魔物を狩る救世主

@TheFlash

第1話 失った日

 その日、僕は力を欲した。

「なに…これ」


 目の前で街が消える。


 見慣れた風景がなくなる。友達と遊びに行っていたショッピングモールがなくなる。


 世界が悲鳴を上げる。大地が形を失う、家、車、そして人が溶けていく。


 その光景は遠く離れたお化け屋敷から一望できた。


「怪物だ」


 隣の少年が声を震わせる。地面に座り込み、大きく目を見開いている。


 ソレは言葉にするなら形が不安定なもの。


 この日、ソレをみた人達は怪物、怪獣という認識しかできなかった。


 表面はゼリーのように透明で遠くの景色が同じ色に染まる程赤い。


 大きく体を震わせると細長い鞭のようなものが飛び出す。


 赤い一部が大地に触れた途端、音を立ててその部分が消える。


 ファンタジーの世界に出てくるような赤いスライム。


 怪物が通る先に残るものはなかった。全てが失われていく。


 全てが無へかえる。


 僕達はみていることしかできなかった。


「よっちゃん、みんなを連れてここから離れよう」


 彼は表情を変えず、口を動かす。


「逃げる?」


 言葉は震えていた。


 目の前のことを理解できていなかった。


「このままじゃみんないなくなっちゃう。いなくなったら終わりだ。安全な所へいけば見えてくるものがある」


「どうして…どうして、なっちゃんは冷静なんだ!」


 感情的な少年の言葉に少年は微笑む。


「冷静じゃないよ。よっちゃんがいなくなることが嫌だから動くんだ」


 家族と同じくらいもしくはそれ以上に僕は目の前の少年を大事に思っていた。


 だからこそ、生きてほしいと願う。


「そっか…凄いな」


 小さく息を吐いて僕は肩に手をのせる。


「よっちゃん」


「ここから逃げよう」


 逃げる、立ち向かう、目の前の状況を受け入れることが出来ずただ、ただ、眺めているだけ。


 それだけではダメだった。


 動き出そうとした時、彼らの前に降りて来る者があった。


 目の前で暴れているスライムと比べれば人としての形をしていた。


 白いローブのようなもので全身を覆っている姿は聖人を連想させる。


 血のように赤い目が僕達を一瞥する。


「ほぉ、生き残りがいたか」


 陶器のように白い口が動く。










「全員、死に果てるがいい。それがこれから滅びる者達の祝福となるだろう」












 全てが失われて僕は死んだ。







 親友も家族も住んでいた街すら奪われた。


 けれど、残ったものがある。


 魔物に対する激しい憎悪と大切なものを奪われた悲しみ。


 この日、俺は決めた。









――奴らを根絶やしにしてやると



























「ここは変わらないな」


 日差しが差し込む中、俺、宮本夜明は雑草が生えている道を歩いていた。


 季節は春、陽の光が降り注ぐ中で桜の花が舞う。


 十年間、誰にも手入れがされていない道は雑草が伸び放題。市の職員が訪れていない事も明白だった。


 俺はその道を早くもなく遅くもない歩みで進む。


 春だというのに頬や髪をなでる風はまだ冷たい。


「あいつら、寒がっていないといいな」


 坂道を上った所で目的地にたどり着く。


 鉄の柵から向こうは街の景色が一望できる小さな公園。


 春から夏にかけてはベストプレイスとしてこの街で住んでいる者しかしらない絶景の穴場。


 展望台にあるのは小さなベンチと一本の大樹。


 そこに先客がいた。


 陽の光で目を細める。


 数回の瞬きをして目が慣れてきた。


 輝くような銀髪、白い肌、それと同じくらい純白のワンピースと麦わら帽子をかぶっている。


 童話の絵本から抜け出したような美少女。


 俺はただ、彼女を見ていた。


――美しい


 同い年くらいの子なら可愛いという言葉が当てはまる所なのだが少女の持ちうる美貌はそれよりもさらに上をいく。


「…あ」


 景色を見ることに満足したのか振り返る。


 少女と目が合う。


 何かをしたわけでもないのに罪悪感が生まれる。


「すいません、邪魔をしてしまって」


「ううん、気にしないで」


 はにかんだ笑みを少女は浮かべる。


「綺麗なところだね」


「まぁ…穴場だから」


「そうなんだ。キミも景色を眺めに?」


「…ちょっと違う」


 自然と口が動く。


「ここで俺の友達が死んだ」


「え…」


「ごめん、忘れて」


 自分の愚かさを悔いた。


 見ず知らずの人間に何の話をしようとしているのだろう。


 話したところで何か変わるわけがない。


「私、少し前にこの街に引っ越してきたの」


 俺の話を聞かなかったことにしたのか、小声だから聞き取れなかったのかわからない。


 少女は景色を見ながら話を変える。


「そう…」


「綺麗なものがいっぱいだ」


「どこにでもある街だよ」


 展望台からみえる景色を眺めながら少女は微笑む。


「ううん、強い街だよ。だって一度“なくなった”のにここまで復興したんだから」


「そう…」


 目の前の少女は明るい。いや、眩しかった。


 長い時間、彼女と話すことに抵抗を感じていく。


「あ、私、そろそろいかないと」


 空を見上げていた少女が近づいてくる。


 距離が縮まる度に眩しさが強くなっていく。


「今度、近くの高校に通うの。もし会えたらまた話しましょう」


 そういって少女は去っていく。


 残された俺はゆっくりと大樹に近づいた。


「やっぱり、生きている人間は眩しいな」


 大樹に触れて呟いた。

























 この世界は一度、壊れた。


 魔物、そう名付けられた異形の怪物達によって世界各国は滅びの危機を迎える。


 多くの人間の命を食らい、文明を無へ返そうとした魔物だが彼らの侵攻は途中で止まった。


 唯一、魔物に対抗できる者達の出現。


 空間から刀剣等を精製して魔物を撃退する彼らのことを武器所持者、ホルダーと呼ばれる者。


 誕生の切欠は魔物に襲われそうになった少女を守るために父親が掌から武器を生み出して倒す。


 それがはじまりで次々と似たような力を発現させる者が現れた。


 魔物による世界侵攻はそれによって止められた。


 この事件を境に魔物が出現する度に彼らが出動、討伐する日々が続いていくことになる。


 この時の事件をはじめとして“魔害”と呼称される不安定な状況が残った。人類は魔害から身を守るためにある集団を集めて組織を生み出す。


 彼らによって世界は辛うじて安定を保っている。









 大樹の幹に花束を置く。


 街から見える景色は昔と大きく変わった。


 魔物によって建物のほとんどを失いながらも数年という長い年月の果てに超高層ビルが立ち並びつつも緑が繁栄している。


 昔と比べると近代化した街、いや都市といえばいいだろうか?


 多くの住民たちを保護するという名大で再開発された。


 変わり果てた場所で今も俺はここにいる。






「いつか、全てを壊してやる」

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