第13話
3ゲーム目、4ゲーム目は何の不正も発生せずに進んだ。
その結果、得点は――
4ゲーム目結果
大富豪 僕
富豪 凛
平民 アンネ
貧民 七海
大貧民 椿野
得点 ① ② ③ ④ 合計
僕 1 3 2 5 11
七海 3 5 5 2 15
凛 5 2 1 4 12
アンネ 2 1 3 3 9
椿野 4 4 4 1 13
不正をしたことを認めなかった七海が単独トップ。不正を認めたアンネが最下位だ。
ここから、僕が一位を取る為には、「僕が大富豪、七海が大貧民」でなければならない。しかも、その場合でも得点は同じで、同点一位にしかならない。「得点が同点の場合は、大富豪になった回数が多い方の勝利」というルールなので、最善の展開になったとしても、僕も七海も大富豪になった回数は二回。決着はつかない。
「もし、完全な同点1位が発生したら命令権は無しな」
僕がさらりとそう言うと
「そんなこと許されるわけないよ!」
七海が普段のおっとりした様子からは想像もできない様な怒号をあげる。
「その場合は、二人に命令権発生だよ! 当然だよ!」
「でも、そしたら二人の命令に矛盾が発生した場合はどうする?」
「ななみは、そんな矛盾だってねじ伏せてみせるよ!」
「なんでそこまで熱くなれるんだ……」
燃え上がる七海を尻目にラストゲームは始まった。
僕は手札を確認する。
「はあ」
業腹だが、やはりこの手段しかないな……。
僕は一つの決断を下した。
ラストゲームは先程大貧民だった椿野からスタート。
椿野はおどおどと周囲を見渡しながら、なかなかカードを出そうとしない。
「どうした、椿野?」
僕は優しく声をかけてやる。
「いや、会長……これ」
「いいんだよ、僕が決めたことだ。ちゃんと最後に言ってやるから」
「は……はい」
残りの三人は僕と椿野のやり取りをきょとんとした目で見守っている。
「で、ではいきます……」
椿野が出したカードは――
Kの三枚出し。
これはかなり強い。
誰もカードを出す事ができず、『場』は流れる。
次にJの二枚出し。これもかなり強めだ。
だが、これには凛がQ二枚を合わせる。
誰も二枚出し出来ず、凛に『場』が流れるかと思いきや――
「うう……ごめんなさい……」
そう言って椿野が出したのは、
♥2 ジョーカー
そう、ジョーカーには「他のすべてのカードの代わりになる」という力がある。つまり、この場合は、「♥2の二枚出し」と同じ。2よりも強いカードであるジョーカーが場に出ている以上、これを上回るカードの組み合わせはない。
そして、再び椿野のターン。
椿野は8を出して、八切りを行ったあとに、4を二枚同時出し。
これで椿野は上がった。
つまり、これで椿野が大富豪だ。
これを見て、固まっていた七海が立ち上がって叫ぶ。
「お、おかしいよ!」
七海が必死になるのも無理は無い。椿野の大富豪が確定した時点で椿野の得点は18点。このあと、七海が貧民、あるいは大貧民となった場合は、七海の得点では椿野の得点に届かない。
「な、なんでさっき大貧民だった聖ちゃんがジョーカーを持ってるの!」
七海の疑問はもっともだ。それは先程、僕がアンネに指摘したことだったからだ。
「うう……」
椿野は涙目になっている。
僕は溜め息をついて、助け船を出してやる。
「僕が渡したんだよ」
「え?」
七海がきょとんとした顔でこちらを見る。念の為、目を合わせないようにしながら、僕は答える。
「大富豪である僕が、最初のカード交換で大貧民である椿野にジョーカーと♥2をくれてやったんだよ。大富豪は『好きなカードを大貧民に渡す』というのが、ルールであって、何も強いカードを渡してはいけないという決まりはない」
「な、なんでそんな真似を」
「それはこれからわかるさ」
ゲームを再開する。
僕は努めて、七海の動きを妨害する。9リバースを使って七海に手番を回さないようにし、七海が強めのカードを出したときは自分の上がりを度外視してでもそれを潰した。
その結果、
5ゲーム目結果
大富豪 椿野
富豪 アンネ
平民 凛
貧民 僕
大貧民 七海
得点 ① ② ③ ④ ⑤ 合計
僕 1 3 2 5 2 13
七海 3 5 5 2 1 16
凛 5 2 1 4 3 15
アンネ 2 1 3 3 4 13
椿野 4 4 4 1 5 18
最終結果
1位 椿野
2位 七海
3位 凛
4位 僕
5位 アンネ
となった。同点の僕とアンネは大富豪を一回とった僕の方が4位となる。
これで絶対命令権は椿野に渡った。
「ま、まさか」
七海が青ざめた顔で僕を見る。もう目を合わせても大丈夫だ。なんなら心を読ませてやってもいい。
「ななみを1位にしないために、聖ちゃんをアシストしたの……」
最終結果で僕が1位を取る為には、僕が大富豪、七海が大貧民という難しい二つの条件をクリアせねばならない。よしんばそれが成功したとしても、僕と七海は同点。さっきの話し合いの結果によれば、命令権が二人に発生することになる。「七海の命令は無効」という命令を下すことも考えたが、水掛け論になるのは目に見えていた。
ならば、現状でベストな結果は何か?
