第11話

1ゲーム目

僕の手札

♦3 ♠3 ♠5 ♠6 ♣6 ♠7 ♦8 ♥Q ♦Q ♣Q ♥A

「♦の3をもっている僕からスタートだな」

 2ゲーム目以降は一個前のゲームで大貧民となった人間から時計回りになるが、1ゲーム目は♦3をもっているものから始めるというルールのことが多い。

 ちなみに席順は、僕が生徒会室、奥の窓際の席に座っており、残りの4人は、長机の二辺に二人ずつ腰掛けている。窓際の僕から見て右手手前が凛。その奥が椿野。左手手前が七海。その奥がアンネ。

 つまり、時計回りに進めば、

僕→七海→アンネ→椿野→凛

 という順番でゲームが進行することになる。

(先手必勝だ)

 2が無いのが痛いが、ジョーカーに勝てる♠3をもっているのは悪くない。

 なにより一番手を取れたのはでかい。

 なぜなら、このゲーム、最初に動いた者が有利だからだ。

 『場』、つまり、前のプレイヤーが出したカードが存在しない段階ではどんなカードを出しても構わない。そのため、一番手のプレイヤーは、最後まで足を引っ張る自分の最も弱いカードを捨ててしまう選択肢もあれば、強いカードを連発して、他の奴らに『場』を渡さない選択も取れる。どちらがよいかは手札によりけりだが、基本的には後者の方が定石だ。

 だから、僕は強いカードの組み合わせを繰り出していく。

「♥Q ♦Q ♣Qだ」

 3枚同時出し。しかもQだ。これに対抗するためにはK以上の同じ種類のカードを3枚以上持っていなければならない。

「パスだよ」

 戦略的にあえて出さない場合も含めて、出せるカードが一枚も無い場合はパスとなる。自分以外の全員がパスした瞬間に『場』は流れ、また僕がカードを繰り出す事ができる。

「パス、ネ」

「パスです……」

「パスを宣言します」

 全員がパスを宣言する。

 よし、これで、また僕のターンだ。

「♠6 ♣6」

 僕は6の二枚出しを試みる。

「パスだよ」

 七海は二枚以上のカードが無いのか、あっさりとパスを宣言。

「ミーは出すね」

 そう言ってアンネが出したカードは

 ♥8 ♣8

「八切りネ」

「ちっ」

 『八切り』は、8を出した瞬間に『場流れ』が確定するルールだ。つまり、たとえ次のプレイヤーが9以上をもっていたとしても関係なく、『場』はリセットされ、8を出したプレイヤーからゲームがリスタートする。つまり、8は数字の力は弱いが、特殊能力で敵を翻弄するトリッキータイプといったところだろうか。

 アンネから『場』がリスタートする。アンネが出したカードは♣4一枚。弱いカードから処理していくつもりのようだ。椿野、凛が順にカードを繰り出すが、場には♥2。僕には勝てるカードが無い。

「パス」

「パスだよ」

 同様に七海もパス。アンネもまたパス。誰もジョーカーを出さなかったため、場は流れ、今度は凛のターン。

 凛は♥3を繰り出した。僕はそれに♣5を合わせる。各自順番に一枚ずつカードを処理したところで、椿野の出したカード♣2に誰も勝てず『場流れ』。

 椿野は♣10 ♠10を2枚同時に繰り出した。凛はこれをパス。僕、七海もこれをパス。アンネが♣J ♠Jを2枚同時に繰り出し、場は流れる。

 アンネスタートで椿野が合わせたカードが♣K。

(どうする?)

 僕の手札には♥Aが残っている。これを出せば、少なくともこの場では僕が『場』を握れる。しかし、誰かが2を出せばそれは終わる。

(まだ2枚、2がどこにあるか解らない……)

 しかも、ジョーカーもまだ出ていない。

(ここは温存だ)

 僕はパスを宣言する。

 七海、アンネまでパスを選択し、再び椿野のターン。

 椿野が出したのは、♦9。

 9リバース発生。順番がアンネに回る。アンネ、七海はこれをパス。僕も繰り出せるカードは♥Aのみだが、先程と同じ理由でパス。

 そのときだった。

 次は凛のターン。

 ところが凛は動かない。何故かぼーっとしている。

「凛?」

 僕は凛に声をかけると、

「ああ。失礼しました」

 そう言って凛はジョーカーを繰り出した。

(ジョーカーを出した?)

 ジョーカーは最強のカード。だが、唯一♠3にだけは負ける。だから、ジョーカー持ちとしては、♠3が場に出るぎりぎりまで引っ張るのが定石。凛がそれを解っていないはずがない。

 それでもなお出したということは、この場で勝負を決める気という事か……?

「♠3だ」

 僕は♠3を出し、凛のジョーカーを止めるが、凛は「はい」と言って澄ました顔をしている。

 とはいえ、僕の残りカードでは到底上がりまでは至らない。八切りを行いカードを捨ててもまだカードは残る。打つ手がなく僕は先程温存した♥Aを繰り出す。

 しかし、凛はこれに♦2を合わせる。ジョーカーが場に出てる以上、2に勝てるカードは無い。凛が全てのカードを出し切り、一抜けする。

(なんだ、この違和感……)

