第12話 雅楽先輩と愉快な仲間たち
ディオシアにも人種差別があるという、気分の良くない情報を知った私は、気持ちを落ち着かせるためにアウィラさんが淹れてくれた紅茶を口にした。
「あ、いい匂い」
紅茶は花の香りがした。砂糖を入れていないのに、香りのせいかほのかに甘い。紅茶には詳しくはないが、これは好きな感じだ。
「レシカの花の紅茶だ」
私の独白に、雅楽先輩が答えてくれた。レシカの花……聞いたことないな。
「あ!」
いつものように検索をかけようとしてふと思い出した。荷物! 手にしていた荷物がない! 今更思い出すなんて自分でもうっかりしているとは思うが、スマホもお財布も定期も全部鞄の中だ。なくすのは痛すぎる。しかも鞄にはお気に入りのキィホルダーをつけているというのに!
「先輩! 荷物! 荷物がない!」
今更ながら騒ぎ出す私に、雅楽先輩は「ああ」と口を開いた。
「多分、最初にいた礼拝堂に落ちてると思うよ」
先輩の言葉を受けたアウィラさんが「荷物は部屋に置いてあります」と教えてくれたので、私は胸をなでおろした。どうやら、紛失に怯えることはなさそうだ。
「あの、レシカの花ってこっちの花ですか?」
荷物の所在確認ができたところで、私は気になっていた花の話を振る。先輩は頷くと、レシカの花について説明し始めた。
「向こうにはない花だね。見たらわかるけど、チュールでできたような、ファンタジックな花だよ。手で摘むとすぐ傷んで萎れてしまうから、魔法が使えない人間には見ることだけしかできないんだ」
説明からしてファンタジックな花だ。「別名魔法使いの花とも言われている」と先輩が嬉しそうに話すから、もとよりファンタジー大好きな私は俄然興味が湧いてきた。
「見たいです!」
「じゃあ、今度見せるよ。特殊な花だから、いつでも見れるわけじゃないんだ」
どんな花だ。
ますます興味をそそられた私は、ワクワクしながら再び紅茶を口に含んだ。やっぱりおいしい。
「おいしい~」
紅茶の味を褒めると、黙っていたセンウィックがふん! と得意げに鼻を鳴らした。
「おいしいのも当たり前だ! このボクが作ったんだからな!」
「へぇ~! すごい!」
感心したのでそのままそれを口に出すと、センウィックはますます得意げに鼻をぴくぴくとさせた。……可愛いな、このハリネズミ。
なんだかおもしろくなって、私はセンウィックを更に褒めることにした。
「センウィック、すごいんだね。こんなおいしいものを作れるなんて」
「だろう! ノノとか言ったな! おまえ話がわかるじゃないか! もっとボクを褒めてくれてもいいよ!」
センウィックは得意満面、絶好調である。ダメだ、可愛すぎる。
調子に乗ったセンウィックの可愛さに私が打ち震えていると、部屋のドアがノックもなくバタンと開いた。びっくりしてそちらを見ると、ドアのところにはひとりの男の人が立っていた。この世界に来て初めて見る人間だったけれど、彼は普通の人間ではなく、その証拠にその黒髪の間には三角形の耳がピンと、その存在を主張している。黒髪に黒い獣の耳としっぽ、そして身に着ける衣装も黒と、全体的に黒づくめの人だった。詰め襟の部分だけ塗り忘れたかのように白い。
「すまん、遅れた。リト、久しぶりだな!」
「ラクィセル」
アウィラさんとセンウィックが獣人なら、ラクィセルと呼ばれたこの人は半獣人だった。名前もそうだが、さっき聞いたクィ族という種族になるのだろう。つまりは、彼が“戦士”だ。
また、アウィラさんがハスキー犬、センウィックがハリネズミなら、この人はネコ科の獣人のようだった。さしずめ黒豹といったところだろうか。アウィラさんと違い、裾から覗くしっぽはするっと細い。精悍な顔立ちは黒づくめの服装と似合っていて、すごくかっこよかった。……正直に言えば非常にタイプだった。
そんなこちらの気も知らず、ラクィセルさんは大股でこちらへ近づいてくると、私の目の前でぴたりを足を止めた。どうしよう、不審に思われているのだろうか。
しかしそれは杞憂だったようで、ニカッと人のいい笑顔を浮かべると、ラクィセルさんは爽やかに挨拶をしてくれたのだ。
「おまえさんがリトの連れてきた人間か? 俺はラクィセル・ホイザーというもんだ。よろしくな!」
ラクィセルさんは恐ろしく背が高かった。いや、アウィラさんが二メートルくらいあるから、それよりは低いんだけれど、多分百八十センチは超えてるんじゃないかな。座っているのもあって、百五十センチに届かない私との身長差がものすごかった。けれど不思議と威圧感はなく、それどころかちょっと尖った八重歯が可愛いくらいだ。
ラクィセルさんに挨拶されてぽーっとなっていると、私の代わりに雅楽先輩が紹介してくれた。
「僕の後輩のノノだ。たまたま巻き込まれただけで、彼女は次の満月の日に戻る」
「あのっ、はじめまして! なゆ……ノノ、です。よろしくお願いします!」
思わず本名を名乗ろうとして、隣に座る先輩から肘鉄を食らう。そうだった、本名は隠さなきゃいけないんだっけ、この世界。今後、自己紹介するときは気を付けなければ。
改めて気を引き締めた私に、ラクィセルさんは快活な笑い声を響かせた。
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