第15話

 アンネの希望通り、僕たちは某ハンバーガーショップを訪れた。

 ガラス張りの店内を見渡してみると、僕たちと同じ紺色のブレザーを纏った生徒のグループが複数見られた。ここは学園の最寄りの駅。ここにたむろするうちの生徒は多い。

「ん? 愛原じゃないか」

「芝原か」

 店内で席を確保しようとしていた僕に声をかけたのは、クラスメイトの芝原綾子だった。髪型はボブカット。切れ長の瞳も合わさってどこか怜悧な印象を与える女だった。

 彼女の後ろには、僕の知らない学園の生徒が数名居た。ネクタイの色からして後輩のようだ。

「ああ、こいつらはうちのバンドメンバーだよ」

 芝原は、僕の目線から僕が考えていることを悟ったようだった。

「そういや、芝原は軽音楽部だったか?」

「そうだよ。まあ、本当はもう引退なんだけどさ」

 うちは進学校だ。部活動は一部例外を除き、基本的に二年生までで、終わりだ。

「これは内緒だけどよ」

 芝原は悪だくみをする子供の様な顔で、僕に耳打ちする。

「十月の文化祭のライブで、ゲリラで混ぜてもらおうかと思ってる」

「おいおい、マジかよ」

 確かに文化祭では申請さえきちんと行えば、ライブをする許可が下りる。だが、それは二年生までだ。三年生は例年、許可されないのが伝統だ。何故なら三年生の秋ともなれば、受験に本腰を入れねばならない時期と考えられるからだ。

「まあ、なんとなれば頼むよ。生徒会長さん。会長権力でうちらを救ってくれよ」

 芝原はイタズラっぽい笑みを浮かべて、そんなことを言うのだった。

 その言葉を聞いた椿野は、目を輝かせて、ばっ、と僕に目を向けた。

「会長にそんな力あるわけないだろ」

「ないんですか……」

 椿野が残念そうな顔をしていた。

「うちらはもう食べおわったから行くよ」

 そして、芝原はバンドメンバーを引き連れて、店を出ていくのだった。


「ななみ、あの人苦手……」

 自分たちの席を確保して、ハンバーガーを食べながら、七海はぽつりと呟いた。

「芝原のことか?」

「……うん」

 七海は、どこか拗ねたような顔で言う。

「なんでだ? 確か去年は同じクラスだったよな?」

「なんていうか、あの人……」

 そして、七海は言った。

「あの人、『普通』だから」

「ん?」

 僕は七海の言っていることがよく飲み込めない。

「おいおい、文化祭でゲリラ宣言するような奴だぞ。普通なもんか」

 むしろ、どちらかと言えば、『異常』な人間にカテゴリされるタイプだと思うが。

「まあ、そうかな」

 どこか煮え切らない態度で、そう言った後に、おどけた調子で、まるであえてそうしたかのような調子で言う。

「もっと言うと、リア充っぽいところが馴染めない」

「ああ、それはまだ解らないでもない……」

 なんというか『青春』してるという感じの奴なのだ。バンドマンガの主人公の様なきらきらしたオーラを放っているというのだろうか。決して悪い奴でないのは解る。ただ、僕らと毛色が違うというのは、間違いない。

「ななみは、オタ臭い人間の方が好きなんだよ」

「オタ臭い……」

「ななみはこうちゃんのこと好きだよ」

「なんで今それ言ったんだ」

 僕がオタ臭いというのか……?

 いや、僕がオタなのは否定できないけど。

「まあ、私も一つ意見を言わせていただくのであれば、先程の人はあまり好ましい人種とは思いませんね」

 凛がポテトをちびちびと、つまみながら言う。

「ああいうタイプの人間は、『私は音楽一筋なんだ』と言いながら、男に『愛してる』と言われたらほいほい股を開くタイプの人間と見えます。バンド活動している女性の半分はこのタイプです」

「すげえ、偏見だな」

 おまえは芝原と初対面だろうが。

「私は股の緩い女は嫌いですから」

「へえ、そうなんだあ」

 七海がどこかわざとらしく相槌を打つ。

(前から気になってたけど……)

 生徒会メンバーは基本仲がいい。少なくとも僕はそう思っている。新入りの椿野は、僕たちにまだ壁を作っている節があるが、残りのメンバーに関しては少なくとも一年以上の付き合い。今更遠慮なんてものはない。僕はそう思っていた。

 だが、時々思う事があるのだ。

(もしかして、七海と凛はそりが合わないのか?)

 僕は少なくともこの二人がにこやかに会話している姿を見たことが無かった。そもそも凛は誰に対しても無愛想だが、凛の七海に対する態度だけは、他の人間に対するものと、一つ隔絶されたものがあるような印象だったのだ。

「ヘイ! ならいっそミーたちでもバンドを組むネ!」

 と、アンネが突拍子もないことを言いだす。

 僕はそれに素直に乗っかることにする。

「バンドって、おまえら楽器できんのかよ」

 するとアンネは平然と言う。

「ミーは出来ないからボーカル担当ネ」

「申し訳ありませんが、私も楽器はできません。もし、実際にバンドを立ちあげるのでしたらボーカルを務めさせていただければと思います」

「ななみも楽器できないからボーカルにする」

「あ……私も楽器できないです……」

「今のところ、ボーカルしかいないんだが」

 アカペラで歌えばいいのだろうか。

 アンネのおかげで場は和んだ。だが、僕は改めて認識する。

(僕たちって別に鉄の絆で結ばれた仲間、ってわけではないんだよな)

 それは当たり前だ。

 僕たちは生徒会という枠にたまたま参集しただけのメンバーだ。その中に居る人間同士全員が、気が合うなんていうことはあり得ない。

 だけど、僕はそんな事実が、少しだけ寂しかった。

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