そもそも僕は1位になって命令権を得たいなどと思ってはいない。
ともかく、一番厄介な七海に1位を取らせなければいいのだ。
ならば別の誰かに1位をとらせてやればいい。得点が僕より低いアンネは論外。凛も椿野の得点は同じだったが、こいつはこいつで厄介な命令を下しそうだったし、サポートする手段がない。
第4ゲームで大貧民だった椿野ならば、最初の『献上』でよいカードくれてやれば、サポートできる。何よりこのメンバーの中では、まだまともな命令をしそうだ。
(ツインテール大回転女が一番常識的とは……)
常識の定義が解らなくなりつつある。
「うう……すいません……生意気にも新入りのあたしが命令権など得てしまって……」
椿野は目を潤ませている。
「最後は僕がアシストしたとはいえ、第4ゲームまでの結果は少なくとも実力だろ」
第4ゲームまでの結果で、椿野は二位につけていた。それがなければ、僕のアシストがあっても優勝など出来なかっただろう。
「いや、あれはただ運が良かっただけなんです……」
「だとしても、運も実力のうちだろ」
「違うんです……」
椿野は沈痛な面持ちのまで呟いた。
「あたし、神だって、言いましたよね……」
「ああ、そうだな」
ツインテールの神とかいうファンキーな神だったはず。
「だから、実は幸運パラメーターだけ高いんです」
「幸運パラメーター?」
僕は鸚鵡返しに問い返す。
「簡単に言うと運のよさです。これが高いと心臓を狙った必中の槍に貫かれそうになったときでも回避出来たりします」
「いったいどういう状況なんだ、それ……」
「あたしは幸運だけEXで、筋力も敏捷もEの糞ステなんです……」
「そのステータスは誰が計ってるんだよ……」
「ちなみに宝具もEです……」
「宝具持ってんの!?」
むしろ、それはすごい気がするんだが。
「だから、あたしが勝てたのは、幸運値が高かったおかげです……つまり、ルールの『能力の使用禁止』に抵触してるんです……すいません、最初に言うべきでした……」
つまり、椿野は自分もチョンボをしていたと主張したいのか。
「はあ」
僕は小さく溜め息をついてから言ってやる。
「その幸運値とやらは別に能動的発動させられるものじゃないんだろ」
椿野はびくんと身体を震わせて答える。
「はい……オンオフがきくものではありません……」
「じゃあ、しゃあねえじゃねえか。そんなこと言ってたら、お前と一緒にゲーム出来ないしな」
僕は続けて言ってやる。
「運のよさなんて、それこそ普通の人間同士だって差があるものだしな。それに、たとえ運が良くたってカードを出す順番をよく考えておかないと、このゲームでは勝てないよ。だから、少なくともそれは椿野の実力だ」
そして、僕は周囲のメンバーを見渡す。
「不正をしたのに証拠がないって言って言い逃れたようなやつらもいるしな」
「どきりっ」
「おや、いったい誰のことをおっしゃっていらっしゃるのか。見当もつきませんね」
七海はあからさまに動揺し、凛はしれっとした態度を貫く。
「だから、気にするなよ。勝ったのはおまえだ」
そのときだった。
椿野はぽろりと大粒の涙を流した。それは今までの涙目なんかとは明らかに違う性質のもの。まるで、流れを塞き止めていた何かを洗い流すような綺麗な涙だった。
「なに、ガチ泣きしてんだよ……」
「すいません……」
椿野のブレザーの袖で目を拭いながら呟く。
「誰かに認めてもらえたのって、久しぶりのことだったので……」
「………………」
こいつは、椿野は、ずっと誰にも認めてもらえないような生き方をしてきたんだろうか。
「じゃあ、僕たちがこれからも認めてやるよ」
「え……」
「そうだね、かわいい後輩だもんねえ」
「後輩、良き響きを発生させる言葉ですね」
「そうネ! ヒジリは大事なミーたちの仲間ネ!」
「皆さん……」
椿野はぽろぽろと温かな涙を流し続けていた。
「じゃあ、命令をどうぞ」
僕は椿野が落ち着くのを待ってから言う。
泣き止み、冷静になった椿野は言った。
「では、僭越ながら命令を……」
僕はこう思っていた。
椿野は「生徒会で権力をとろう」というのではないか。
今までの椿野の言動は一貫してそれだった。さっきの話も合わせて考えれば、椿野はみんなに認められるような存在になりたくて生徒会に入ったのではないだろうか。
だから、きっと生徒会に権力を、そんな命令を下すと思っていた。
だが、椿野が下した命令は意外なものだった。
「み、皆さん、あ、あたしと……」
椿野は顔を伏せたまま叫んだ。
「と、友達になってくだひゃい」
最後の最後で噛みやがった。
「友達……?」
「ああ、ごめんなさい……命令権があるといえど、生意気なことを言いました……忘れてください……」
おどおどとする椿野の様子を見て、僕は小さく溜め息をついて言ってやる。
「そんな命令なくたって、僕たちは友達だろうが」
「……え?」
七海が優しく微笑んで僕に続く。
「そうだねえ。今さらだねえ」
凛が無表情ながらどこか優しい声色で言う。
「友達とは有言にして実行するものではなく、不言にて実行するものではないかと考えます」
アンネが太陽のように輝く笑顔で叫ぶ。
「ヒジリは、とっくに友達ネ!」
「みなさん……」
また、椿野は涙を一つ落として――
「ありがとうございます!」
とても嬉しそうな笑顔で答えるのだった。
「ああ、すいません。生意気にも、まるで、あたしが主役かのような雰囲気を醸し出してしまって、すいません……」
「いちいちそういう卑屈なこと言わなくていいから……」
いちいちオチをつけなければ、気がすまない椿野であった。
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