第5話DO-08N3-1(後編)

 身長は150cmくらいで少し痩せ気味だが、黒髪のショートヘアーが似合っている女の子だ。年齢は15,6歳といったところか。

 他の奴隷は何かを諦めてしまっているのか目が死んでいる者がほとんどだったが、その少女の目は怯えきっていた。目が合うと檻の奥の方に隠れてしまう。もちろん檻の中に隠れる場所など無いのがだが……。


 それに気づいたのか、奴隷商人が下衆い声で話しかけてくる。

「おっ、兄さんイィ趣味してるねぇ。その子はつい先日入荷したばかりでね。なかなか可愛いし――」

と言った所で、奴隷商人はシュウトの耳に顔を近づけ、最上級に下衆い声で続けた。

「たしかまだ未使用だよ」


 ハッキリ言うが、シュウトは悪では無いが正義の味方でも無い。20歳の普通の男である。思わずドキリとしてしまった。でも、だからといって奴隷を買う気にはなれない。

 ドキリとしてしまった心をごまかす為に、シュウトは奴隷商人に話しかける。


「この娘はなんで奴隷になってしまったんですか?」

 奴隷商人は先程の下衆い顔から考える顔になり、

「んん~、そんなに特別な理由じゃ無かったと思うよ。確か……その娘の家の一帯の畑が今年凶作で、下手したら冬を越えられないから両親に売られたとか……そんなんだったかな?」

と言い、続けてシュウトの顔を見ながら困ったような笑顔でこう言った。

「そんな事、この国じゃよくあることだよ」


 少なからずショックを受けて少し気落ちしてしまったシュウトは、もう一度少女の方を眺める。少女は相変わらず檻の隅のほうでしゃがみこんで怯えていた。

「だけどまぁ、他の奴らに比べたら可哀想だよなぁ。この国じゃあ奴隷になる奴は親に売られるか、借金で奴隷なるか、犯罪を起こして奴隷に落とされるかとかそんなもんだからなぁ。少なくともあの嬢ちゃんの場合は自分のせいじゃねぇ。まぁ何が悪かったって聞かれたら、運が悪かったとしか言えねぇからなぁ。ついでに言うならあの嬢ちゃんは親に売られた時のショックで、しゃべる事が出来なくなっちまったそうだ」

 …………。

 シュウトは何も言えなくなってしまった。

 彼女と比べるまでもなく、シュウトは幸福な家に生まれることが出来たと思う。お金が無くて親に売られるとか想像すらできない。

 ……自分に何か出来ることはないだろうか?


「あの嬢ちゃんに救いがあるとすりゃあ、出来るだけマシなご主人様に買い取ってもらう事ぐらいだろうな」

と言うと、シュウトの方をチラリと見た。

 シュウトは奴隷商人が何を言いたいかを理解する。確かに既に奴隷になってしまった彼女を救うにはそれ以外に方法が無いのかもしれない。

 だが奴隷を買うとかそんな事が許されるのか?自分がそこまでする必要があるのか?悩んだが答えが出ない。

 そこで彼は聞くべきことがまだ残っている事に気がついた。

「彼女を開放するには……いくら必要なんですか?」

 シュウトが聞くと、奴隷商人はフッと笑う。

「値段か?そうだなぁ。兄さん良い人そうだし…そうだな、500万コスクでいいよ!本当なら倍はするんだが、まぁしゃべれねぇしな。この辺が妥当だろ?」


 シュウトには奴隷の相場なんかわからなかったが、人一人の値段にしては安い気がする。それにシュウトには現在貯金が1000万コスク以上あり、決して払えない金額ではなかった。

 ……だが……しかし……。

 まだ答えが出ない……。

 まだ答えは出ないが……一つだけ確実なことがあった。

 もしここで彼女を見捨ててしまったら、一生後悔するだろう……と。

 この先ずっと心のどこかに罪悪感を背負いながら生きていかなければならないだろうと……。

 そんな状況が自分に耐えられるだろうか?

 ……無理だ。

 そう。払えない金額なら問題がなかった。どうやっても自分には救えなかったのだからしょうがないと考えることが出来る。

 でも確かにかなりの高額ではあるが、一瞬でも払うことが出来ると考えてしまった時点でシュウトに選択肢など無かったのだ。

 シュウトは決断した。

「……わかりました。500万コスクですね?お支払いは振り込みで大丈夫でしょうか?」

「おぉ!豪気だねぇ!それでこそ男だ!」

 奴隷商人はシュウトの背中をポンポン叩くと、支払先を教えてくれた。

 シュウトはポケットに入れていた携帯端末を取り出すと、その口座に振り込みを行う。


「……よし!取引成立だ!ちょっと待ってな!」

 そう言うと、奴隷商人はガチャガチャと檻をあけ、少女に向かって少し荒々しく声を掛けた。

「おいっ!そこの嬢ちゃん!こっちに来い!」

 すると檻の奥で怯えていた少女は一度ビクッと体を震わせるとおずおずと立ち上がり、うつむき加減のまま檻の外に出てくる。

 少女が出てくると同時に奴隷商人は檻の扉をガシャン!と閉めたが、その音にまた少女はビクッとする。


「今日からこの兄ちゃんがお前のご主人様だ!わかったな!」

 奴隷商人から強い口調でこう言われた少女は、あわててコクコクと頷く。本当にしゃべれないみたいだ……じゃない!

