第2話 The SECOND battle at the oath hill (SIX +)

「どこへいくんだ!」

 少女を抱えたまま、桜岐は叫んだ。

 黒コートの彼はその声に立ち止まる。だがその顔を桜岐へ向けようとはしない。


「その娘を頼む」


 その言葉に、桜岐は彼に対し奇異の眼差しを向けた。

「死鬼風はほぼ取り除いたが、まだ残滓が残っている。早く連れて行くんだ。お前の脚なら、迎えのヘリを待つより––––––」


「どこへ行くのかと聞いたんだ!本部は何て言ってた!」

 あからさまに論点をずらす彼に、桜岐は思わず怒鳴り返した。


 誤魔化しは効かないと感じたのか、彼は

「…本部は応答しなかった」

 と、桜岐の方へ向き直りながらそう答えた。大きく見開かれた碧眼は桜岐の瞳を直視し、嘘は付いていないと主張する。

 そして予想外の言葉に、桜岐は戸惑いを隠せなかった。唇を舐め、目をキョロキョロと動かし思案を巡らせながら、右肩に貼り付けてある無線機のダイアルに手を伸ばし、スイッチを押す。


 だが桜岐の無線も同様に、本部の声は聞こえてこなかった。応答を促す声をかけようとも、耳に入ってくるのは永遠に流れるノイズだけ。



『久しぶりだな』


 桜岐が通信を試みる中、彼の耳にハッキリとした音声が流れてきた。

 聞き覚えのある男の声に一瞬動揺を隠せなかった彼だったが、目を閉じ、深呼吸で気持ちを落ち着かせ、言葉を発した。

 桜岐に気付かれないよう距離を開け、できる限りの小声で。


「––––––随分懐かしい声だ」

 意図せずとも声は震えた。


『聞きたくなかったか?』

 男性の低い声。

 彼が動揺していると分かりきっているのか、この状況を楽しんでいるような喋り方だ。

「…その声を今耳にするまでそう思っていたが…。––––––だが、案外悪いものじゃ無いな」

 声だけでは無い。

 手も足も、体の内側も全部震えが止まらず。目は半ば焦点が合っていないように見える。だが––––––

 

 彼の顔に浮かんでいるのは、「笑み」だった。


『…?––––––俺とこうして言葉を交わすことを、まるで予知していたような言い方に聞こえるが』

 

 そのことを、彼は自覚してはいなかった。

「––––––いくら月日が経ったとはいえ、俺はあの時のことを片時も忘れたことは無い。––––––だが、忘れたことが無いとはいえ、過去に執着して恨みを糧に生きてきたつもりもない。……そこにお前の声が聞こえてきた。「悪いものじゃ無い」ってのはそういう意味さ」


 コートの内ポケットから小さな箱を取り出し、入っていた煙草を口にくわえる。先端に火を点け、大きく煙を吐き出した。


「––––––で、なんだ。天霊の通信回線をジャミングしてまで俺に言いたかったことは」


 わざと声を大にしてそう言った。

 後方で無線機のダイヤルを回していた桜岐がその手を止め、驚きの表情で彼を見遣った。


 しばしの沈黙の後、その声の主は告げた。

『––––––十四年前、お前が俺達にしたことを憶えているか?』

 煙草を口から離そうとする手の動きが止まった。彼の返答を待つことなく、その声は続けた。


『端から見ても、あの時のお前は普通じゃなかった。記憶を失っているフリをしても、周りは何も言わなかっただろう』


「––––––……記憶…?……待て、一体何の話を」

『だけどな。残念ながら、「忘れました」なんてカビの生えた言葉で解決するほど、お前のしたことを考えれば簡単じゃ無いんだ。––––––人間を殺したお前にはな』

 

