第6話
「ご命令をと言われてもな……」
まるで物語のプロローグのようなお洒落な言い回し選んでいただいたようだが、たとえ、僕がどんな命令を下したところで、このつまらない『現実』が塗り変わるとは到底思えない。
「無理だろ。僕たちが権力を握るなんて。生徒会メンバーに『超能力者』でもいたら、別かもしれんがな」
僕が適当な『冗談』を言った瞬間だった。
「はーい」
いつもの力の抜けるような声で返事をしたのは、七海だった。
僕は思わず苦笑する。
「なんだ、七海。おまえ、『超能力者』なのかよ」
「そうだよぉ」
また、間の抜けた声で返事をする。
こいつは昔からそうだ。どこか天然で抜けている。
「ななみは天然じゃないよう」
「おまえ、また僕の心を……」
は?
まさか、と思う。一瞬でもそんな想像をした自分を笑い飛ばしてやりたい。だって、ありえるはずないじゃないか。
七海が本当に人の心が読める超能力者だなんてーー
「ななみは人の心が読めるよう」
「……いやいや」
確かにこいつはいつも、僕が考えていることに先回りをして、返事をしているような気がするが……。
「だから、それがななみの力なんだよお」
ぞくり。僕の背筋に冷たいものが流れる。
「じゃ、じゃあ、今から僕が考えることを当ててみろ」
僕は脳内で、握りこぶしで『グー』を出す光景を想像する。
すると。
「グーを出してる」
「……まじかよ」
本物だ。
七海は本当に人の心を読んでいる。
菊川七海は『超能力者』だ。
天然で間が抜けていると思っていた幼馴染みが超能力者だった。そんな『現実』を僕はうまく咀嚼できない。
「今までも言ってたのに、こうちゃん信じてくれないんだもん」
「今まで……?」
『また、僕の心を読んだのか?』
『ななみ、エスパーだからねえ』
「あれ、本気だったの!」
あまりにもさりげないカミングアウトでした。
「だいたい、今までもこうちゃんの心の中、何回も読んでたのに、ななみが超能力者って気がつかなかったの?」
「いや、おまえが僕の心を読めるのは、長い付き合いの幼馴染みだからで……」
「幼馴染みだからって、心読めるわけないじゃん」
「ド正論!」
いや、そりゃそうだけど……。
「ちなみに『送信』もできるよ」
「『送信』?」
(こういうことだよ)
こいつ、脳内に直接!
いわゆるテレパシーというやつだろうか。脳内に七海の声が聞こえる。
(ちなみに画像送信もできるよ)
(画像?)
(うん)
僕の脳内にひとつのイメージが浮かんでくる。
すげえ、こんなことまでできるのか……。
ぼやけていた画像が脳内で一つの像を結ぶ。
これは人……?
人影の顔をじっと見つめる。
それは僕だった。
(僕のイメージか!)
なるほど、七海の中にある僕のイメージが送信されているというところだろうか。
ん……?
何か違和感がある。僕は送られてきたイメージの僕をもう一度観察する。
よく見ると――
(なんで全裸なんだ!)
なぜか七海の脳内イメージの僕は全裸だった。
(これはななみにとって理想のこうちゃん……!)
(おまえは僕をなんだと思っている?!)
はっきり言って理解が追いつかない。
「いやあ、これは驚天動地ですね」
まったく驚いていなさそうな平坦な声で言ったのは、見た目はクールな桜田凛だ。僕は彼女の声で現実に引き戻される。
「先輩にとっては、まさに青天の霹靂でしょう。まさか、幼馴染みが超能力者とは思いもよらないでしょうから。いや、待てよ。先輩の御慧眼であれば、見抜いていらした可能性もあるのではないでしょうか」
「気付いてたわけないだろうが」
ならばこんなに動揺したりはしない。
「いやいや。御謙遜を。先輩は七海先輩の正体を見抜いてらしたのでしょう?」
「だから、見抜いて――」
「私が魔法使いだという事も見抜いておられるようですし」
……は?
凛の言葉の意味が解らず、僕は言葉を失う。
「おや、先輩が急に口をつぐまれてしまいました。これはいったい如何様なことでしょうか。これは充分に考察に値する事態です」
いやいや、待て待て。
「おまえが魔法使い?」
「おや、なぜ今更そのような事をご確認なさるのでしょうか?」
「いや、僕はおまえが魔法使いだなんてまったく知らなかったぞ!」
「おや?」
凛は表情を変えぬまま、首をかしげる。
「このパターンは大きく分けて二つの可能性がありますね。先輩が本当に私が魔法使いと知らなかったパターンとなんらかの理由で私の秘密を見抜いておられなかった振りをしているパターンです。後者の場合では――」
「前者だよ、前者!」
僕がこの場面で惚ける理由などないだろうに。
「でも、先輩は以前おっしゃっていたではありませんか」
「は? 何を――」
『おまえ、まわりくどすぎる。今時魔法使いの呪文だってもっと簡素だぜ』
『………………』
「あれは、そんな深い意図で言った言葉じゃねえ!」
「おや、そうでしたか。まあ、どっちにしても私は魔法使いです」
「魔法使い、たって……」
「では、一つ私の魔法をお見せしましょうか」
魔法。本当に凛まで超常の力を持っているというのか。僕は思わず、またごくりと唾を飲む。
「では、先輩にご協力いただきましょう」
「僕か?」
「今から私の力で先輩に乗り移ります」
「は?」
僕には彼女の言葉の意味が解らない。
「百聞は一見にしかず。やってみましょう」
そう言われた、次の瞬間――
僕は意識を失った。
「はっ!」
僕は覚醒する。いったい僕は今まで何を――
「なんじゃこりゃあ!」
僕は自分の身体を見て驚く。
全裸だった。
そりゃあ、もう全裸だった。
パンツ一枚身につけておらず、完全に生まれたままの姿である。
愛しの息子の姿もばっちり晒されており――
「凛ちゃん! ナイス!」
カシャ! カシャ!
