第8話 通訳お願い雅楽先輩!

 意思疎通に難ありということが早々に判明したところで、私は努力することを放棄した。

 元より外国語は苦手だ。しかも次の満月までという短期間(だよね?)の滞在で、今後ここに来る予定もない。

 そして目の前には自由気儘に会話できる先輩がいる。


「先輩、通訳お願いします」


 そうなれば選択肢は一つだった。もちろんリスニングしていればそのうち聞き取れるかもしれないが、自分の言語能力に甚だ自信がない私は、隣にいるチートキャラ・雅楽先輩を頼ることにしたのだ。

 ただ、その前に先輩に釘を刺しておかねばならないことがある。


「先輩、私の名前、なんて紹介しようとしてました?」

「のほほん」

「ですよね~!」


 先輩は異世界でも先輩だった。まったくもってブレる様子がない。


「のほほんはやめてっていったじゃないですか!」

「じゃあなにがいい?」


 さすがにのほほんと呼び掛けられるのは御免蒙りたい。そう願う私に、雅楽先輩は新しい呼び名を募集した。


「え……普通に、のの、とか?」


 人名として「のの」とはちょっとどうかと思うが、呼ばれ慣れた名前は「のの」か「のんちゃん」なのだから、どちらかから選ぶしかなかった。他の名前で呼ばれても、反応できるとも思えない。


「****、*****。**……**、*」

「**? *************!」


 先輩の手ぶりから、どうやら私の紹介が完了したことがわかったので、私は日本人お得意の曖昧スマイルを浮かべてお辞儀をした。挨拶って大事。


「はじめまして、ののです。しばらくの間、お邪魔します」

「******、****。******、******、******」


 私の挨拶を、雅楽先輩はちゃんと通訳してくれたようだった。何言ってるのかさっぱりわからないけれど。


「*******。******。****」

「ご丁寧にどうも。私はアウィラ。よろしく、と言っている」


 雅楽先輩の通訳によって私と意思が通じたことがわかったのか、ハスキー……もといアウィラさんは、にこりと犬歯を見せて笑った。正直怖いです、その笑顔。

 でも、澄んだアイスブルーの瞳は綺麗だったし、先輩のリラックスした様子から、悪い人ではなさそうだと感じ取れた。多分いい人。顔怖いけどいい人。


「*****、***。*******、******」

「アウィラさん、なんて?」

「移動しようって。他の面子が待ってるみたいだ」


 先輩の通訳により、他の異世界人との面会が決定した。私はちらりとアウィラさんを見る。他の異世界人も皆獣人なんだろうか。人間はいないのかな? エルフとかいたらテンション上がるなぁ~。

 第一村人ならぬ第一異世界人のアウィラさんの先導されつつ、私と雅楽先輩は広間を出た。ドアの先の廊下も、これまた豪華絢爛で、どこの王宮かと突っ込みたくなる。


「先輩、ここどこですか?」

「イレィム宮殿。ここの扉のどこかが日本に繋がってるから」


 どこの王宮かと思ったら、よもやの王宮だったという。しかも、ずらっと廊下に面してドアが続いているんですが、これは? まさかこれ全部開けて探すの?

 ずらりと並ぶドアの数に総毛だっていると、雅楽先輩は扉のことには触れず、宮殿の説明をし始めた。


「さっきのは礼拝堂。僕は必ず最初あそこに来る。ステンドグラスの下に女神像があったろう? あれがディオシア女神──天津香香比売アマツカガヒメだよ」


 女神像なんてあったっけな、と記憶を手繰るが、どうも思い出せない。パニくっていたとはいえ、我ながらぽんこつな記憶力である。一部分でいいので、切実に素子と交換したい。雅楽先輩とでもいい。


「この先が王族の住まう棟。僕はここの一角に部屋を借りてるんだ」

「賃貸ですか」

「そういうんじゃないんだけど……なんていうか、居候? お金払ってないし」


 一応対価は払ってるんだけどね、と雅楽先輩は続けた。対価を払っているのならば、居候というより賃貸で合っているのではないかと思う。でも、対価ってなにをしているんだろう。


「ていうか、そもそも雅楽先輩はなんでディオシアに定期的に連れてこられてるんですか?」


 ディオシアに年一で拉致られていることは聞いたが、その理由を訊き忘れた私は、ちょうどいいとばかりにその話題を蒸し返す。

 尋ねられた雅楽先輩は、少し困った様子で言葉を探した。


「う~ん、なんて説明したらいいんだろ? 世界……創造? 発展?」


 気軽に投げかけた私の質問に帰ってきた答えは、思った以上に壮大なレベルだった。なに世界創造って!

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