第21話Another story 04 ハート・オブ・フードファイター(後編)

 そして話は現在になる。「第877回惑星系大食い王決定戦」だ。

 今回の大会は全てがクソだった。

 まずは番組のプロデューサーがクソだ。今は大食いの人気自体が下火になってきている。人間は飽きる生き物だからだ。面白いものでも見続けていればいずれは飽きる。そして興味をなくす。時間が経てばそれがうすれまた面白くなってくる。それの繰り返しだ。今は人気が下がってきている時期だというだけの話だ。

 だが番組プロデューサーはみんなが飽きているからといって視聴率を取らなくて良いわけではない。視聴率が取れなければ自分が責任を取らさせる。その為視聴率を稼ぐために頭をひねり努力をするのだ。それはわかっている。だが今回のプロデューサーは最悪だ。


 まずは出される料理。今回の大会で出される料理は奇をてらった料理ばかりだ。油の塊やらどこぞやの臭い地方料理やら視聴者があ゛ぁーっとテレビの前で唸っているのが目に見えるようなそんなものばかりだ。まともな料理など一つもない。もうこの際番組名を「惑星系ゲテモノ王決定戦」にでも変えればいいんじゃないだろうか。フードファイターを舐めきっている。

 

 次に参加者。視聴率を取るためだろう。参加者に人間以外が存在している。それはパンダだ。品種改良されかなり知能の発達したパンダらしい。万が一コイツが優勝したらどうするつもりなんだろうと思っていたが、他の番組スタッフに聞いたところ、それは無いとのこと。まず番組を面白くするためにパンダのイメージは崩すなと言明を受けている。そのせいで大会中は常に竹を食べていないといけないらしい。……意味がわからない。だがパンダは無言でそれにうなずいた。そして優勝はしてはいけないという取り決めがある。決勝戦まで残った場合は適当に戦って負けるという取り決めだ。一言で言えば八百長である。……もはや言葉も出ない。


 プロデューサーとは関係なく参加者自体も最悪だ。オレは同業者を悪くいう気は無いが、一つだけ許せない行為がある。それは試合が終わった後に全部吐く馬鹿がいることだ。理由は様々だが大食いをしている中でこれほど不快な行動もない。吐くくらいなら最初から食うな。各大会に何人かそういうやつがいる。前回大会にも一人だけいた。

 だが今回の大会は特に酷かった。自分とあとパンダ以外の全ての参加者がそのタイプの人間だったのだ。第一回戦後のバックヤードは凄惨な事になっていた。参加を取りやめようかと思ったくらいだ。だがそんなやつらの誰かが優勝すると思うとそれはそれで虫酸が走る。自らのプライドに掛けて優勝してやると心に誓った。

 この時彼の心のなかには久しぶりに炎が宿っていた。それは光り輝く美しい炎ではなくドス黒い漆黒の炎だったかもしれないが……。


 2回戦、3回戦、準々決勝、準決勝と圧倒的な力を見せて勝利した。結局こんなやつら相手にすらならない。勝ち進むと共にバックヤードで吐く人数が減り、彼の炎も鈍り始めた。

 そんな中で番組プロデューサーが彼の怒りの炎に再び燃料を投下する。直前になって決勝戦のテーマを変更したのだ。

 惑星系大食い王決定戦の決勝戦のテーマは毎回決まってバナナの大食い対決だった。バナナはこの惑星系で最も繁栄している惑星アナナブの特産品である。そのため決勝戦はバナナの大食い対決が伝統だったのだが、今回は番組プロデューサーの鶴の一声で別の料理に変更された。長く続いてきたこの大会の伝統を、時のいち番組プロデューサー如きが気軽に変更してもいいのかも不明だったが、なによりも変更された料理の内容に怒りが湧いたのだ。

 その料理とは「レインボーオクトパスの釜茹で」。

 説明を受けた時の最初の怒りは、まず切りもしないでまるまる一匹が出されるということだ。タコにかぶりつけと?オレ達は動物か?底知れぬ怒りに拳を握りしめる。

 次の説明はこの料理は釜茹でになった後も三日間は動き続ける。だからよく噛んで食べて欲しいというものだった。食べ方まで指定されなきゃいけないのか。しかも釜茹でされた後も三日間は動き続けるだと?今大会でもピカイチのゲテモノだ。握りしめた拳に更に力が入る。

 最後にこの料理は放射能汚染されているため食前と念のため食後に放射能除去剤を飲んで欲しいと言うことだ。…………。もはや拳はプルプルと震えている。番組プロデューサーが後一言でも何かを言っていたら殴りかかっていたかもしれない。

 ――本気で出場を辞退してやろうか……。

そんな事を考えたが、決勝戦の他のメンバーをチラリと見るとその考えを改めざるを得なかった。

 一人目はギャルホネだ。こいつは今テレビで売出中であるタレント兼フードファイターといったところだ。ニコニコと笑いながらこれ美味しいとか言いながら、パクパクとものすごい量を食べる。しかもオレと同じく口が大きいらしく食べ方がキレイなため、お茶の間では人気が沸騰中だ。しかし裏では喉に指を突っ込んで全部吐き出しているため、手の甲には吐きダコがある。テレビの前ではニコニコ、裏ではオェー。オレが最もキライなタイプのフードファイターだ。

 そしてもう一人……いや一匹は例のパンダだった。どうやってか知らないが決勝戦まで残ったらしい。腐っても熊といったところか。しかもこいつは八百長で決勝戦には負けることが確定している。すると何をしようと自動的に優勝はギャルホネになる。この際こいつが優勝してくれたらそれはそれで痛快かも知れないが……まぁそれはしないだろう。

 ――これ以上フードファイトを汚されたくない。

オレは全力でこの二人を叩き潰すことを決意した。


「レインボーオクトパスの釜茹で!三十分勝負!よぉーい……」ボンッ!

