会合
このところ、避けたいと思う男が大松のもとへと訪ねて来た。
桂木である。
今は亡き姫を生きているといい。引き渡せと言って来た日以来、何の音さたもなかったというのに、今日はどういう風の吹きまわしか?
内密な話があるとかで、半ば強引に大松を牛車で連れ出した。行先も教えられぬまま、木深き山中を進んでいる。
「桂木どの。そろそろ御要件をお聞かせ願えまいか?」
温厚と皆に認められる大松ではあるが、このような連れ出し方をされ、少々腹を立てていた。いったいなぜ自分がこのような扱いを受けねばならぬのか。
連れ出した当の本人は涼しい顔である。
「まぁ、そのように短気にならず」
口元を隠していた扇をぱたんと閉じてほほ笑む。
「実は、以前私が大松殿へお話した蛍川の娘の居所が知れましてな」
「ほう」
興味を持ったようすの大松を見て、桂木は満足そうに話を続ける。
「三ヶ峰の古寺に住んでいるようなのです」
蛍川どころか都からも遠く離れた地ではないか。
あの日以来、密かに娘にそっくりだと言われた少女を探していた大松は、見つからないはずだと胸の内で一人納得した。
「それで、なぜ私を連れて来たのです?」
「いえ、先日は取り乱しまして申し訳なかった。言い訳ではございませんが、娘をご覧いただければ、私が勘違いしたのも無理からぬこととご容赦いただけるのではないかと思いまして」
働いた無礼を許してほしいというのである。
何もわざわざ連れ出さなくとも、その場で謝罪してくれれば許したであろうものを。そう思いつつ、大松も娘に興味はあった。桂木という男が血相変えてわが家へ来るほど、その娘は朝路に似ていたというのである。
ふいに、牛車が歩みを止めた。
「大松殿。申し訳ございませんが、車を降り徒歩で参りましょう」
実は、娘を訪ねるのは今日が初めてで、突然押しかけては驚かせてしまう。今日はひとまず、姿を垣間見る程度といたしましょうとの事だった。ここまで来たのだから、訪ねればいいものを。大松はそのように思ったが、口に出さずに従った。
山門をくぐり、まだ箒で履いたあとの残る土の道を寺へと歩いて行く。
咲き誇っていた曼珠沙華も盛をすぎ、ただ青い葉ばかりが茂っていた。昨夜の雨にしっとりとした緑の中、箒を使う音が聞こえてくる。
その音に導かれるようについていくと、竹やぶの向こうで枯葉を履いている女人がいた。手ぬぐいをほっかむりして粗末な小袖を着たその娘は、こちらに気づくことなく庭仕事を続けている。掃き集めた枯葉をざるで掬い、竹の根本に敷き詰めていた。
乱れた髪が落ちかかるのを耳に手挟む娘の横顔が見えて、大松は驚きに目を見開いた。
身なりは違えど、そこにいるのはまさに朝路であった。娘はすでに亡くなっている。それは確かなことなのに、目の前に居る娘はどう見ても朝路としか見えなかった。
「これは」
思わずかすれた声を出す大松を見て、桂木はほくそ笑んだ。が、その笑みをすぐさま柔和なものにすり替える。
「よく似ておいでではありませんか?」
「確かに、似ているどころではない。そのものではないか」
「私が疑うのも無理からぬことでございましょう?」
「うむ……」
大松は娘から目が離せなかった。
娘が亡くなったのは本当は夢で、離れた寺で健やかに過ごしていたのが真だったのではないかとそう思えてしまえるくらいに、娘は本当によく似ていた。
「どなたかいらっしゃいます?」
箒の音が止まり、娘がこちらの竹やぶに顔を向けている。
大松が声を掛けようとするが、桂木に止められた。娘はこちらを見ているというのに、二人の姿がわからないのか。困惑した表情を浮かべて辺りを見渡している。
「由羅さまですか?」
近くの竹やぶを鳥が鳴きながら横切る。
その声を聞き、娘は安堵したような、少し照れたような困った顔をした。道具を拾うと仕事は済んだのか奥に行ってしまった。
「あの娘は、目があまり良くないようなのです」
桂木の言葉に大松は納得した。
それと共に幻想は溶け、悲しげなため息が漏れた。
あれは朝路では無い。
朝路は鳥のように目の良い娘だったから。
「本当に、大松さまはあの娘をご存知ないのですか? あそこまで似た他人がいるでしょうか? 姫さまのご兄弟ではないにしても、お血筋の方では?」
桂木の疑問も無理はない。
娘を見なかったら腹を立てただろうが、あれほど似ているのだ。疑うのも無理はない。
事実、大松もまた己の血筋のものではないかと思い始めていたのだから。
「分かりませぬ。暫し時をいただけないでしょうか。家の者に訪ねてみると致しましょう」
それにしてもよく似ている。
娘でないとわかった今でも大松は目を離すことが出来ずにいた。
その奇跡を目の当たりにしているように感じ入っている大松の横で、桂木がほくそ笑んだ。
まずは成功と言ったところか。
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