第6話Another story 01 人を売る者

 私はとある惑星で奴隷商人をしている。人が仕入れてきた奴隷を市場で売りさばく仕事だ。

 この仕事を始めるにはある程度の信用やコネといったものが必要となり、私自身のそういったものは親から受け継いだものだ。


 そんな親の仕事をついでから約20年、いろいろと学んだ事がある。


 一つ目は愛想よく。

 これは言うまでも無く商売の基本だ。少なくとも自分であればブスっとした店主がいる店よりも、愛想が良い店主の店に顔を出す。


 二つ目は誠実に。

 移動しながら詐欺まがいの手口で商売をする者にとっては当たり前では無いかもしれないが、店を構えてその地で商売をする者にとっては多分基本だろう。適当な事を言い立てて一時的に売上を上げる事は出来るかもしれない。

 ただそういったことを続けていくと、次第に信用を失いやがて誰にも相手にされなくなってしまう。

 昔同じ市場で奴隷商をやっている男がいたが、強引な手口で奴隷の販売を行った結果、悪い噂が広がり、結局この市場での居場所を失ってしまったのだ。


 そして三つ目は必要以上に商品に感情移入をしない事だ。

 これは生き物を販売にしている者にとっては必要な事だと思っている。

 中には、そんな事は言う奴はただの弱虫だの卑怯だのという奴もいるだろう。

 だが現実問題はそんなに甘くない。

 奴隷を養うにしても食事代がかかるし、入れておく檻も無限にあるわけではない。値段を安くすれば売れるのではと考えるかもしれない。こちらも多少の譲歩はする。しかし必要以上に譲歩をすれば、今まで奴隷を買ってくれた人達に申し訳が立たなくなり、結局それは信用を失う事につながってしまう。

 それでは売れなかった奴隷はその後どうするのか?

 簡単である。

 廃棄処分だ。

 もちろん彼自身が処分する訳ではなく、国に引き取ってもらう。

 国に引き取られた奴隷はどうなるのか。……まぁいろいな噂は聞くが、長生きしているものは居ないだろう。

 商売を引き継いだばかりの頃は彼もなんとか出来ないかいろいろと悩んだりはしたが、結局はどうにも出来なかった。彼は慈善事業をしている訳では無いからだ。

 可哀想だと思う気持ちは次第に薄れ、どうでも良くなってくる。

 奴隷になるやつが悪いのだと。


 そんなある日、宇宙港の方角からのんびりと歩いてくる青年を見つける。見た感じ優しそうな青年で、着ている服はそれなりのものだが地元の物では無い。それでいてこんな昼間っからのんきに散歩を楽しんでいるのだ。

 彼の直感が告げる。あいつは金になる……と。


 彼はいつも通り愛想よく声をかける。

 相手は一瞬戸惑った素振りを見せるが、こちらと会話をする意志はあるようだ。

この手の人間には、とにかく実物を見せるに限る。

 多少強引だったかもしれないが、とにかく彼を商品のある場所まで連れて行く。するとやはり戸惑っているようだったが、やがて奴隷達を見始めた。

 彼は適当に商品の紹介をする。ただ正直ここでの説明には意味は無い。場を持たせるために適当に喋っているだけだ。


 すると青年は一つの檻の前で足を止める。彼が見ているのは数日前に仕入れたばかりの若い女の子だ。やはり若い男だからそっち系に興味が有るのか?そう思い少し下世話な話で探りを入れてみる。

 すると少しは反応があったものの、あまり食いつきが良くない。

 ――はずしたか?

 すると青年はこの少女が何故奴隷になったのかと聞いてくる。彼はこの少女に関して今覚えている事を簡単に話してみると、青年は軽くショックを受けているようだった。

 ――なるほど。

 よし、この方面でつついてみるか。

 この国の奴隷制度に付いて簡単に説明したうえで、中でも彼女が可哀想な経緯でここに来てしまったことを説明する。もちろん本当の事だ。……まぁ、より可哀想に聞こえるように工夫はしてみたが。

 そして最後にそんな彼女に救いがあるとすれば……と、一つの道を示す。

 青年は少し考えた後、値段を確認をしてきた。

 かかった!

 彼は青年に金額を掲示する。妥当な価格をだ。この青年に駆け引きは必要無いだろう。

 少し悩んだ後、青年はその金額を飲んだ。

 取引成立だ。その場で銀行に金が振り込まれる。

 それを確認した彼は、ホッと胸をなでおろした。今回は特に揉めることもなくスムーズに商談が進んだためなんとなく気分が良い。


 すると青年はいきなりこの奴隷を開放したいと言い出した。

 ――何言ってんだコイツは?

 今売った奴隷は妥当な価格ではあったが、それは決して安い金額ではない。一般人であれば数年程度仕事をして初めて得られる金額だ。

 それを目の前の青年は開放すると言い出した。

 思わず本音が出てしまう。

 すると青年は、少女を親元に返したいというような事を言った。

 まぁ気付いてはいたが、間違いなくこの星の人間ではない。

 彼は青年に、ここで開放するのは自由だが、彼女をここで開放してもろくな人生は送れないことを説明した。


 実際に過去に一人だけ同じような事を言ってきた客がいた。

 その客も同じように若くて可愛い少女を金を出して奴隷から開放した。

 彼はさぞ満足だっただろう。極悪非道な奴隷商人から可憐な少女を救い出したのだ。

 そして満足した彼は去っていった。

 開放したばかりの少女をそこに残して。

 その後の少女の人生は、奴隷商人の彼からしてみても胸糞の悪いものだった。

 行くあてのない少女は生きるために自分の体を売った。何人もの男を相手にして、気付いた時には妊娠していたという。それでも体を売らないと生きていけなかった少女は体を売り続けた。

 彼が最後に聞いた話では、少女どこかの路地裏で複数人に暴行された挙句殺されていたという。

 どっかの金持ちの玩具にでもなっていれば、少なくとももう少しは長生き出来ただろうに。


 またこの手の輩か……と彼はうんざりした。

 しかし、この青年は自分のしようとしている事を理解したらしい。

 無知ではあったが、馬鹿では無かったようだ。

 そして謝罪をしてきた。自分が甘かったと。

 正直もう取引は完了していたため、青年が少女をどうしようと青年の自由であった。それでも前の少女の事を考えると、彼は少しだけ嬉しい気持ちになる。

 そして青年は少女に聞いた。

「僕、いま宇宙船で旅をしているんだけど……一緒に来る?」

 少女はそれを受け入れる。


 ――宇宙船で旅をしている?

 そんな事が出来る人間は、何か特殊な理由があるか、よっぽど金持ちの家のボンボンである。そして青年は少女を奴隷から開放し、友人として共に行くと言った。


 奴隷に未来への希望などといったものは無い。ただひたすらに使われて、気付いた時には死んでいるだけである。

 だがそんな奴隷の中に、ごくまれにではあるが、その辺で暮らしている一般人よりも大きな幸せを掴むものがいる。

 少女がこの後どのような人生を歩むのかは分からないが、きっとそんなに悪いものでは無いだろう。


 自分は必要以上に商品に感情移入をしたりはしない。


 ――だが今日は久しぶりに旨い酒が飲めそうだ。


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