第11話初めての混浴
シュウトとミルはお風呂場に入った。
風呂に入る前にまずは体を洗えと教えこまれてきたシュウトは、入って左側の壁沿いに並んでいる洗い場に向かう。五つある洗い場の入り口から四つ目の洗い場の椅子にシュウトは腰を掛け、なるべく見ないようにその隣の真ん中の洗い場にミルを促した。
シュウトは洗面器にお湯を貯めるとバシャバシャっとまず顔を洗う。
ふぅー…いろいろあったけどまぁなんとかなりそうだ。
お湯の入った洗面器にタオルを入れてゴシゴシこすっていると、隣からザァー…という洗面器にお湯を入れる音が聞こえた。反射で振り向きそうになるが、目の左端に肌色の物体のもやが写った所で顔を戻す。
バシャバシャバシャバシャ……シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ……。
体を洗っているのだろうか?自然と神経は耳に集中する。
シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ……。
石鹸は自分と同じものを使用しているはずなのに、なんだかいつもより甘い香りが漂ってくる……気のせいかな。
シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ……。
…………。
駄目だ!
シュウトは頭を軽く振ると、自分の体を洗うことに専念することにした。
バシャバシャバシャバシャ……。
頭も洗う。
カシュカシュカシュカシュカシュ……。
そしてシャワーで一気に流す。
シャワァァァァァァー……。
泡が流れ落ちるとともに、身も心もスッキリした気がする。
「じゃあ先に入ってるね」
シュウトはミルがまだ体を洗っている最中に席を立ち、急いで後ろにある内風呂に入った。彼が急いだ理由は、身も心もスッキリしていたが、約一箇所すっきりしていない場所があったからだ。もしミルが先に席を立っていたら、彼は席を立つことが出来なかっただろう。
ドボンッ……、とお湯に浸かると体の緊張が一気に開放される気がする。やっぱりだいぶ気を張っていたのだろう。
ハァー…………。
ミルが不安がらないように、シュウトは洗い場から一番近い場所に腰を下ろしていた。後ろでシャァァァァァァー…っというシャワーの音が聞こえる。
そしてシュウトがお風呂に入ってからそれほど時間が立たないうちにミルがやってきた。
あれ?あれでも自分、結構急いで洗ったんだけどなぁとか考えていると、ミルがシュウトのすぐ右側に入ってくる。
シュウトがミルの方を見ると目が合った。その目は今にも不安で押しつぶされそうな目だ。
……えっ?洗い場で一人になっただけでも…不安なんだろうか?
そう考えているとミルが更に近寄ってきた。シュウトの肩とミルの肩が……僅かに触れる……。その後ミルは、自分の左手をおずおずとシュウトの右腕に軽く重ねた。
よっぽどなんだな……っと思ったシュウトは、横目でミルを見ながら左手でミルの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ。僕はここにいるから」
ミルは一度、ビクッ……と肩を震えさせたが、その後は特に抵抗をすることもなくそれ受け入れた。
そこでまたミルと目が合う。その目にはもう不安の色はなく、恥ずかしそうに上目遣いにシュウトを見つめていた。
怯えた子供の目が年頃の少女の目に変わった瞬間、シュウトの息子が喝采を上げた。
水面下で何かが動いたのに気付いてしまったミルが、シュウトの足元を見る。水面が揺らめいていたためはっきりとは見えなかったが、何か少し暗い肌色の魚の様なものがシュウトの股の隙間に寄り添っていた。ミルは目を細めてそれをじっくりと見てしまった。
そして実際には見たことはなかったが、ミルはそれを知識の中の何かとひも付けてしまう。
バシャッ!……という音と共に、ミルが背中を丸め、両手で体を隠すように縮こまってしまった。
…………。
――いや……生理現象だし……どうすればよかったの?……。
そこでシュウトはあることをひらめいた。
数分間、息子が疲れて元気をなくすのを待つ。
そしてタイミングを見計らい、こう切り出した。
「外に露天風呂があるんだけど、そっちに行かない?」
ミルは振り向いて少し潤んだ目をシュウトに向けると、小さくうなずいた。
シュウトとミルは内風呂から上がると、入り口から一番遠い洗い場のすぐ横にある、ガラスで出来たスライドドアから外に出る。もちろん外と言っても宇宙ではない。
一階の風呂場は内風呂と露天風呂のニ種類があり、お風呂場のスペースの半分くらいの所で部屋が分かれている。
そのもう一つの部屋に入ったのだ。