 僕は凛をじっと見つめる。

「おや、親愛なる先輩が私をお見つめでいらっしゃる。これはいったいどういうことなのでしょうか」

 こいつはいつもこんな態度と言えば、そうなのだが、今日はどこか一層芝居がかっているような気がする。

 まるで何か隠そうとしていることがあるかのように。

 僕は凛の目が僕の後ろをちらちらと見ていることに気がつく。僕の後ろには誰もおらず、あるのは窓だけ――

 僕はカードを置いて振り返る。

 窓の外に目をやる。

 生徒会室の窓の向こう側には電柱が立っている。その上には――

「凛」

「……なんでございましょう」

「おまえ、魔法使ったな?」

「滅相もない。先程もお話したように私の魔法を使われた人間は意識が無くなります。誰か一瞬でも意識が飛んだ人がいるのかをお確かめになられてはどうでしょうか?」

「いや、意識が飛んだかどうかは教えてくれないと思うぜ」

 僕は窓の外に居る一匹のカラスを指差す。

「カラスは喋らないからな」

「………………」

 いつも饒舌な凛が黙りこむ。これはどうやらあたりの様だ。

「どういうこと?」

 七海が僕に問いかける。

「凛は魔法で僕の背後に居るカラスに乗り移って僕のカードを盗み見たんだよ」

 それをおこなったのは、おそらく9リバースが発生し、順番が入れ替わった後――

「おまえは一瞬ぼーっとしていたな。あのとき、カラスに乗り移っていたんだろ?」

 これは予想だが、凛の魔法は自分の意識を相手に植え付けて操る力。何かに乗り移っている間、本体は無防備になる。こいつは普段からポーカーフェイスだから、意識が飛んでいて無防備になっていても判断がし辛いのだ。

「なるほど、なかなか面白い推測です。流石は先輩といったところでしょうか。しかし、何か証拠は御有りなのでしょうか? そうでなければ、先輩のお言葉は、失礼ながらただの面白い推測という域を出ないでしょう」

「僕がそう判断した理由は、おまえがジョーカーを出したタイミングだよ」

「タイミング?」

 凛は鉄面皮のまま、首をかしげる。

「なぜまだ誰も♠3を出していないタイミングでジョーカーを切った?」

「いや、深い意図など……」

「いや、おまえはあのタイミングでジョーカーを切って問題ないことが解っていたんだ」

 僕は続ける。

「おまえが魔法を使って僕の手札を盗み見ていたならすべて説明はつく。9リバースによって、凛の順番の一つ前は僕に変わっていた。そして、おまえは僕が♠3をもっている事を知った瞬間にジョーカーをきることを決めた」

「………………」

「ジョーカーを出すタイミングをぎりぎりまで引っ張るべきなのは最強のカードでありながら♠3に負けるという性質があるから。最強のカードを使ってしまったあとで、♠3持ちに『場』を奪われるのは、まずいからな」

 強いカードを切るときは、その後、自分が『場』の流れを握るように立ちまわらなければならない。

 もしも、仮に♠3を持っているのが僕以外だった場合、面倒なことになる。たとえば、仮に椿野あたりが♠3を所持していた場合、『場』を椿野に奪われ、自分から最も遠い場所で『場』がリスタートする。その場合、自分より前に居る人間が2を持っていた場合、そいつに勝負を決められてしまう危険性がある。もう一枚の2の行方は知れぬ以上、その行動には慎重にならねばならないはずだったのだ。

「ところが、おまえは♠3をもっているのが僕で、なおかつ僕が『場』を握ってもすぐには上がりに辿り着けないことが解った」

 事実、僕は♠3によって得た『場』を握るチャンスを生かしきれず、凛に手番を回してしまった。

「おまえは一度でも自分が『場』を握れれば勝てることを確信していた。だから、自分の前のプレイヤーである僕が2を持っていないことも、2枚以上カードが出せない状態であることも知った上で、ジョーカーを出し、その上で再び僕から『場』を奪うことで勝利する作戦を立てたんだ」

 だいたい自分がジョーカーを握っていて、2まで持っているのなら、先に2を出せば誰にも止められなかったはず。♠3が勝てるのはジョーカーだけで、2には勝てないからだ。場を握ったあとにジョーカーを適当なカードと二枚出しした方が勝てる確率は高かった。

 にもかかわらず、単独でジョーカーをきったのは、僕の手札を知っていて、たとえ、♠3を使われても大丈夫という確信があったからだ。ジョーカーの二枚出しを行った場合は、二枚出ししたカード以上の強さのカードを他のやつが持っている可能性があるからな。

 つまり、凛には普通は確率的には分が悪い選択肢である「ジョーカー単独出し」の方が、通るという確信があったのだ。

 僕は凛を真っ直ぐ見つめる。

「どうだ?」

「……流石は先輩」

 凛はやはりにこりともせずに言う。

「と言いたいところですが、何か証拠はお有りなのでしょうか?」

「……ねーよ」

 確かに、僕の語った話はすべて推測だ。凛がいちかばちかカードを繰り出した結果が、たまたま良かったんだ、と言われてしまえばそれまでだ。

「ちっ、まあ後ろのカーテンは閉めさせてもらうからな」

「どうぞどうぞ」

 凛は余裕の態度を取り戻す。僕は何の証拠も押さえられていないという事が解ったからだろう。

 まあ、カーテンを閉じたので同じ作戦は二度と使えないということで、ここは良しとするか……。

「あの、こうちゃん」

「なんだ、七海?」

「こうちゃんの推理はすごくかっこよかったんだけど……」

「なんだよ」

 七海は遠慮がちに指摘した。

「こうちゃん、自分の手札が弱いってことがみんなにばれちゃったんじゃない?」

「………………」

 そういえば、まだ凛が上がっただけでゲームは続いていたのだった。


1ゲーム目結果

大富豪 凛

富豪  椿野

平民  七海

貧民  アンネ

大貧民 僕


得点

僕   1

七海  3

凛   5

アンネ 2

椿野  4


(続く)

 

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