第19話
椿野はゲームセンターの隅の方で所在なさげに立ちつくしていた。
僕はその姿を見て、椿野に声をかける。
「おまえは何もゲームをやらないのか?」
「ああ、会長……」
椿野はおどおどと視線を彷徨わせる。
「あたし、こういうところ来るのが初めてで……」
「ゲームセンターが、か?」
僕は意外に思ったが、すぐ思い直す。そんな人間も居るだろう。ましてや、こいつは一応『神』らしいからな。
「それにゲームセンターって不良とか居るんじゃないですか……?」
「まあ、居ないとは限らないけどさ」
ゲームセンターは、そんなマンガみたいに解りやすく不良ばかりが屯しているような場所では無い。
「むしろ、我々生徒会役員としては、そういう不良を取りしまるべきなのでは……?」
「確かにマンガとかだとそんなシーンを見ることもあるが……」
僕は溜め息をついて言う。
「何度も言っているが、僕らにそんな権限はないよ。まあ、生徒会としてではなく、個人的に注意するのは自由だが、別にゲームセンターに来る事自体は校則違反じゃないしな」
夜の遅い時間ならいざ知らず。昼間にゲームセンターに居て、注意されるということは少なくともない。
「ああ、そうだったんですか……」
椿野はどこか残念そうに呟く。こいつは、誰かに注意したかったんだろうか。
流石に最近では、椿野の行動原理を僕は理解しつつある。
要はこいつはマンガの様な『非日常』に憧れているのだ。
マンガに出てくる生徒会と言えば、その代表格だ。だから、こいつは生徒会に入ったのだろう。
だが、僕は思う。
僕だってマンガが好きだから『非日常』に憧れを持たない、と言えば嘘になる。実際、生徒会長になった理由に、そういった理由がなかったと言えば、嘘になるだろう。
しかし、こいつの『非日常』への憧れは度が過ぎているような気がするのだ。
まるで、その『非日常』への憧れだけが、彼女を支えている芯であるかの様に、それに縋りついているような気がするのだ。
(だいたい、『神』とかいう『非日常』の塊のような存在が、『非日常』を求めるっていうのも、ちょっと変な話な気もするし)
『非日常』の塊のような『神』という存在にとっての『非日常』とは、むしろ『日常』なのではないだろうか。
(自分で何を考えているのか解らなくなってきた……)
要は、自身が『神』というマンガの様な『非日常』を代表する存在であるならば、むしろ、何でもない『日常』の方に興味を持ってしかるべきなのではないかと、僕は思うのだ。
「なあ」
「はい?」
僕は椿野に言う。
「エアホッケーでもやらないか?」
「あれですか?」
エアホッケーは、盤上でプラスチックの円盤を打ち合って、相手のゴールに入れて得点を競う遊びだ。あれなら、直感で遊び方が理解できる。ゲームセンターが初めてだという椿野でも充分に遊べるはずだ。
「……いいんですか?」
「? だから、ゲームセンターで遊ぶのは、校則違反じゃ――」
「いや、そうではなくて……」
まただ。椿野はおどおどと目線を彷徨わせる。こいつはほとんどずっとこんな顔をしている。マンガのような『非日常』を求める瞬間だけは、本当に楽しそうに笑うくせに、それ以外の時は、こんな風にいつも陰気な顔をしている。
「あたしと遊ぶということでいいんですか……?」
「はあ? 僕は、おまえを誘ってるんだぞ」
「ですから、他の皆さんも居るわけですよね……あたしじゃなくても他の方を誘っても構わない状況で、あたしを誘ってくださるのはなんでですか……?」
「………………」
椿野は、辛そうな表情でそんなことを言うのだ。
僕は零れそうになる溜め息を堪えて、真剣に椿野に向き合う。
「僕がおまえと遊びたいからだ。それじゃダメなのか?」
「……それが会長の命令ならば従います」
「そういうことじゃない」
僕は自分の気持ちがきちんと伝わる様に言葉を選んで言う。
「僕はおまえが好きだから一緒に遊びたいんだ」
「好き……って……!」
椿野は瞬時に顔を真っ赤にする。
「い、いや。それはあれだぞ。友達としてだぞ……」
僕は安易な逃げを打つ。まあ、実際僕自身、椿野に対する「好き」がいったいいかなる種類のものなのか決めかねているのだから、仕方があるまい。
「わわわ解っています! 会長があたしを好きなのは、あくまで生徒会の一つの駒としてという事ですよね」
「友達としてだ、って言ってんだろ」
僕が悪役みたいな言い回しはやめろ。
「だから、命令とか関係ない。僕はおまえが好きだから一緒に遊びたいし、逆におまえが僕のことを拒絶するというなら、無理に誘わない。そういう話だ」
「………………」
椿野は呆けた顔で僕を見ている。
その顔がじんわりと柔らかいものへと変わっていく。まるで、雪が解け、春が訪れるように、少しずつだが確実に暖かな何かに覆われていく。
「ああ、やっぱり会長は、会長なんですね……」
「なんだよ、それ」
椿野の表情が温かくなったのに釣られて、僕も自然と笑ってしまう。
「やります。エアホッケー」
そして、椿野は、どうしようもなく、僕を引き付けるあの笑顔で言った。
「あたしも会長と一緒に『日常』を過ごしたいです」
それを見て、僕は思った。
やっぱり、僕はこの子のことが『好き』なのかもしれない、と。
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