第10話予想外の展開(後編)

 アサンドがどこかに行ってしまったので、結局二人は自分で着替えを取りに行く事にした。

 まずはシュウトの部屋に行き、浴衣と下着をとり、そして靴をサンダルに履き替える。今日はもう外出しないつもりなので、船内用のラフな格好で問題ないのだ。


 次にミルの部屋に向かう。部屋の押し入れの中を探すとミルに合いそうなサイズの浴衣が見つかった。

「サンダルに履き替えたほうが楽だよ。そこにあるから。それじゃあ外で待ってるね」

 そう言って部屋の外に出ようとすると、ミルに引き止められる。なに?下着も一緒に探していいの?


 ここまで一緒に行動をしてきた中で気付いたことがある。この娘は一人きりになることを極端に嫌がるのだ。ずっと服の裾を掴みながら付いてくるし、部屋の説明とかをしていた時も、ちょっとでも距離が離れると駆け寄って来た。しまいには一緒にお風呂に入ろうというのである。ミルは16歳の女の子だ。この歳の女の子が出会ったばかりの男と一緒にお風呂に入りたがるなんて、普通ならまずありえないだろう。

 原因は……やはり家族に捨てられた心の傷からだろうな。家族に捨てられ、奴隷に成り下がり、いつどこでだれに買われ、その後どうなるのかも全くわからない。しかも、どう転んでも良い未来が待っているとは思えない状況で何日も過ごしてきたのだ。並大抵なストレスでは無かったのだろう。現に声も出なくなってしまっている。

 そこに人の良さそうなアホがやってきて、自分を奴隷から開放してくれたのだ。

居場所も提供してくれるという。すがり付きたくなる気持ちもわからなくはなかった。

 ――いや、分かるわけないな。分かった気になるのは彼女に対して失礼だろう。


 シュウトは「わかった」と言うと部屋の中に戻り、なるべくミルの方を見ないように彼女が下着を選ぶのを待っていた。

 今、後ろではミルが奴隷商人から買った服の袋を、ゴソゴソ……と漁る音が聞こえている。

 あさっての方向を見ながらおとなしく待っていると、ファサ……っという音とともに首筋にそよ風が当たった。袋を倒してしまったのだろう。振り向こうとしたが、それはどうなんだろうと、思いとどまった。

 しかし、途中まで振り向きかけてしまったために足元に何かが落ちているのに気付いてしまう。

 シュウトは何気なくそれを拾った。白くてこぶし大の大きさの丸まった布の塊である。

 そして特に何も考えずそれが何かを確認してしまう。布の端らしい場所を両手で持って横に広げる。すると、ファ……っという音とともにそれは広がった。

 パンツだ。白くて薄めの生地の紛れも無いパンツだった。

 そしてシュウトはすぐにそのパンツの違和感に気づく。そのパンツの中央部にパックリとした切れ目が入っているのだ。思わず両側を指でつかみパカパカと確認してしまう。間違いない。

 ――そういえばあの奴隷商人……何か言ってなかったか?

 頭の中に奴隷商人の声が再生される。

「服の方はちょこっとサービスしといたから……まっ楽しんでな……」


 …………。

 ハッと気づくと、ミルがその行動を横で眺めていた。右手には何かを持っているため、おそらく選び終わったのだろう。

「あっ、落ちてたよ」

 シュウトは慌ててミルにその下着を渡した。

 その時一瞬ミルの目を見たが、非難してくる様子では無かったが、若干潤んでいた。

 ミルは右手でその下着を受け取ると、胸の前に持って行き左手を軽く添えて少しの間それを眺める。そして、意を決したように左手に持っていた下着をベッドの上に置くと、シュウトが渡した下着を左手に握りこんだ。


 ――……違うよ!そういう意味じゃないよ!

