第9話 ゲームじゃないよ雅楽先輩!

「なんですか、その途方もない使命は!」


 雅楽先輩が話す鬼畜女神の依頼を聞いて、私は思わず拳を握り固めた。一般市民にそんな重い責務を負わせて、あまつさえ年一で拉致るのかあの女神!

 声を荒げた私に、アウィラさんがびくっと耳を動かした。


「**……*、**********。**************」

「**、********」


 何事かを先輩に伝えると、アウィラさんは私と先輩に向かって一礼し、元来た道を戻って行ってしまった。気を遣わせたみたいで申し訳ない。


「アウィラは他の人間を呼びに行くって。もう少ししたら皆を紹介するよ」

「わかりました……で、先輩。話を戻しますが、それってどういうことですか!?」


 改めて水を向けると、雅楽先輩は語りだした。


「最初はゲームみたいで面白いって思って、考えなしに引き受けたんだけど、意外と大変だよね、世界の発展って」


 憤る私とは違って、のんびりと雅楽先輩は言う。のほほんとしているのは、私より雅楽先輩だと思う、絶対。


「のほほんの称号はうーたん先輩に差し上げます!」

「僕はのほほんとはしてないよ」


 自分を知らない雅楽先輩は、私の言葉を即座に否定した。心外だと言わんばかりの口調に、思わず口を尖らせてしまう。


「先輩は己を知らないんですよ」

「己を知っている人間なんて、ほんの一握りかいないかだ」

「哲学の話をしたいんじゃありません!」


 常々雅楽先輩は淡々としていると思っていたが、認識を改めた方がいいかもしれない。雅楽先輩は、いろいろおかしい。


「だって、ねぇ? 世界の責任って、神様でもない普通の人間が一人で負うには重すぎやしませんか?」


 基本チキンな私には頼まれたって無理な芸当だ。私はモブにはなれても、神様にはなれない。


「うん、それはそうだけど。この世界を発展させてるのって、僕一人じゃないんだ」


 そう言うと雅楽先輩はピースサインを出した。なにをのんきな! と思ったが、それはピースではなく人数を示しただけだったようだ。


「この世界に連れてこられているのは、僕のほかにもう一人いるんだ」


 なんと、鬼畜女神の犠牲者は雅楽先輩一人だけではなかったらしい。どこまでも他人迷惑な女神である。ファンタジー大好きな私でも、そんなリスキーな依頼は受けない。

 だが、世の中には雅楽先輩と同じく物好き……もとい、心の広い人間がいたようだった。


「僕が“勇者”で、もう一人の彼が“魔王”として、敵対しながらこの世界を発展させてくんだって」


 どこまでも他人事めいた口調で、雅楽先輩はとんでもないことをあっさり口にする。


「一人だろうが二人だろうが、普通の人間に課すには難題すぎますよ。だいたい発展させるって、私たちの世界を基準としてるんですよね? だとしたら、あの歴史の中でどの情報を与えていくかって、結構シビアだと思うんですが」

「意外とリアリストだよね、きみ」


 雅楽先輩がのんきなだけだと思う。そう言おうとした私だったが、その言葉は口から出る前に雅楽先輩に遮られてしまった。

 小首をかしげた雅楽先輩は、顎に手を当てると頷いて話を続けた。


「でも、確かにそうなんだよね。軽く引き受けてはみたものの、情報の取捨択一が難しくて。だから、中三からはやめてる」


 なんと、雅楽先輩は二年で世界発展のために動くことをやめたらしい。働くことをやめた勇者……それはすでに勇者ではなくニートなのではないのかと思う。


「人間の発展てさ、誰かに教えてもらってやるものじゃないと思うんだよね。最初はそれすら考えず、ゲーム感覚であれもこれも情報を流してたんだけど、そこからこの世界オリジナルの文化が生まれるのを見て、もうこれは手を出さないであるがままにさせた方がいいんじゃないかと」


 鬼畜女神の依頼を放棄したニート先輩は、そんなことを言った。たしかにその通りだが、それでいいのだろうか?


「だから、それからはもっぱらこの世界を楽しむことにしてる。ただ、自分が食べたいから向こうの食事の文化だけは持ち込んでるんだけど」


 のべつまくなしにいろんなことに手を出しているように見えたものの、雅楽先輩は自分が過ごしやすいようなことだけに絞って情報を入手していたらしい。去年、蜂を追いかけてその研究をしていたみたいだよと生物部の友人に聞いたときは、雅楽先輩は一体何をしているのかと思ったが、あれは多分蜂蜜を採るためだったのだろう。


「訊かれたら答えられるようにしくみとかやり方は頭に入れてるけど、それでも自分から教えたりはしないから、食事以外の文化はあまり発展してないかも」


 米も味噌も醤油もあるから日本食はばっちりだし、イタリアンとか中華とか、ベーシックなところは全部食べれるよ、と雅楽先輩は得意げに言い放った。よく異世界に転移した小説で、この世界には醤油がない、日本食が食べたいといった話を見るが、こと食事に関しては雅楽先輩の頑張りによって心配しないでもよさそうだった。


「ただねぇ、魔王の方はそうでもないらしくて、律儀に香香比売様の言いつけを守って魔界を発展させてるみたいで。去年は魔法を詰めた爆弾とか大砲とか持ち出したって言ってたから、それがこっち側の領域に伝わるのもそう遅くはないかもしれない」


 早々に任務を放棄して異世界生活をエンジョイしていた雅楽先輩と違って、魔王の方は勤勉に頑張っているらしい。だが、向こうの兵器をこちらの世界へ持ち込むなんて、なにを考えているんだろう。


「やばいじゃないですか、それ。でも、魔王さんと先輩ってなんで敵対してるんですか」


 わたしは、先程の話を聞いて感じた疑問を先輩にぶつけた。兵器まで持ち出した魔王がどんな人間かはわからないが、なぜ横の連携を取らないんだろう。先輩も魔王も、同じく鬼畜女神の被害者なんだから、話し合いでなんとかならなかったのだろうか。

 だが、先輩曰く、それは禁じられているらしかった。


「僕たち、互いの名前を争ってるんだ。名前を知られた方が負け。負けた方は神様にならなくちゃいけないみたい」

「は!?」


 鬼畜女神は世界発展だけでなく、とんでもない使命を雅楽先輩に負わせていたらしい。神様になるって、なにそれ??

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