第7話 モブな私とチートな雅楽先輩
「****、**……」
ハスキー系獣人と話していた雅楽先輩は、ふいに振り向くと、私に異世界語で話しかけてきた。
「先輩?」
「**、*********」
「先輩!」
異国に一人取り残された心地になった私は、急に怖くなって声を張り上げた。目の前にいる雅楽先輩まで知らない人のようだ。知らない場所、知らない人、知らない言葉。ここでは私だけが異分子だった。
悲鳴のような私の声に、雅楽先輩がきょとんとする。
「**……のほほん?」
先輩の口から再び日本語が出てきたとき、私は安堵のあまり涙が出てきた。だって、本当にほっとしたのだ。この世界で一人きりにされたような不安から解放され、私は声を上げて泣いた。
泣き出した私に雅楽先輩はおろおろとしだすが、私を不安にさせたのは誰でもない、雅楽先輩だ。唯一見知った先輩が自分の知らない人間に見えて怖かったのだと伝えたかったが、私の咽喉は嗚咽を上げるのに忙しくて、結果雅楽先輩とは違った意味で私も日本語に不自由な身となった。
「ご、ごめん! え、どうして……あ、言葉! 言葉か! のほほんはこっちの言葉、聞き取れない??」
ものすごく焦って雅楽先輩は私の背中をさすってくれるが、それくらいで止まる涙ではない。鼻水まで出てきて恥ずかしい限りだ。
私は下を向いて雅楽先輩に顔を見られないようにガードしてから、スカートのポケットからティッシュを出してそっと洟をかんだ。非常に恥ずかしい。目と鼻は繋がっているから泣くと鼻水が出るのは道理なのだが、こういうときはそのルールを曲げてほしいと切に思う。女子としては非常にいたたまれない。
「わかん、ないです」
「聞き取れないし、喋れないってこと……だよね?」
困ったように雅楽先輩は言うが、どうやらチートキャラではない私では、聞いたことも習ったこともない言語を話せるわけもなく、言語に関してのスペックは日本にいたときのままのようだった。
無言で頷く私に、雅楽先輩は困った顔をした。日本にいたときと違って、こちらの先輩は表情豊かだ。どっちがデフォルトなのだろうかと、関係のないことを考える。
「僕と違うってことか」
「先輩は最初っから話せてました?」
「うん。日本語を話してるつもりだけど、自動翻訳機能でもあるのか、こっちの言葉に変換されて伝わるみたい。でも、のほほんが僕の言葉を聞き取れなかったってことは、僕の言葉自体が変換されてるってことだよね」
羨ましい機能を搭載している先輩は、やっぱりチートキャラで間違いないようだった。よくある異世界転移の主人公。まさにアレだろう。これで強かったり魔法が打てたりしたら完璧であるが、前に聞いたところ先輩は魔法が使えるようだったから、多分完璧に近いんだろう。先輩の話をラノベにしたら、『女神に呼ばれたら異世界でなんちゃら』って感じの長いタイトルがつくに違いない。
「今はなんで日本語に戻ったんですか?」
「日本語を話そうって意識したら、通じた。ああ、彼はアウィラって言うんだけど、見ての通り狼の獣人なんだ。ちょっと実験したいんだけど、彼に通じるようにって念じて話してみてくれる?」
雅楽先輩は所在なげにおろおろしているハスキー獣人を紹介すると、私の目の前に彼が来るよう、一歩後ずさった。
雅楽先輩が退くと、ハスキー獣人の姿がよく見えた。その姿は、二メートルほどの二足歩行をしているハスキーそのものである。先輩が作っていたチョハのような衣装によく似た服を着て、足元は革のブーツを履いていた。服装のせいで首から下は完全に人間に見えるが、その上に載っているのはまがい物でなく、ハスキー以外のなにものでもない。
「あの……」
「****」
私とハスキー獣人が話すのは同時だった。だが、私には彼がなにを言ったのかは理解できなかったし、逆もまた同じようだった。
「先輩、通じません」
私は雅楽先輩を見ると、しょんぼりと告げた。認めたくはないが、主人公は私ではないらしい。
哀しいかな、間違いなく異世界での私はモブキャラだった。
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