第12話一日の終り

 お風呂から上がったシュウトとミルは、しばらくリビングのソファーでテレビを見ながらくつろいでいた。

 現地時間は現在午後の5時過ぎ。たまたまシュウトの暮らしていた惑星の現地時間とそこまで差がなかったため、シュウトは特に違和感なく時を過ごす事が出来ている。


 するとそこにアサンドがやってきた。

「シュウト様!タビタビ取り乱してシマイ、申し訳ありませんデシタ!」

「あっ、うん。大丈夫だよ。そういえばミルの事ちゃんと話さないとね」

 そう言うとシュウトは、ミルが宇宙船にやってくるまでの成り行きをアサンドに説明した。説明を聞いたアサンドは納得したように何度もうなずいていた。

「ソウいう事でシタカ!ワタクシとした事がとんだ早トチリヲ!」

 そしてミルに向かって自己紹介をする。

「ミル様、何度も大変失礼いたしマシタ。ワタクシは当船の家事ロボット、Rー3DO、アサンドと申します。コレからドウゾよろしくお願いシマス」

 右手を胸に当て優雅にお辞儀をした。

 ……そう、このロボット。真面目に働いていれば、どこぞやの執事の様に振る舞えるのである。


 挨拶を終えたアサンドは夕食の準備を始めた。

 そしてしばらくすると、ジュュューーー……という何かの焼ける音がリビングに広がる。

 ――うん、いい音だ。

 そう思ったシュウトは、隣でテレビを見ていたミルの肩をポンポンっと叩く。

「そろそろ晩ごはんだよ。向こうに行かない?」

 それを聞いたミルは嬉しそうにうなずいた。


 シュウトとミルはリビングの後ろにある、カウンターキッチンに備え付けられている椅子に座る。

 すると、ほわっ……っと肉と野菜の焼ける香りが漂って来た。

 カウンターキッチンの端の鉄板にはこぶし大のミンチにされた肉の塊が2つ、ジュージューっと油を弾けさせながら美味しそうな音を立てている。


 アサンドは一般的な家庭料理であれば大体の物は作れるようにインプットされている。目が飛び出るほど美味しいとかではないが、家庭料理としては文句のつけようのない物をだ。


 アサンドは冷蔵庫から野菜やタッパーなど幾つか材料を取り出して来た後に、鉄板の上の肉の塊を裏返して、その横にタッパーから取り出した人参のグラッセを置くと、それらに蓋をした。


 ――あ゛ぁ~……待ち遠しい……。


 その約十分後……。

 シュウトとミルの前には出来立ての料理が並んでいた。

 今日はハンバーグだ!

 ほっかほかのご飯と味噌汁。メインのお皿にはレタスやトマトにサウザンドレッシングがかかったサラダの横に、丸っこいポテトサラダが乗っていて、手前には肉厚なハンバーグと人参のグラッセの上にとろっと湯気を立てたデミグラスソースがかかっている。

 ――駄目だ……よだれが止まらない……。

「さぁどうぞ」

 ナイフとフォーク、そしてお箸がテーブルに置かれた。


 シュウトはミルと目を合わせると、小さくうなずく。

 そしてアサンドに向かって両手を合わせると、「いただきます!」と言ってナイフとフォークを手に取った。

 まずはハンバーグだろう!

 フォークをハンバーグの左端に刺し、その横にナイフをギュニュっと入れる。そしてスッと手前に引くと、中から肉汁がジュワァ…っと溢れでた。フォークに刺さったハンバーグに皿の上のデミグラスソースを更に絡めた後、あむっ……っと口の中に突っ込みむぐむぐと肉の塊を解きほぐしていく。今や口の中は肉汁とデミグラスソースの大洪水だ。

 シュウトは右手の武器を箸に持ち替え、茶碗を掴むとその大洪水の中に更にご飯をかきこむ。

 カッ、カッ、カッ、カッ……。

 むぐむぐむぐむぐむぐ……。

 そこで左手の装備を茶碗からお椀に持ち替え、

 ジュズゥゥゥー………ゴクンっ。

 …………。

 フゥ………。

 ミルの方を横目で確認すると、彼女もまた幸せそうにモグモグと食事を楽しんでいた。


 シュウトは幸せな人生を歩むのに、美味しい食事は不可欠だと思っている。

 美味しい食事を食べている人の全てが幸せな人生を歩んでいるかは分からないが、美味しい食事を一心不乱に食べているその瞬間は間違いなく幸せである。これはきっと誰がうなずかなくとも、五郎さんだけはうなずいてくれるだろう。


 この後もシュウトとミルは食事を楽しんだ。

「美味しかった?」

 聞く必要も無かったかもしれないが、食後にシュウトはミルに聞いてみる。

 するとミルは朗らかな笑みを浮かべると、コクリとうなずいた。


 その後、夜の11時過ぎまでリビングでダラダラした後に、シュウトとミルは自分の部屋に向かった。

 そしてミルの部屋の前で、「おやすみ」と言って自分の部屋に戻ろうとしたシュウトだったが、部屋の前で不安そうな顔をしたミルに服の裾を引かれてしまう。

 ――いや、薄々こうなりそうな気はしていたんだけど……。

「もしかして……一緒に寝たい……とかだったりする?」

 ミルはシュウトを上目遣いで見つめると、コクリとうなずいた。

 ――まぁもうお風呂とか一緒に入っちゃったし……いっか。

 シュウトはミルを部屋に招き入れた。


 ――ふぅ……今日はいろいろあって疲れたな……もう寝るか。

 そう思ったシュウトはミルのために押入れから予備の枕を取り出して、そのままベッドに向かった。

 ちなみにシュウトの部屋も含めて、この船にあるベッドは全てキングサイズである。だからミルと一緒にベッドに入った所で、無理やり体を密着させなければならない状態にはならないのだ。


 シュウトは枕をベッドの上に置くと、ベッドに身を投げだした。

 ばふっ……。

 そしてベッドに顔を擦り付けると、ん゛ん~…っと唸った。

 ――気持ちいい……。

 シュウトはベッドの奥の方へ移動し、ミルの方を振り返ると、「じゃあそっち側使っていいからね」とベッドの入口側の方を指差した。

 そしてベッドの中に潜り込む。

 するとミルもおずおずとベッドに入り込んできた。

 シュウトはベッドの上にある、照明のスイッチに手を掛けると、「じゃあおやすみ」と言って、パチッと電気を消した。

 シュウトは真上を向いたまま……ゆっくりと……目を閉じた……。

 ……すると、ミルの居る右側の方からゴソゴソっと音がして、クッ…っとシュウトの右肩の辺りの浴衣が引っ張られる。

 ん?っとシュウトが右側を確認すると……。

 ミルがシュウトの浴衣の右肩の部分を両手で掴みながら、こっちをむいて目をつむっていた。

 …………。

 ――いや、近いって。

 …………。

 ただ抗議をする訳にもいかず、なんとなく時が流れる。

 …………。

 ……フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……。

 どうやらミルは寝てしまったらしい。


 1人だけ緊張をしているのも馬鹿らしくなったシュウトは目をつむり眠ろうとする。

 ……フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……。

 目をつむり眠ろうとしたが……。

 ミルはシュウトの至近距離で眠っているのだ…。

 ……フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……。

 そして何よりも問題なのが…

 ……フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……。

 さっきっからミルの生暖かい寝息がシュウトの右肩を経由して、彼の首筋を愛撫し続けているのである。

 ……フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……。

 …………。

 ……フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……。

 …………。

 ……フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……。

 …………。

 …………。

 …………。


 ――眠れない!!


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