 その時、イヤホンから聞こえてきたのは聞いたこともないような、獣のような雄叫び。そして肉が潰れるような、グシャっという鈍い音。そして––––––


『……あ…ッ…、ぐっ…あああぁ‼︎』

 悲鳴が聞こえた。

 女性の、悲鳴。

 彼にはその声が誰のものか、瞬時に分かった。


「…館川…⁉︎まさかお前––––––!」

 だが彼の反応を嘲笑うかのように、通信はそこで切れた。


「おい!お前…館川に何をした‼︎」

 既に切断されたと理解していても、地面に煙草を落としたことも忘れて彼は叫んだ。


 大きな爆発音と共に、さらに火の手が上がった。

 灯りのほとんどない夜の町を照らすのには充分なほどに、火柱はその数を増やしている。未だ被害を被っていない家々も、赤々と染まるのは時間の問題だった。




 町の方角から眺めれば、そこは赤褐色の岩肌が反り立っているだけのように見えるが、その最上にあるのは約二キロ平方メートルに渡って広がる草原だった。

 草原の中央を舗装された歩道が横切っており、その両側を綺麗に磨き上げられた自然のものとは思えない石が等間隔にいくつも並べられている。それらにはどれも同じように字が彫り込まれていた。


 無音に包まれた静謐な空間。その中に動く人影があった。

 かなりの長身。短い黒髪。肌が少し白いせいか、瞳の赤がより際立つ。手入れの行き届かない黄土色のローブで全身を隠すようにしている。彼は手に持つ花束を石の前にそっと置き、そこに彫られた字を見つめた。


 “瀬莉澤明歩(せりざわあきほ)”と、そこには刻まれていた。彼は石の前にしゃがみ、字の凹みに指で優しく触れる。


 草原の入口から始まる舗装された歩道は延々と続き、行き着く先には円柱型の小さな白い塔があった。そして塔の上には広大な草原を見守るように、高さがおよそ五十メートルほどもある黒く塗りつぶされた十字架がそびえ立っている。


「そろそろ––––––」

 石の前にしゃがみ込んでいたローブの男はゆらりと立ち上がり、塔のてっぺんを見据えた。



 塔の頂上、その小さな広場の地面はコンクリートで敷き詰められていた。時期を考えれば三十分と居られないような状況で、そこには一人の女性が力無く座している。

 長い黒髪を地面に垂らしたまま。翠色の瞳は半ば憔悴しきったように力無く自分の足元を見つめている。額からは汗が流れ落ちる。

 その両手は黒い十字架に鎖で後手に縛られたまま。拘束を解こうと試みるものの、ビクともしない。



「すまない」

 いつの間にか広場の扉の前に佇んでいたローブの男がそう呟いた。その顔はどこか哀愁を物語っているかのようにも見える。そして、拘束された女性の元へとゆっくりと歩み寄っていく。


 女性はローブの男を睨みつける。だがすぐにその目線をそらし、歯軋り。怒りか、それとも寒さによる衰弱からか、手も足も震え、心なしか呼吸も整ってはいない。

「…––––––そう思ってるなら、早く解きなさいよ…」

 かすれ気味の声でそう訴える。


 男は、だが女性の元へ近づこうとはせず、広場左端の手摺にその体を預けた。右腰の真っ黒な刀に右手を置き、指を小刻みに動かしている。

 

「…貴方––––––…変わったわね」

 大きく深呼吸をして、そう呟く。


「どこがだ」

 それに対して鼻で笑いながら男はぶっきらぼうに答えた。だが暫くして、


「––––––まぁ…、変わったってことは、俺がまだ人間を保っている証拠なのかもな」

 表情のまま。その目は遠くを見つめている。


「見た目はね」

 状況に合致しないような笑みを浮かべる女性。拘束されたにもかかわらず、話す様子はまるで旧友との再会を愉しんでいるかの様に見える。


「内側は人間じゃ無いと?」


「さぁ…。十年間貴方が何をしていたか、分からないから。何とも言え––––––」

 そこまで言いかけ女性は二、三度咳き込んだ。反動のたびに髪の毛が揺れる。手が自由にならない中、頭を揺らして目にかかる髪の毛をのけようとしている。

 溜息と共にその体を十字架の柱にもたれかけた。天を見上げる。そこに見覚えのある姿を目に留めることが出来たのは偶然だった。


「––––––…!」

 