「あっ、いえ違うんです!この少女を開放したいなと思っているのですが」

すると奴隷商人が目を見開く、

「……兄ちゃんマジで言ってんのか?500万コスクをドブに捨てる気か?」

「いや……確かにそうなんですけど。でもやっぱり自分には奴隷というのが理解できなくて。とにかく開放してあげたいなと」


「まぁ兄ちゃんが良いってんならオレがどうこういう問題でも無いがな。でも開放されたとして嬢ちゃんはこの後どうすればいいんだ?」

……この人は何を言っているのだろう?

「えっ?…家に帰るとかじゃないんですかね?両親は娘を売ってお金を手に入れたわけですし、もう帰っても大丈夫なんじゃないでしょうか?」

すると奴隷商人は若干ウンザリしたかのように、ハァ……っとため息を付くと、

「……なぁ嬢ちゃん。家に帰りたいか?」

 すると意外な事に少女はうつむいてしまった。


 えっ?

 なんでだ?

 帰りたくないのかな?

 すると奴隷商人が口を開く。

「なぁ兄ちゃん。兄ちゃんだったら今まで信頼していた両親が、自分の事を奴隷商人にはした金で売っぱらったらどう思う?そんな家に帰りたいか?」

 ……わからない。

「しかもな。一度自分の子供を売っぱらった親は、大抵何回でも売っぱらう。もしかしたら来年も凶作になるかもしれねぇし、下手したら家に帰った直後にまた売られる可能性すらある。それじゃあ意味がねぇんじゃねえか?」

 …………。

 少女もうつむいたまま動かなくなってしまった。


 じゃあどうすればいいのか……。

 シュウトは不意に、子供の頃に見たアニメ映画に出ていた、蜘蛛の形をしたキャラクターが言っていた事を思い出した。

「てぇー出すなら、しまいまでやれ!」

 なるほど……その通りである。この娘もこんな所で放り出されても困るだろう。ここで見放すくらいだったら、はじめから関わるべきでは無かったのだ。

 …………。


「……そうですね。自分が甘かったかもしれません」

 そして少女の方をみると、こう聞いた。

「僕、いま宇宙船で旅をしているんだけど……一緒に来る?」

 今までうつむいていた少女は顔を上げ、シュウトの顔をジッと見つめると……一度だけうなずいた。


 すると奴隷商人がいきなり、

「いやぁ~!兄ちゃん!いい事したな!」

 ガッハッハッハッ!と笑いながらシュウトの背中をバンバン叩いた。いや、本当にバンバン叩くからちょっとむせてしまったが。


「あっでも首輪だけは外してもらってもいいですか?彼女とは奴隷としてではなく、友人として一緒にいきたいと思いますので」

「友人か!友人か!」

 ガッハッハッハッ!と笑いながらバンバンと叩いている。だから痛いって。

「それと……彼女の服とかって売ってもらってもいいですか?自分の船には女性物の服とか置いてないですし、ここの皆さんが着ている服も意外とちゃんとしてるみたいですので」


 ガッハッハッハァー……っとやっと笑い終わった奴隷商人は、早速商売人の顔を見せる。

「よしわかった!ちなみに服はいくらまで金が出せるんだ?」

 う”~ん……よくわからないので20万コスクほど掲示してみる。

「相変わらず豪気だねぇ!わかった!嬢ちゃんこっちに来な!」

 そう言うと奴隷商人は奥にあった大きなテントに入っていった。


 20分ほどするとテントから二人が出てきて、少女の首を見ると首輪が外れていた。

 近づいてきた奴隷商人からホイッと、中身の入った大きな袋と首輪が渡される。

「えっ?この首輪……」

「いやっ、それは兄ちゃんの持ち物だからな!まぁ記念に取っておきなって!」

 そして耳に顔を近づけてくる。

「服の方はちょこっとサービスしといたから……まっ楽しんでな……」

 なんだろう……久々にこの人の下衆い声を聞いた気がする……。

 そんなやりとりを少女はキョトンした顔で眺めていた。


「そういえば、この娘の名前はなんて言うんですか?」

と奴隷商人に聞くと、奴隷商人は小型の端末を取り出し、情報を確認する。

「え~っと。ミル・キーウェイ、16歳だ!そして……うん!」

 親指をグッと立てる。何その親指……やめてほしい。


若干気まずい思いをしながらも、シュウトはミルに自己紹介をした。

「僕の名前はシュウト・イングスター。これからよろしくね、ミル」

 右手を差し出す。

 ミルは少し躊躇した後でその手を握った。


 すると奴隷商人が唐突に、

「実はなシュウト君!もっと可哀想な奴隷がこっちに居るんだがちょっと来てくれないか?」

とシュウトの服をつかもうとする。

 その手をサッとかわし一言いうとミルの手を引きそのまま走り去った。

「ありがとうございましたぁ~!」

「ちょっとまってよシュウト君!こっちにも可哀想な子がいるんだってばぁー………」

 徐々に小さくなる奴隷商人の声。

 絶対に立ち止まらない。

 これ以上は無理!


 何度でも言うが、シュウトは悪では無いが正義の味方でも無い。

 20歳の普通の男である。

 目の前で可愛い女の子が困っていたら助けたくなってしまう。

 でもまだ見ぬ可憐な少女まで助けるほどお人好しでもないのだ。


 奴隷商人の魔の手から逃れたシュウトとミルは宇宙船コメットへと帰っていった。


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