 勝負が始まった。相手はギャルホネ一人。ギャルホネは胃袋の容量は小さくないが、食べるスピードに難があった。

 ――まずは先手を取る。

 なんだかんだ言ってこの勝負はオレに有利だ。なぜなら今回の料理はタコまるまる一匹だからだ。食べるためにはタコを噛み切らなければならない。このタコは思ったほどの弾力は無いが、それでもタコである。やはりアゴの強さが勝敗を左右する。……それにしても口に入れても動き続けるなんて……キショクわりぃもん食わせやがって。

 開始十五分の地点でギャルホネとはタコ約一杯の差がついた。これでいい。今回の戦いのマージンはタコ一杯だ。この差を保ち続ければ終盤でラストスパートをかけられてもしのぎ切れる。オレの勝ちだ。

 開始二十分過ぎ。会場がざわめく。司会者が慌ただしく目の前を通過し、ギャルホネの前で騒ぎ始めた。視線を送ると予想より早かったがギャルホネがスパートをかけている。あれほどちゃんと噛めと警告されていたのに丸呑みしてやがる。

 だがそこで自分が計算違いをしている事に気がついた。

 ――まずいっ!そうだ!コイツはどうせ吐くから無理して噛まなくても良かったんだ!

 一瞬焦り自分も丸呑みしようかという考えが頭をよぎった。だが今までの戦いの経験からすぐに冷静になる。

 ――いや。丸呑みしているということは、その分胃袋の容量がかさんでしまう。残り時間はあと十分。あのペースは最後までもたないな。つまり……今よりペースを上げる程度で最終的には逃げきれる。それでいい。


 そう思い視線を戻そうとした時……固まった。

 ――なに……が……おきた……?

 テレビのカメラや会場の視線は今ギャルホネに集中している。自分もギャルホネを見ていた。そして視線を戻す途中で見てしまったのだ。……おそらく自分だけが。それはあまりに現実離れした光景だった。

 ジャイアントパンダだ!今まで竹を食べ続けていたジャイアントパンダが全ての隙をつくようにして猛烈な勢いでタコを食べたのだ!食べ始めたのではない。食べたのだ!先程までは一杯も食べていなかったはずなのに、目の前にはもうタコはいなかった。その間一秒足らず。

 ――ありえない……。

 そしてジャイアントパンダは右手を挙げた。その時オレに視線を送り口元を僅かに歪める。まるでお前にこれが出来るか?とでもいうように。


 その時オレの心に何かが湧き上がってきた。最近忘れかけていた懐かしい感覚だ。この感覚は……なんだ?前に感じたのはいつだ?どこで感じたんだ?一瞬の思考の中で過去の様々な場面が脳裏に映し出される。不意に強い想いをもつ記憶が溢れ出してきた。

 最初に惑星系大食い王決定戦に参加した時。高校時代に地方の大食い大会に参加した時。中学時代に近所の大食いチャレンジの店でチャレンジをした時。そして小学校時代に隣のやつと給食の早食い対決をした時。

 ハッとする。これだ。この時の感覚だ。もう感じることがなくなって随分と経つ感覚。言葉にすればワクワクドキドキなどといった幼稚な言葉。……でもそれがオレの大食いの原点だ。人と競うことが楽しかった。店主の出す無理難題に挑戦することが楽しかった。そして勝利を手にする事が楽しかった。それだけだ。

 ――今はどうなんだ? 大食い大会にライバルはおらず、大食いチャレンジの店はチャレンジではなくなった。勝つのも当たり前だ。たいした目標もなくただ漫然と物を食べているだけなんじゃないのか?そんなオレにパンダは公然と喧嘩をふっかけてきた。……面白いじゃないか!

 彼の心に一陣の風が吹き抜けた。そして風が去った後にはチリ一つ無い澄み切った世界が広がっていた。

 そう。今の彼に欠けていたのは純粋に挑戦を楽しむ心だったのだ。

 気付いた時には彼は一心不乱に目の前の食べ物を喰らっていった。口に突っ込んでは、噛んで飲み込む。口に突っ込んでは、噛んで飲み込む。

 大食いの方程式などそこにはない。だがそんな単純な事がものすごく楽しい。彼は幸せだった。


 その後、この大会中にちょっとした事故が発生したため勝負の行方はうやむなになってしまった。だが彼にはそんな事はどうでも良かった。挑戦する楽しさを思い出すことが出来たからだ。

 ――旅に出よう。きっとこの宇宙にはオレなんかよりすごいやつがまだまだたくさんいるはずだ。


 こうしてカバヤ氏君の新たなる挑戦が幕を開けたのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る