第11話 雅楽先輩とディオシアの闇
どういうわけだか、雅楽先輩と不本意な接触をした私は、そのチートの一つである言語能力を分けてもらったようだった。ファーストキスと引き換えに言語能力。異世界語だけでなく、英語の能力も分けてもらえていたなら、このハプニングはありかもしれない。不本意だが。
「あの……僕は」
「うーたん先輩、このハリネズミなんですか? 魔法使いって言ってたけど」
私は先程起こった不本意な悲劇をなかったことにした。あれはノーカン。私たちの間にはなにもなかった。
「ハリネズミ言うな! ボクはセンウィック! センウィック・アスターと言えば、泣く子も黙る筆頭魔術師だぞ!」
「へぇ」
話題を換えようとした私の言葉に、怒り心頭のハリネズミが食い付いた。魔術師といえば、先輩の話にそんな話があった気がする。
「もしかして、辛いものが苦手なあの魔術師さん? 中辛のカレーで泣いて、魔法で水を出したものの加減間違えて部屋をプールにしたっていう」
「!」
先輩の話ではかの魔術師がハリネズミだったなんてなかったけれど、目の前のハリネズミの反応からして間違いないようだった。
「リト! なんて話をこいつにしてるんだよ!」
「いや、のほほんとカレーと作ってるときに、つい」
「ボクの威厳台無し! こいつボクのこと敬ってないよ! カレーのせいだ! あれが辛いからいけないんだ!」
先輩の掌で、辛いものが苦手な小さな魔術師はぴょんぴょんと跳ねた。この姿で敬えと言われても、可愛いが先立ってしまって難しいと思う。豪華なローブの下にはアウィラさんと似た感じの衣装を着けていて、靴まで履いている。そのひとつひとつがミニチュアサイズなのだから、可愛いと言わずになんというのだろうか。
「ノノ様、改めて自己紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか? 私はアウィラ・ノーゼンと申します。この国の騎士であり、リト様の護衛を務めさせていただいております」
生真面目に頭を下げるアウィラさんは騎士だった。となると、先輩の話によく出てきた堅物な騎士がこの人なんだろう。
「あ、お噂はかねがね? みたいな。改めましてどうも、ののです」
苗字をそのまま伝えていいのかは聞いていなかったので、私は中途半端な名乗りを上げた。それにしても。
「先輩、リトってなんですか?」
含み笑いをしながら雅楽先輩を横目で見ると、慌てて目線をそらされた。これは……間違いなさそう。
「あれですか、FQですか。勇者っていえばリトですもんね。わかりますわかります」
ファンタジークエストというのは有名なRPGで、もちろん私も持っている。というか、来月出るこの新作のためにお小遣いを溜めているのだ。このゲームのために傘を買い渋り、結果この世界に来る羽目になったのだから、なんだか笑えて来る。
「先輩も好きなんですか?」
「まぁ……それなりには」
耳まで赤くなった雅楽先輩がもごもごと答えた。
「来月出ますもんね、新作。それまでには帰りましょうね」
「テストのこと忘れてないか、きみ」
すっかり忘却の彼方に置き去りになっていた中間テストのことを持ち出され、私はがっくりと肩を落とした。
◆
「そういえば、先輩のパーティメンバーって、騎士と魔法使いと戦士でしたよね」
「パーティメンバーって」
「よく話に出てくる人ってことですよ!」
ついFQになぞらえて話すと、先輩が困ったように眉を下げた。どうも恥ずかしいらしい。
「ああ、ラクィセルか」
戦士はラクィセルという人らしかった。人……といっていいのかわからないけれど。
なにしろ、私がこの世界に来て会ったのは、ハスキー犬とハリネズミだ。獣人といえば聞こえはいいが、ベースは動物というか、彼らは動物以外のなにものでもないのだ。服を着た二足歩行の動物。まさにそれだった。肉球まであるのだから、人と言い切るのは躊躇われる。
「ラクィセルはもうしばらくしたらやってきます」
先輩の言葉を継ぐようにして、アウィラさんが補足した。
私はアウィラさんが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、斜め前にいるハリネズミ──センウィックを見た。先輩の真向かいをキープしたセンウィックは、専用のカップなのか、おままごとに使うような小さな陶器のカップを優雅に傾けている。
「ラクィセルは忙しいんだよ。ボクらウィ族と違って、クィ族は実働部隊に近いからね」
「ウィ族?」
センウィックの言葉に首を傾げる。そんな単語、先輩の話に出てきてたっけ?
「この世界には、ウィ族、クィ族、ツィ族、フィ族という四つの種族に分かれてるんだ。ウィ族がアウィラたちみたいに全身獣化している獣人、クィ族が半獣人というか、耳としっぽだけみたいなほぼ人間な獣人。ツィ族が人間で、フィ族が半魔だね。魔人は魔王の配下すべてだから、この中には入らない。ウィ族が一番力を持っていて、半魔であるフィ族が一番格下だ」
聞き慣れない言葉に首をひねる私に、先輩が補足してくれる。どうやら獣に近づけば近づくほど偉いらしい。
「一見五十音ぽくなってるのに、スやヌがないのがモヤモヤしますが、それより、もしかしてそれって家族でも種族が違うって扱いになったりしますか?」
獣人、半獣人、人、半魔人、魔人ってカテゴライズにそんな疑問点を見出すと、雅楽先輩は少し眉間にしわを寄せながら頷いた。どうもあたりのようらしい。
「族っていうと一族のように聞こえるけど、種族の族だからね。ウィ族とツィ族の間に生まれれば大概がクィ族だし、中には両親のどちらかに偏ってウィ族がツィ族に属する人間もいる」
「フィ族っていうのは……」
「なんだ、おまえなんにも知らないんだな!」
「センウィック!」
フィ族について口にした瞬間、センウィックが黒い小さな鼻を鳴らした。アウィラさんが慌てて制止するが、センウィックは止まらない。
「ここでは、力が強くて長く生きるやつが偉いんだよ。だから力の弱いツィ族は下だし、魔人との混血のフィ族に至っては二十年くらいしか生きられないから最下層なわけ」
「そんな上下作ってなんになるの?」
センウィックの言葉に、私は反発した。この世界の闇に触れたようで不快だった。弱い者は最下層と言われたら、私はその最下層に近いところに位置するのだろう。
「……リトと同じこと言うんだな、おまえ」
「まぁ……同郷? ですから」
多分価値観が違う、と言いかけて、私は口ごもった。向こうの世界にも人種差別はある。見た目は同じようでも、肌の色で区分けされているではないか。たしかに私にその価値観はないものの、世界単位で言ったら同じようなものだ。
「じゃあ、私もそのツィ族になるわけですか?」
先輩がどこに所属しているかはわからないが、チートもない単なる人間な私はツィ族扱いになるのだろうと見当をつけると、皆一様に首を振った。
「ノノ様はディオシアの人間ではありませんから」
「おまえはリトと一緒だろう?」
「僕らは彼らのカテゴリの中には入らないよ」
では、私……というか、私と先輩はどういう扱いなのだろう。お客様?
「じゃあ──」
「リトは勇者だし」
「ノノ様はリト様の後輩でいらっしゃるんですよね」
私の質問に対して、当たり前のことのように彼らは言った。──勇者は種族だったのか。初めて知った。
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