では何故露天風呂なのか。
それはこの部屋の上と正面、そして左右の壁が二階のリビングの天井と同じく、超リアルビジョンのスクリーンで出来ているのだ。しかも現在映しだされている映像により、温度、湿度、風、音、そして匂いが自動で管理されるように制御されている。もちろん、部屋にあるお風呂用のコントロールパネルから手動で変更する事も可能だ。
ちなみにこの部屋の改装費用は、船全体の内装の改装費用の半分以上を占めている。まさにシュウトの父親こだわりの部屋だ。
シュウトがミルを露天風呂に連れてきたのには二つ理由があり、一つ目は場の空気を変えるため。正直あの空気のまま二人でお風呂に入り続けていたとしても、気まずさで疲れてしまっただろう。
もう一つは、この露天風呂のお湯はにごり湯になっているのだ。これでいろんな物が見えてしまい気まずくなることもなくなるだろうという考えだ。
ちなみにこれもコンピュータで制御でき、お風呂の色や香り、効能など様々なものを好きな様に変更出来る。
……とりあえず後で内風呂もにごり湯に変えておこう……そう思うシュウトであった。
「どう?この部屋。すごいでしょう?」
シュウトは木製の通路の手すりに両手を掛け、後ろにいるミルに声を掛ける。
ミルはシュウトの左側に立つといろいろと隠すのも忘れ、シュウトと同じように手すりに両手を掛けると、目を丸くして景色を見渡した。
現在映しだされている風景のタイトルは、”夏のプロヴァンス地方地中海の風とともに”。ちょっと美味しそうなタイトルである。
ここの時間の設定は通常の十倍の速さで進んでおり、約二時間半で一日が経過する。現在は夜中の十二時の設定だ。
空は満天の星空で、その下には地中海が広がっている。左右には砂浜が続いていて、その向こうの建物らしきものからは、光が漏れ出していた。波の音が聞こえる……。ほんのりと潮の香りがする柔らかな風が時折二人を包んでは通り過ぎていく。夏の夜ではあったが、やはり少しだけ肌寒かった。
「冷えちゃうからとりあえずお風呂に入ろう」
シュウトはミルを促すと、右側の階段から少しだけ下に降り、その前にある露天風呂に入った。
トポンッ……ん……はぁ~……
…………。
やっぱり露天風呂は格別だった。景色が良い上に外が肌寒いため余計に気持ちよく感じるのだ。
バシャバシャっと顔を洗っていると、ミルも続いてきてシュウトの左側に入る。そこで落ち着くのかと思ったら、シュウトより少しだけ前に入り、シュウトに少し赤くした顔とキラキラとした目を見せたかと思うと、右手でシュウトの左手首を掴み、クイックイッ……っと引っ張った。
シュウトはミルが何を言いたいのか理解して、お風呂に浸かったままジャブジャブとお風呂の反対側まで進んだ。
反対側まで付くと、ミルは正面の画面を見ながらお風呂のヘリに両手を乗せて、その景色に見入っていた。
ミルの頬をフワッっと風が撫でる……。彼女はその方向に手を伸ばしてみるが、その手が壁に触れることはなかった。
シュウトの父親いわく、お風呂と壁との距離は八十センチがベストだ!……らしい。近すぎても遠すぎても良くないとの事。実際すぐそこには壁があるはずなのに、シュウトはいまだにその境界がわからなかった。本当に良く出来ている。
シュウトは腕を組むとお風呂のヘリに両肘を置きその上に顎を乗せると、ミルと同じように景色を眺めた。
時間の流れが……ゆっくりと……進む……。
それから数十分はたっただろうか。
この部屋に入った時は夜の設定だったが、今は朝日が二人を照らしていた。
ミルがゆっくりとシュウトの方に顔を向ける。
「満足した?」
シュウトが聞くと、はにかむ様に微笑んでコクリとうなずいた。
シュウトはたった今気付いたことがある。それは今、心の底から安らげているという事だ。
住み慣れた星を離れまだ見ぬ遠い地を目指し旅に出る。これほど心が踊る冒険もなかなか無いだろう。
しかし大きな期待感という膜に覆い隠されて、小さく押し込められていた不安感。それは消えたわけではなくシコリの様になり、やはり心の奥底に存在し続けていたのだ。
だが先程から無邪気にはしゃいでいるミルを見ているうちに、そのシコリの様なものはどこかへ行ってしまった。どうやら嘘の無い人の笑顔というものは、それだけで人の不安消し去ってくれるものらしい。
――こんな事アサンドには絶対言えないな。
そんな事を考えながら、シュウトはミルと出会えたことを、心から神に感謝するのであった。
尚、シュウトはこれから毎日ミルと一緒にお風呂に入ることになる。……全く羨ましい限りだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます