第24話IK-GA84187-7(後編)
シュウトが宇宙船に戻ったのは現地時間の16時過ぎ。船内に戻ったシュウトはすぐに宇宙船を出発させようとした。そうすれば明日の朝は違う惑星で過ごせるからだ。
だが残念ながらまだ荷物の積み込みが完了していなかった。遅れているみたいだ。
仕方が無いのでのんびりと時を過ごすことにする。夕食後お風呂に入り、その後にコックピットに行ってみると今度は積み込みが完了していた。シュウトはこの時間から宇宙船を動かすかどうか迷ったが、結局出発させる事にする。
そして夜中の23時過ぎに二人はベッドに潜り込んだ。ちなみに現在は亜空間を航行中で後三十分程で通常空間に出る予定だ。
ミルは抱きまくらをビニールから取り出すと、早速使ってみている。
今のポジショニングは自分→バーナン→ミルだ。
寝息は首筋に……かかっていない!
――よし!予定通りだ!
シュウトはちょっとだけ残念な気もしたが、それ以上に快適な睡眠が取れそうなことに心が踊った。シュウトは部屋の電気を消すと、目をつむる。今夜はぐっすり眠れるぞ……。
しばらくしたが、シュウトはいっこうに眠れそうになかった。今は亜空間を航行中なのだ。何もなければほっとけば次の惑星の宇宙港に着くのだが、シュウトの心臓はそこまで強くなかったらしい。
――まっいっか。あとちょっとで通常空間に出るし、それから眠れば。
そう思った時だった。シュウトの右肩の辺りの浴衣が強く引っ張られる。なんだ?と思ったが、ミルが怖い夢でも見ているのかもしれない。気にしないで放っておいた。
すると次はシュウトの右の首筋を生暖かい風が撫でる。
あれ?っと思いミルの方を振り向くと……ものすごく近くに顔があった。その顔は赤くほてり、額には軽く汗をかいている。シュウトの首筋を撫でていた風はいつもより湿り気を帯び、ミルの唇はどこか艶かしく怪しい光を放っていた。これは寝息というよりも……吐息。いやそれよりももっと……。
シュウトはミルの目を見ると、その目は半ばとろけそうな、でもどこかなにかをこらえているような。
そして次の瞬間……ミルはシュウトにのしかかった。
――え?ちょ……え?なに?
シュウトは軽くパニックに陥る。だがミルがその湿り気を帯びた体を押し付けてくると頭のなかが真っ白になる。そして……そのまま本能に身を……任せ……
ビー!ビー!ビー!
――通常空間まで30秒前……。
船内に通常空間突入のアラームが鳴り響く。
そしてシュウトもそこでハッと気が付くと、のしかかってきていたミルの体を無理やり引き剥がした。
――絶対におかしい!
シュウトは原因を必死で探す。そして抱きまくらのバーナンが目に入った。まさか!
シュウトはベッドから飛び降り、隣にあるパソコンからギャラクシーネットに接続し、バーナングッズのホームページを開く。
抱きまくら抱きまくら抱きまくら抱きまくら。あった!説明文の上の方から一気に流し読みしていくと、気になる文言が目に入る。
――甘い甘い誘惑の風。今なら50%増量中!
なんだこの誘惑の風って?シュウトはバーナン、誘惑の風で再度ネットを検索する。するととんでもない事実が判明した。
――誘惑の風。惑星IK-GA84187-7で最近開発された媚薬の一種。効き目が著しく禁止薬物に指定する惑星も増えてきた。なお女性にしか効果がない。
超危険物じゃねぇか!シュウトがそんな事を考えていると、突然後ろからミルが抱きついてくる。そしてシュウトはベッドに引きずり込まれた。そして汗でぬめりけを帯びたその体全体を擦り付けてくる。
そのあまりの気持ちよさにシュウトの理性も一瞬飛びそうになるが、反転するとミルを押さえつける。
ベッドに押し倒された形になるミルは、その潤んだ瞳でシュウトを見つめるとまぶたを軽く閉じた……。
……いや、今はそんなことをしている場合ではない!
シュウトはミルをベッドに残したまま、地面に落ちていたバーナンを拾い上げ、縦方向にダストシュートに突っ込んだ。だが長くてもはっとしたその体はなかなかダストシュートに入らない。
――クソッ!この!
バーナンは激しく抵抗を行ったが、力任せに何度も叩きつけるとついにダストシュートに押し込まれる。
その直後、絡み付こうとするミルをギリギリすり抜け、シュウトは部屋を飛び出すと、外側から部屋に緊急ロックを掛ける。そしてコックピットに向かって全力でダッシュをした。
コックピットについたシュウトの目の前には付いたばかりの恒星が広がっている。
電子パネルを操作し、物資→廃棄物→排出ボタンを連打した。
プシュー、プシュー、プシュー……という音が聞こえてきたが、ゴミが排出される気配はない。
「クソォ!なんでだ!」
激しく罵りながらボタンを連打する。
シュウトは焦りのあまり忘れていたが、本来であればゴミは圧縮させてから排出するものなのだ。圧縮されていないバーナンはダストシュートの途中に引っかかり、なかなか排出されない。
しかし、シュウトの思いが通じたのか、プシュー……という音とともについにバーナンが宇宙空間に放出された。
恒星に向かって徐々に遠ざかっていくバーナン……。
……フゥー……っとシュウト首をたれながら長いため息を付く。
――終わったか……。
沈黙がコックピットを支配する。
ゥウウ!ゥウウ!ゥウウ!ゥウウ!
突如として警告音が鳴り響くと同時に、船内に機械的な音声で警告のアナウンスが流れた。
「現在当船に恒星風が接近中です。乗員の方は衝撃に備えてください。繰り返します……」
なんだ?そう思っていると、鈍い衝撃が船内を襲った。
宇宙船コメットはエネルギーシールドによって保護されているため、すぐに船体にダメージを受けるわけではない。しかし、そんなシールドにも稼働限界があり、99%…98%…97%…96%と徐々にその残量が削られていく。
――クッ……。シュウトはフロントウィンドウを睨みながら歯を噛みしめたが、その目に信じられないものが写った。先ほど排出したはずのバーナンがこちら側を睨みつけながらエネルギーシールドに張り付いているのだ。紳士だったバーナンの顔が恒星風で焼けて、今は悪魔のような顔に変貌している。
シュウトは恐怖で全身の毛が総毛立った。
だが何もすることはできない。
シュウトは船内でバーナンとにらみ合いを続けるしか無かった。
――自分はコイツに……やられるのか?
気持ちが弱い方に流れそうになった時、目の錯覚かバーナンが揺らめいた気がした。
……いや、錯覚じゃない!よく見ると少しずつ弱っていっている!
時間とともに確実にバーナンの影が薄くなっているのだ。
シュウトは叫んだ。
――焼け!焼き尽くせ!……お前なんか燃え尽きちまえ!
そう叫んだ時、ふとバーナンの目が優しくなった気がした。オレの負けだと。
そして次の瞬間……バーナンは消滅した。
バーナンが完全消滅すると程なく恒星風は収まった。
エネルギーシールドの残量は残り13%……。
バーナン……恐ろしいやつだった……。
…………。
……彼は知らなくてよかったかもしれない。
彼の乗っている宇宙船のコンテナには、無数のバーナンが詰め込まれている事を……。
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