 十字架の最上で黒いコートがはためいた。

 思わず声をあげずに済んだのは幸運だったと女性は胸を撫で下ろした。が、それも束の間。


「久しぶりだな。戌丸(いぬまる)」

 ローブの男はわざとらしく声を大にした。

 自分の反応が悟られたのかと女性は思わず彼を見遣るが、その目は変わらず所々から火の手があがる町の景色を見ているだけだった。


 戌丸と呼ばれたコートの男は十字架に括り付けられた女性の後ろに降り立つ。そのまま刀を一振りし、巻き付けられた鎖を断ち切った。

 

「あぁ…。MMOの研究所以来か。––––––ジャミングはお前の仕業か?瀧城(たきしろ)」


 そう呼ばれたローブの男は、その顔に笑みを浮かべ

「でなきゃ、こうしてお前と話すことすら叶わんだろうからな」

 そう言いながら、右手で刀の柄を軽く握りしめた。


「馬鹿言え。殺しに来たの間違いだろう」

 自分の足元に目を落としたまま、戌丸はその声をできるだけ小さく、だが腹の底から、湧き上がる怒りを押さえつけながら言った。


「だがいい。俺もそれは同意見だ」

 左腰にある刀を震える右手で握りしめ、まるで片腕で持ち上げるには重すぎるかの様にゆっくりとその刀身をあらわにした。暗闇の中でさえ放つ輝きが、瀧城の赤瞳に反射する。


「最期に一つ、聞いておく」

 戌丸はそう言いながらその身を出来るだけ屈めた。右足を大きく後ろに下げ、左膝を曲げる。右手に持つ刀の鍔を左の脇腹付近まで持って行き、上半身を最大限に捻る。左手の掌を刀に当たるか当たらないかというギリギリのところに持って行き、頭は地面と接するほどに下げている。


「死ぬ––––––覚悟は出来ているか」



 戌丸のその問いに対し、

「愚問だな」

 僅かに首をかしげ、その顔に少しの笑みを浮かべてそう言った。


「“武器を手に取りし時、其の者既に死したも同然”」

 瀧城は目を瞑り、右腰の刀を左手で軽く握り、ゆっくりと抜いていく。


「“銃刃を振るい、短き生を永らえさせよ”」

 そして目を開けた途端、瀧城のローブや髪の毛が足元から優しく吹き付ける風によってはためき出した。

 不自然に発生し舞い上がる風に、相対する戌丸はその碧眼を大きく見開いた。……だがそれも一瞬。目を閉じ、溜息混じりに笑って見せた。


「…安心したよ。これで心置きなく––––––」


 左脚に力の全てを一瞬込め、コンクリートを大きく蹴り砕いた。

 瞬き一つする間に、戌丸の姿は既に瀧城の眼前にあった。––––––いや、それすらも残像に過ぎない。瀧城のすぐ横を高速で通り過ぎながら、地面すれすれにあった刀を瀧城の胴体に真上に斬りつけた。

 そしてその右回転の動きのまま瀧城の背後に回り込み、両脚をコンクリートに接着しながら減速させ静止すると同時に、右手を真っ直ぐ瀧城へ突き出し刀をその心臓に狙い定めた。

 

 光が放たれた時間は約一秒にも満たなかった。音もなく鋒が輝いたかと思うと、そこから一直線に光の線が伸び、あっという間に町を包み込む闇夜の彼方へと消えていった。

 

