第6話 雅楽先輩と鬼畜女神の依頼

 雅楽先輩が話した内容はこうだった。

 まず、先程の声の主は天津香香比売アマツカガヒメといって、雅楽先輩の実家の神社が祀る神様なのだそうだ。そして、この女神様、なんと異世界の女神様でもあるそうな。もう一つの名を、ディオシアと言うらしい。つまり、私が連れてこられたこの世界ディオシアは、そのカガヒメの管理する世界だということだ。

 カガヒメは、この世界を発展させるために、自分を祀る一族である雅楽先輩に目を付けたらしい。先輩が神隠しにあったという噂は本当で、その間先輩は異世界ディオシアに来ていたのだという。


「先輩、了承したんですか?」


 拉致か来訪かを尋ねると、雅楽先輩はひどく嫌そうに顔をしかめた。表情をさほど変えない先輩にしては珍しい顔だった。


「するわけないだろう。いつも突然だし、了承を求められたこともない。最初に連れてこられたとき、僕は中一だった。そして一年に一度のペースでここに連れてこられる」

「鬼畜の所業じゃないですか」


 ここに連れてこられた経緯からうっすらそんな気はしていたが、やはり拉致だったらしい。女神様、まごうことなき鬼畜である。年一で神隠し。ありえない。ありえ……え?


「先輩、私たちいつ帰れるんですか!?」


 私ははたと気付いた。神隠しということは、向こうの世界へ戻ったとき、数日のブランクができるということに他ならない。


「前回ここに来たときは三日のズレがあった。その前は一週間」

「はああああ!?」


 お腹の底から出した声は、気持ちいいくらいに広間中に響いた。

 そのまま、私はつかみかからんばかりの勢いで雅楽先輩に迫る。待って、あと数日で……!


「待って、私の青にゃんが!」

「心配事はテストじゃないのか」

「そうだった! テスト! 中間が!」


 私はピカピカに磨かれた大理石の床にしゃがみ込むと、うなだれたまま頭を抱えた。ヤバい、人生でこれ以上ないほどの危機だった。

 三日で帰れればテストには間に合うが、テスト勉強は間に合いそうもない。赤点だらけだったら追試が待ち受けている。

 三日で帰れなければもちろんテストには間に合わない。こちらも追試とコンニチハする羽目になるのは間違いなかった。


「せ、せんぱぁい~」

「そんな顔で僕を見るな! 悪かったよ。まさかのほほんといるときに呼ばれると思わなかったから油断してた」


 涙目で雅楽先輩を見上げると、先輩は目に見えて狼狽えた。


「ホントごめん。次の満月に向こうの世界へ戻る扉が開くから、帰れるのはたしかなんだ」

「どこの扉ですか?」


 思わず尋ねた問いに、雅楽先輩は視線を泳がせた。ものすごくあやしい。疑ってくれと言わんばかりのその態度に、私はジト目で雅楽先輩を睨みつけた。


「先輩?」

「……わからないんだ。いつもランダムで。満月が昇ったら、片っ端から王宮の扉を開いてかなきゃいけなくて」


 わぁお! 帰る方法まで鬼畜!


「早く見つかればその分ロスが減るんだけど、なかなか見つからないと、向こうの時間との誤差が広がるんだ」


 わぁ、タイムアタック制とか、さらに鬼畜仕様!

 私はひそかに拳を握った。あの鬼畜女神、次会ったら文句言ってやるんだから!


「****!」


 私がカガヒメに怒りを募らせていると、背後から聞き慣れない言葉と共に、慌しく扉を開ける音が響いた。


「****! ********、*********!」


 入ってきたのは、もふもふした人型の──犬、だった。いわゆる獣人というやつだ。シベリアンハスキーかアラスカンマラミュートかといった強面のその人は、私にはわからない言葉で雅楽先輩に話しかける。


「**? ****……?」


 ハスキー系獣人は、雅楽先輩の横の私に不審な眼差しを向けた。何を言っているのかはわからないが、ものすごく不審がられている空気だけは伝わってくる。怪しい者ではないと伝えたいが、言葉の壁は厚そうだった。


「****、*****」


 しかしながら、異世界語を話すのは獣人だけでなかった。傍らの雅楽先輩までその言葉で会話をしだしてしまい、私は途方に暮れる。

 あれ、もしかして言葉通じない? お約束の言語フリー能力って、私にはなし??

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