第2話 雅楽先輩と民族衣装

 碧や晴夏、素子たち一年メンバーで固まって、和気藹々と縫物に励んでいると、その横ではものすごい速さで雅楽うた先輩が縫い針を動かしていた。相変わらずの運針スピードである。たとえるならば人間ミシンみたいな感じで、到底真似できるものではない。

 唯一の男子部員である雅楽先輩は、作業中は誰とも話さず、無心に作業に集中する。口を開けば残念度が上がるので、いつもそうやって黙っていればいいのにと思うのはナイショだ。


「うーたんせんぱぁい、チョハだけじゃなくって、ルバシカとかもどうですかぁ~?」

「ブーナッドなんかもよくない?? どうですか??」


 休憩代わりに黙々と服を縫う雅楽先輩の手元を覗き込んだ晴夏と素子が他国の民族衣装を薦め始めると、二年の先輩たちもその話題に乗ってきた。


「ブーナッドいいねぇ。でも、雅楽は可愛いからキルトもいいんじゃない?」

「それならあたしらの制服でいいじゃん。スカートチェックだし」

「制服アリだわ~。うちらより可愛かったりして。で、民族衣装で絞るなら、シャルワニなんかもよくない!? パキスタンの。以前まえめっちゃイケメンが着てる画像見て惚れ込んだんだよねぇ」

「イタリア! イタリアのサルデーニャのも着てほしい!」


 先輩たちは次々と世界中の民族衣装の名前を出してくるけれど、残念ながらその中ではキルトくらいしかわからない私は、後で検索をかけようと心に決めた。先輩たちが雅楽先輩に着せたいと意気込むくらいだ。きっと素敵な衣装に違いない。

 しかし、話題の中心になっているというのに、雅楽先輩は一切返答しようとはしなかった。聞こえていないのかもしれない。


「どうせなら、うちらで作ってさ、当日雅楽に着せちゃう!?」

「校内日? 一般日?」

「そりゃ一般日でしょう! お客さん釣らなきゃだよ! 時間替わりで着せ替えるの。よくない??」


 悪乗りした先輩たちは、自分の浴衣を放り出して、雅楽先輩に着せたい衣装をあれこれ話し始めた。う、雅楽先輩、今の段階で拒否しとかなきゃヤバそうですけど……?


「ストーップ! その話はそこまで! 雅楽に色々コスプレさせたいのはわかるけど、まず自分たちの衣装が仕上がんなきゃ話にならないよ。あと半月で仕上がんの? 定期試験もあるし、忙しいんだよ?」


 私が心配したように、支倉部長も心配したようだった。支倉部長が言った試験の一言によって先輩たちは一瞬で我に返ったようで、慌てて手元の布地に意識を戻した。


「それにしてもうーたん先輩、この騒ぎの中でも集中してるって、絶対まわりの話聞いてないよね。超絶シャットアウト」


 しつけした部分までミシンが終わり、再び他の部分のしつけ作業に戻った私に、隣にいた碧が話しかけてきた。


「うん、絶対聞いてないと思う」

「ののが話しかけてみたら? 反応するかも」

「なんでよ?」


 悪戯っぽく笑う碧に針を止めて訊き返すと、思いがけず真剣な顔で返された。


「先輩が一番話す相手、ののだよ? あたしらとも話すけどさ、ののと話すことが一番多いし、のののお願い断ることないじゃん」

「そりゃ、私がお願いするのって部活に関することばっかだもん。ミシン出してとか、寸胴出してとか」


 雅楽先輩含め、私たちは全員部活をしに来ているのだ。そりゃ部活に関する依頼は断らないだろう。雅楽先輩とは学年が違うので部活以外での接点はないし、仲がいい相手は他にもいると思う。


「まぁ……たしかにそうだけどさぁ」

「でしょ? 大体うーたん先輩がそこまで他人に興味があるとは思えない。今もほら、一人我関せずだし」


 私が視線で雅楽先輩を指し示すと、碧は一拍置いた後深々と頷いた。わかってもらえたようでなによりである。


「残念だなぁ」

「なにがよ」

「ちびっこカップル誕生かと思ったのに」


 私は碧の発言を聞きとがめて、じろりと睨んでみせた。ちびっことはどういうことだ。私も雅楽先輩も、ちょっとばかし背が低いだけなのだ。ちびでは……うぅん、なかったらいいなぁ。

 ちびっこ云々は碧の軽口だったようで、ニコリと愛らしい笑顔をその色白な丸顔に浮かべると、手にした浴衣を無造作にたたんで立ち上がった。


「部長~、ミシン終わったら次いいですか~?」

「いいよ~。もうちょっとで終わるから。他順番待ちな子いる? 使い終わりそうな人は? 自分の仕上がったら手早く交代だよ!」


 碧が立ち上がったのを機に、私も手元の浴衣に集中することにした。早く仕上げないと、テスト前の部活動禁止期間がきてしまう。うちにミシンはないので、学校でやらないと本格的に手で縫うことになってしまうのだ。正直、料理は好きだが裁縫はそこまででもないので、ミシンが使える方がありがたい。

 そしてその日は、そのまま全員部活に集中して、雅楽先輩の衣装についての意見交換会は開かれなかったのだった。

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