「––––––お前を殺せる」


 胴体部前面からは出血。光線により貫かれた心臓はその機能を停止し、瀧城は冷たいコンクリートの上に倒れ伏す。


 その筈だった。

 だが瀧城の体は微動だにせず、その身を半ば抜き出した刀を握ったまま、前を見つめている。

 足元から舞い上がる風はその強さを更にまし、やがては塔だけでなく周りの草原にまで影響し始めた。


 静寂に包まれていたはずの草原は、その一帯を覆うほどの旋風に支配された。木々は大きく振幅し、枝から離れた草が一つの塊となり空へ舞い上がっていく。


「––––––⁉︎」

 戌丸はその光景に目を疑った。自分の持つ刀からは確かに瀧城の胴体に接した感触が感じられた。そして放った光線も、確かに瀧城の心臓部を貫いたのをこの目で見た。


「……」

 だが、瀧城の胴体部からは出血が見られない。真っ二つにしたつもりもないが、右の腰あたりから左の脇腹にかけてその刀身で抉った筈だ。

 そして、仮にそれが瀧城へのダメージに繋がっていないとしても、最後の背後からの光線は確かに瀧城の胴体を貫いていた。瀧城の胴体に吸い込まれていき、それだけでなく、更にその向こう側へ消えていくのを確認した。


「何故だ…!」

 戌丸がそう口にした途端、視界の右端で動くものがあった。地上から一気に急上昇してきたであろう赤髪の女性が両手に拳銃を持ち、瀧城の真横の空中に位置していた。

 間髪入れずに引き金を引き、辺りに銃声がこだまする。そのまま女性は瀧城の頭上を越えながら足を空へ向け、その間も引き金を引き続け、真反対側のコンクリートに足をかがめ着地した。


「…氷華…!」

 突然現れたのは、先程まで戌丸と行動を共にしていた桜岐氷華だった。


「馬鹿が。何一人で先走ってる」

 息を多少荒くさせながら、氷華は一人で瀧城に向かっていった戌丸を睨みつけた。だが氷華は助けた少女を抱えていなかった。

「あの娘はどうした」


「大丈夫だ。安全な所に寝かせてある。…––––––!」

 氷華は突然再び拳銃を構える。その目線の先にはもうとっくに倒れているはずの瀧城が平然とした表情で氷華を見つめていた。

「くっ…」


「君が––––––桜岐氷華」

 瀧城はそう言いながら、今度こそ刀を抜いた。柄糸が所々破れているのは戌丸の刀と唯一違う点。


「風の噂で聞いているよ。五十年に一人の逸材––––––赫焱(かくえん)、紅焔(こうえん)魔銃士。色々呼び方はあるみたいだけど」


 氷華は瀧城に照準を合わせたまま、微動だにしない。


「桜岐財閥の長女。確か弟と妹がいたな。跡取りとして将来有望視されていたが、周りの反対に耳を貸さずヴェフパークとして堕人と闘うという茨の道を選んだ。それどころか入隊六年目で異例の“四戦士”入りを果たした天才––––––」


「堕天戦争では多くの人が死に至った。ヴェフパークだけでなく、“四戦士”の人間もな。私はその実力に見合わず、ただ欠員補充されたに過ぎない」


「謙虚だな。その姿勢は評価する。だが今君がそちら側に立っているのは、そうやって周りの者達を卑下してきた結果とも言えるんじゃないのか。世間や身内の期待を裏切り、勝手気ままに生きる人生を選んだ––––––」

 

「あんたのような人間ごまんと見てきたよ。……皆口を揃えて私のことを『天才』と言う。あんたがさっき口にしたようにな。だが私はその度に思ったんだ。こいつらは自分より優れた人間に嫉妬し、苦しいことから逃げるだけの––––––無価値な人形だと!」


