第7話

「だから、嫌だったんです! 正体を明かすの!」

 また椿野の目が逝きかけている。

「別に正体明かせ、なんで強要してないだろ」

 僕は半ばうんざりしながら、椿野を諭す。僕は果たして本当にこいつに惚れているのか。自分が本当に信じられない。

「だって……皆さんが……正体明かしてるのに……新入りのあたしが……言わないわけには……いかないじゃないですか……」

 椿野は嗚咽を堪えながら、途切れ途切れに呟く。

「最初に言わせてくれれば……よかったのに……最後に言ったから……あたしがオチ担当……みたいになったじゃないですか……」

「いや、ごめん……」

 僕はよく解らないが思わず、謝ってしまう。

「……いえ、すいません……取り乱しました……」

 そう言って、椿野は一つ深呼吸をする。

「落ち着きました!」

「そりゃよかった」

 もう本当に変なやつである。

「ええと、話をまとめるとだな……」

 僕は自分自身のためにも、もう一度、全員の正体を確認することにする。

「七海が心が読める超能力者で」

「はーい」

 七海がいつも通りの間の抜けた返事をする。

「凛が人に乗り移れる魔法使い」

「先輩の御言葉を肯定させていただきます」

 凛が仰々しく、僕の言葉を認める。

「アンネが変身できる概念生命」

「イエス、ネ」

 アンネがいつもの片言で応じる。

「それで、椿野が……」

「………………」

「ツインテールが動く神様……」

「やっぱり、あたしがオチ担当じゃないですかあああああああっ!!」

 仕方ないだろ、存在が完全に出オチなんだから。

 発狂寸前の椿野を無視して、僕は話を進める。

「念のため言っておくが、僕は一般人だぞ」

「え?」

 椿野は頓狂な声を上げて、僕の顔を見る。

「なんだ? 生徒会長が何の異能も持ってないわけない、とでも言うのか?」

 僕が椿野の思考に先回りするように釘を刺すと、椿野はきょとんとした顔で、訳の解らないことを言い出した。

「じゃあ、この『世界』はなんなんですか?」

「この『世界』?」

 椿野の言葉の意味が解らない。

 この『世界』がなんなのか、だと?

「それはなんだ? 哲学的思索か何かか?」

 僕は椿野に改めて問いかける。

 すると、どうしたことだろうか。椿野の顔は一瞬で目まぐるしく変わった。

 いぶかしむように僕を見ていたかと思えば、瞬間、何かに気が付いたかのような得心した様子を見せる。そして、にこりと笑顔を見せた。しかし、それはまるでこの場を取り繕おうとするかのような、作られた笑顔だった。

「ああ、なんでもないです」

「なんだよ?」

 僕は訳が解らず、椿野を追及する。

「いや、ただゴミムシなあたしの米粒よりも小さい脳ミソが腐っていて、まともな思考が出来なかっただけでした。誠に申し訳ありませんでした」

「へりくだりすぎだろ」

 こいつのキャラが解らない。

「とにかく、なんでもないんです」

「………………」

 そんなことを語る椿野の様子にはどこか有無を言わせぬものがあった。思わず、僕は追及することを躊躇ってしまう。

「まあまあ、いいじゃないかあ」

 どこかおどけた調子で割って入ったきたのは、七海だった。

「聖ちゃんはちょっとえっちなことを考えて、頭がぼーっとしてただけなんだよね?」

「そうです! その通りです!」

「その助け船に乗って大丈夫?」

 完全に泥船だと思うんですが。

「それで、実際のところ、先輩はどうなさるお心づもりなのでしょうか?」

 凛がいつものように眼鏡をくいと上げながら、僕を見ていた。

「どうなさる、とは?」

 僕は凛の言葉の意味が解らず、問いを返す。

「生徒会にこれだけの異能が集まっているのです。使い方次第では、生徒会長として権力を握るなど、容易なのではないでしょうか?」

 凛は、こんなことを言い出したのだった。

「なに言ってんだよ」

 僕は苦笑しながら返事をする。

「言ったろ、僕は一般人だって。そんな一般人の僕に、異能の力を持ったおまえらが従う理由なんてないだろ」

 すると、椿野が僕の言葉を受けて、言った。

「生徒会長じゃないですか」

「………………」

 僕は思わず黙ってしまう。

「あたしたちが生徒会役員で、会長が生徒会長であるなら、あたしたちが会長に従わない理由はないと思います」

 僕はやはりなにも言えない。

 なぜなら――

「ああああああ! すいません! 新入りのあたしが、生意気な台詞を言ってしまって! 許してください!」

「別にいいよお。みんな、そう思ってるし。ななみはこうちゃんに従うよお」

「私としても、一生徒会役員として、会長たる先輩の意に背く気はないということを、ここに明言させていただきます」

「イエース、ミーも会長さんに、従うネ!」

「………………」

 なぜなら、それは僕が心の奥底で望んでいたことだったから。

 椿野に『生徒会に権力はない』と言いながら、本当は一番権力を欲していたのは、僕自身だった。

 皆に慕われ、皆を率いる生徒会長。そんなマンガみたいな存在になりたくて、僕は生徒会長になったんだった。

 いいんだろうか。

 僕自身には本当に何の力もない。そんな僕がこんなすごいやつらの上に立ち、あまつさえ、命令を下す立場として行動してもいいものだろうか。

「いいんだよ」

 七海はこの上もないくらい優しく微笑んで言う。

「ななみはこうちゃんが大好きだから」

「同意ですね」

 凛はやはり、にこりともせずに言う。

「私は会長が会長であるからではなく、愛原幸太という人間が会長であるという理由のもとに、生徒会長の御旗に集いましょう」

「ミートゥー、ネ!」

 アンネは満面の笑みで叫ぶ。

「ミーは会長さん、大好きネ! だから、従うネ!」

「さあ、会長」

 そして、椿野は、笑顔で、あの『現実』を塗り替えんとする願いに満ちたあの笑顔で、僕を見て言った。

「――御命令を」

 そして、僕たち生徒会の『現実』を塗り替える戦いが始まった。

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