかは気になるが、それを訊くのは後でも構わないだろう。


「わかりました。では、こちらへ」

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