 氷華は再び引き金を引き、瀧城目掛けて弾丸を放った。


 その動きを予想していたのか、一時静観を守っていた戌丸は再びコンクリートを強く蹴り、いち早く瀧城へ刃を振りかざした。

 だがそれを無視し、瀧城は刀を自分の体の前で振りかざし、空を切った。

 完全に隙のできた瀧城。刀に真っ二つにされるはずが、しかし戌丸の刀は瀧城の体の前でピタリと止まり、ビクともしない。

 高速回転する弾丸は瀧城の振り下ろす刀に二つに分けられ、それぞれ後方に流れていった。


「––––––…!」


 顔に笑みを浮かべる瀧城。その言葉は二人に向けられたものでは無かった。

「…いいだろう。そっちの天才はくれてやる。邪魔は––––––」


「あら瀧城様。私だって、久し振りにお会いした戌丸様と一戦交えたく存じますのに」

 どこからともなく声がした。


「––––––そうか。ならば––––––その“無価値な人形”とやらに敗れてみろ!桜岐氷華‼︎」


「何が言いたい!」


「逃げているのは君も同じだ。桜岐氷華」

 自分の脇元で声がするまで氷華は瀧城の接近に気付くことはできなかった。頭部に迫る刀が目に入り反射的に上半身を後ろへ仰け反らし半ばブリッジのような姿勢になる。

「く…ぁっ……」

 刀が眼前をかすめる。両足に力を込め手摺付近まで空中ステップ。そのまま銃口を瀧城へ向け発砲。

 だが瀧城は刀を縦に振り、右回転をしながら迫り来る二発目を薙ぎ払った。


 

 直後、金属のぶつかる音が響く。

 戌丸が左からの流れ弾を目視で確認することなく、刀の平地を向けて防いでいた。


 それを好機と見たのか、突然姿を現した女性が純白の剣を手に戌丸に迫った。戌丸は刀を頭の上から振りかざし、交えた。

「––––––お初にお目にかかります」

 その黒髪は足元まで伸び、カラフルな着物をはだけさせていた。瞳の色は黄金色の髪刺しと変わりない。足元も足袋に下駄と、現代ではすっかり見慣れない昔の人の装いだった。


「瀧城!」

 戌丸は離れた場所で氷華と相対する瀧城に向けて声を大にする。

「お前いつ四戦士になんぞなったんだ!」

 その表情は苦笑い。


「遥(はる)。そいつを殺せ」

 だが瀧城は淡々と言葉を並べた。それは戌丸ではなく、突然姿を現した女性に対して。


「お任せください、瀧城様」

 遥と呼ばれた着物の女性は交じり合ったままの剣を振り上げ、それにより上体を起こされた戌丸の腹に回し蹴りを命中させた。扉の横の壁に背中をぶつけ、苦悶の表情を浮かべる。


「ぐあっ……くっ…。––––––“あの時”は居なかっただろう!少なくとも!」

 しゃがみ込み腹を抑えながら戌丸は叫ぶ。

「いつだ…!いつお前は生剣遣いと契約を‼︎」


 その言葉に動きを止めた瀧城。相対する氷華は銃を構えたまま戸惑いの表情を浮かべている。戌丸は歯を食いしばり瀧城を睨みつけ、遥は鋭い目を戌丸に向けたままこちらも動こうとはしない。

 

「遥と出逢ったのは、機関を抜ける直前だ。––––––だが、そのことがお前と何の関係がある」

 

「知らんわけは無いだろう‼︎」

 戌丸は吐血も構わず、叫ぶ。

「生剣遣いの力を押さえつけられるのは、選び抜かれたヴェフパークの中でも更に力を与えられた者だけだ!お前は儀式無しに––––––」


「儀式か––––––。四大元素を手にすることにそのような行為を要するとは。…初めて聞いたな」

 戌丸の怒りを逆撫でするように瀧城はわざとらしくとぼけた言い方をした。


「糞野郎‼︎」

 大声と共に戌丸は駆け出し、瀧城へ迫る。

 同時に遥は動き出し、二人の中間に割って入りもう一度その剣を振りかざそうとする。だが戌丸より先にその遥と接触したのは氷華だった。

「––––––⁉︎」


 一瞬のことだった。


 思わぬ事態に遥は動揺する。銃を武器に闘う者が自ら接近戦を挑んで来るとは全く予想できなかった。レシーバーをクロスさせ自身の頭を護るようにして突っ込んで来る。反射的にその剣を右に振りかざしたが、体勢の整っていない遥は五メートル程後方に押し込まれた。


「––––––しまった…、瀧城様‼︎」

 氷華の丁度真後ろを駆けて行く戌丸。その怒りに満ちた瞳の先には刀を構える瀧城の姿。遥はその悠然と立つ姿を見つめるが、その視界はすぐに赤い幕に覆われた。

「額を撃ち抜けばどうなる。––––––生剣遣い」

 氷華は遥に一切の隙を与えること無く、右の銃口を額に押し付け、引き金を引いた。


 

 

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