荒城
「うわぁ……」
「これは酷いな……」
すっかり崩壊した金ヶ崎城を前に、高師泰、斯波高経ら足利軍は呆然としていた。
城内はすっからかん破壊の限りを尽くされ、今もなお死人達が彷徨い歩いている。
「何だこれは、屋根の下で休める場所が無いではないか」
「いやそういう問題じゃないっすよ」
飛びかかってきた死人の頭を一太刀で叩き割った師泰が、場違いな苛立ちを露わにする高経に肩を竦めた。
「しかしあれですかな師泰殿、こやつら、私達を襲った連中ですかな」
「多分そうだろな。こんなのがそこらにいてたまるか」
仁木頼章が言うように、実は足利軍もまた死人に襲われていた。
大軍というのが幸いし何とか蹴散らせたのが、そのまま金ヶ崎城になだれ込んだようだ。
「それにしても……これどう報告します?絶対誰も信じてくれないですよこんなの」
「死人とっ捕まえて顎引っぺがして御所様にでも見せようぜ。師直兄貴辺りなら何か知ってるかもしれねえし」
「おい、貴様等黙れ」
「はーい……」
不服に口を尖らせつつ、師泰と頼章は抜き身の刀片手に軍勢を引き連れ城内へと入っていった。
「絶対あの人私達の事馬鹿にしてますよね?」
「気にする必要はねえよ。今の御時世、ああいう奴から墜ちていくからな。いい身分であろうと天狗になると追い落とされるからな」
「……その言葉、貴方にそのままそっくり返しますよ」
「ふん」
軽口を叩きながらも、二人の軍勢は残る死人達を斬り捨てていく。
「先日の大軍が嘘のようですな」
「おぉ。これならいけそうだ」
ほっと胸を撫で下ろした――その時だった。
「!!」
「おいおい何だよ!!」
突如、物陰より死人の群れが現れた。
前からだけではない。横から、後ろから、さらに上から死人が溢れる。
「待ち伏せですか……!?」
「脳が腐ってやがるのに知能戦が出来やがるのかよ……!」
そこで彼らは気が付いた。ただただ集まっただけの群れにしては統率が取れすぎている事に。
「頼章はこやつらを片付けろ!!俺は大将を見つけ出して叩く!!」
「え、師泰殿!?」
戸惑う頼章を尻目に、師泰は死人を薙ぎ倒し叩き斬り、大将格と思しき人物を探し城の奥へと突き進む。
背後より聞こえる悲鳴には振り返らず、ひたすら敵の頭を追い求める。
やがて、金銀で飾られた部屋に突き当たる。
そこには、人影があった。
後ろを向いているが、やはり肉は腐り変色している。死人だ。それも、一際きらびやかで損傷の少ない甲冑を纏っている。指揮を取れるとしたらおそらくこの者達だろう。
「おい貴様!!俺らを襲っただけでなく手柄まで横取りしやがって!!何のつもりだ!!」
背中にそう怒鳴りつけるも、人影は振り返らない。
「おい!!聞いてるのか!!耳まで腐ったか死に損ないが!!」
すると、人影は静かに振り返り――
数日後、京の尊氏の元に、高経らの軍が帰参したとの報が届いた。
既に勝報は届いている。長い城攻めから帰った将を労おうと、尊氏達が将を部屋に通すと――
「ご、御所様……」
入ってきたのは、満身創痍で憔悴しきった将達だった。中でも、体中に血が滲んだ包帯を巻き付け虚ろな目で宙を見つめる頼章と、ぐったりした体を彼に支えられて包帯を巻いてもなお頭や肩から血を滴らせ力無く足を引きずる師泰の痛々しさといったらなかった。
「御所様……ただいま帰りました……。このような姿を晒し申し訳……」
「そ、それは気にせんで良い!!と、ともかく早う座れ!頼章と師泰はもう寝ておっても良いぞ!」
「有り難き……師泰殿……着きましたよ……」
「…………」
頼章は、返事をする気力すら失った師泰を床に横たわらせる。勇猛な師泰の変わり果てた姿に、婆娑羅者と陰で噂されている兄、高師直もさすがに戸惑っている。冷静沈着で知られる尊氏の弟、直義でさえも困惑を露わにしている。
「どうした。なぜ勝ち戦だというのにこのような有り様なんだ。一体何があったのだ」
「戦自体は勝ち戦でした。ただ、その後不測の事態がありまして……」
「盗賊にでも襲われたか?」
「盗賊ならすぐ倒せます。もっと厄介な奴でございます。……おい、あれ持って来い」
すると、部屋に何やら子供の背程の箱が運ばれてきた。
中から唸るような声が響き、箱ががたがたと揺れている。
「おそらく、歩く死体に襲われたと言っても信じていただけないと思ったので証拠を持って参りました」
頼章が箱の側面を開けると、その内には格子があり――その奥では、顎と手足をもぎ取られた死人が暴れ呻いていた。
「げっ!」
師直が思わず声を上げる。直義も顔面を蒼白にして後ずさる。危機的状況でもなお笑みを絶やさない尊氏でさえも表情を引き攣らせる。
「そ、そやつは不死身なのか……?」
「いいえ、死にます。頭をやられたら死にます。ただ、首を切り離しただけでは死にません。頭を砕くのでございます」
「そうか……、師直!郎等を呼び集めよ!緊急で軍議を開くぞ!!」
「はっ!」
「それと……お前達も出られる者は出てくれ!」
「え、はい!」
急に呼び出された郎等達が慌ただしく入って来、騒がしくなる。
――ただ、師直と同じく婆娑羅者と言われている佐々木道誉だけは、なぜか平然としていた。
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