 焦ったシュウトは適当な言い訳をした。

「その下着不良品みたいだから違うのにしたほうが良いと思うよ!何か変な場所破れてたし!」

 自然と大きな声が出てしまう。

 ちなみに下着の業者さんに謝罪をするとすれば、あれは決して不良品ではない。むしろ完成形だ!でもあれをミルにはかせる訳にはいかないのだ。


 ミルは少しホッとしたように頷くと、先程まで持っていた下着と交換するともう一度うなずいた。

 ある事実に少しだけ戸惑ったが、

「あっ、うん。じゃあ行こうか」

と言ってお風呂場に向かった。

 シュウトが戸惑った事実とは、えっ?ブラジャーは?というものだ。だが袋をちらっと見た感じではそれらしい物は入ってなかったし、この星ではそもそもブラジャーを付けないのかもしれない。

 惑星ごとに文化とは違うものだ。


 お風呂場の更衣室についた。

 そこでシュウトは立ち尽くしている。

 なぜって……。

 更衣室は一つだ。つまり二人共横で服を脱ぐのである。

 とりあえずバスタオルとタオルを2枚づつ取ってきて、「好きに使ってね」と片方づつをミルに渡す。

 そして……。

 …………。

 ――ええい、ままよ!

 シュウトは、バサァッ…っと上に来ている服を脱ぎ捨てた。

 フゥ。

 横を見るとミルがそれを眺めている。


 ここで服を脱いでね!と僕は言うのだろうか?

 …………。

 もう少し言い方を考えよう……。

 そして、導き出した答えはこれだった。

「脱いだ服はあっちのカゴに入れてね。後でアサンドが洗濯してくれるから」

 うん、我ながら完璧だ。

 ミルはコクリとうなずくとシュウトに背を向け上の服をスルスルと脱ぎ始めた。慌ててシュウトも目をそむける。

 彼女が後ろを向いている今がチャンスだろうと、ババッっと下の服も脱ぎタオルをグルっと巻きつけた。フッ華麗な早業だったな……とかなんとかどうでもいいことを考え少し待っていると、後ろから肩をトントンっと叩かれた。

 準備がととのったのだろう。


 後ろを振り向くと……ミルは左手に持ったタオルで局部を隠しながら右手で申し訳程度に胸を隠していた。顔は若干赤みを帯びていて、そこには何もないであろう斜め下の方向を見ている。

 ――この娘……タオル巻かない派……か……。

 そして着痩せするタイプだった……。

 シュウトの腰に巻かれたタオルに、突如として巨大なピラミッドが建造される。古い言い伝えに残る世界の7不思議の一つだ。ピラミッドもきっとこうして建造されたのだろう。……違うか。


 シュウトは慌ててミルに背を向ける。

 …………。

 ミルは反応らしい反応はしなかった。おそらく見ていなかったのだろう。

 ――クッ……まぁ、とりあえずミルに対してこの角度をキープしていればなんとか隠し通せるはずだ。

 シュウトは、ポジショニングを微妙に修正していく。

「じゃあ行こうか」

 いつまでもここにいても良いことは無いと思い、お風呂場に行こうとした時、ミルはいつもの様にシュウトの服の裾を掴んだ。

 ……いや。

 今は服を着ていないから掴んだのは腰に巻いたタオルだ。そして、巻いてあるタオルはあんまり掴んで良いものではない。

 パラッ……。

 ……こうなるからだ。


 シュウトのヒップがミルの門前にさらされる。

 そんなに鍛えている訳ではないので引き締まった見事なヒップとは言えないが、まぁ普通の人はこんなもんだろうという程度にはプリっとしているつもりだ。

 ミルが一瞬固まる。そして、顔を真赤にするとしゃがみ込んで両手で顔を抑えた。

 その右手に持って顔に押し付けてるタオル、さっきまで僕が腰に巻いていた物だよ……とは決して言えなかった。

 振り向いてタオルを取りに行くわけにも行かなかったので、シュウトはそのままの状態で少し待つ。

 そして、ミルがほんの少しだけ落ち着きを取り戻したと思われた瞬間に、

「よかったらそのタオル。返してもらってもいいかな?」

と顔だけ振り向いた状態で声をかけた。

 ミルは慌ててタオルを渡すとまた両手で顔を隠す。

 シュウトは後ろ手でタオルを受け取ると、全力で手を上げている息子の手を無理やり下げ、タオルを巻き直した。

 そしてもう一度だけ振り返ると、出来るだけ優しげな声でミルにこう言った。


「腰のタオルは……掴まないほうがいいかな」

 ミルは真っ赤な顔をして両手で顔を隠したまま、小さくコクリとうなずいた。


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