七海がスマートフォンで僕の身体を撮影していました。
「いやーん!」
僕は辺りに脱ぎ捨てられていた制服を身につけて、ようやく一息つく。
「つまり……今のは凛が僕に乗り移って、服を脱いだってことでいいのか?」
「その通りです」
七海は先程撮影した僕の全裸画像を見て、涎を垂らしている。後でスマートフォンごと叩き割ってやる。
「おまえの魔法は理解したが、僕を全裸にする必要はあったのか?」
「サービスです」
「何のサービスだ!」
いったい誰が喜ぶのか。いや、七海は喜んでるけど。
こいつら、僕の全裸好き過ぎだろ……。
「まったく……」
七海は超能力者、凛は魔法使い。この流れだとアンネは宇宙人あたりか?
「アンネはどうなんだ?」
「Oh、ちゃんと会長さんの全裸は心のアルバムにしまったネ」
「そんなことは聞いていない」
そういや、こいつも僕の息子をガン見してやがった。
「は……そうネ……自分で脱いだとはいえ、人の全裸をガン見するなんてマナー違反ネ……そんなことも解らないミーは、さっさとこの次元から消失すべきネ……」
「好きなだけ僕の全裸を見てください!」
また泣きだしそうになるアンネを見て、僕は思わず叫んだが、台詞はかなり変態染みている。
なんとか泣きだすことを回避したアンネはにこりとして言った。
「Oh、さすが会長さん。心が広いネ。人間じゃないミーを受け入れてくれるだけのことはあるネ」
「んー……?」
また意味の解らない言葉が聞こえたような。
「人間じゃない……?」
「イエス! ミーは人間じゃないネ」
「どういう……ことでしょう……」
「Oh、知らなかったネ?」
「知るわけないだろ!」
僕が思わず声を荒げると――
「……また会長さんの気分を害してしまったネ……ミーのような存在は次元の渦に呑まれて消えるべきネ……」
「ネガティブにならないでー。みんな、アンネのこと大好きだからー。だから、早く続きを頼むー」
僕はアンネを宥めすかしつつ、話を促す。
また、ころりと態度を変えて、笑顔になったアンネは言う。
「ミーは概念生命ネ」
「概念生命……?」
聞きなれないワードだ。超能力者や魔法使いも本当にいるとは思っていなかったが、意味は理解できた。対して概念生命なる物はどんな存在なのかも想像がつかない。
「簡単に言うと概念だけで構成された幻ネ」
「幻?」
「そうネ。ミーという概念は、直接みんなの脳に投影されているだけの概念存在で、質量をもたないネ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
どうやらだいぶ簡単に説明してくれているようだが、それでもまだ理解できない。
「んー、要はこういうことネ」
アンネは続ける。
「今、みんなの目の前には机があるネ。どうしてみんなが机があると思っているかというと、それは脳がそう認識しているからネ。もっと言うと脳が視覚や触覚などの感覚器官から得た情報を精査した結果、目の前に机があると認識してるネ」
言わんとしていることはなんとなく解る。
「ミーは現実には質量をもたない概念でしかないネ。でも、みんなの感覚器官をすっ飛ばして、脳に直接情報を送り込む事ができるネ。その結果、みんなはミーが目の前に存在していると思い込んでいるネ」
「いや、ちょっと待て」
僕はアンネの話を遮る。
「おまえの話だと、おまえは概念とやらで質量がないんだよな? じゃあ、なんでおまえは物に触れる?」
アンネは答える。
「ミーが情報を送り込んでいるのは、人間の脳だけじゃないね。この『世界』そのものにも送り込んでいるネ。ミーがやっていることは、要はとても強力な催眠術ネ。催眠術にかけられた人に『これは焼け火箸だ』と言って、冷たい箸を押し当てると本当に火傷するネ。それと一緒ネ。この世界もミーにだまされているネ」
「わかるようなわからんような……」
だんだん話が難しくなってくる。
「結局、ミーは人間じゃないってことネ」
「そんなまとめ方でいいのか……」
「だいたい、会長さんはミーが人間じゃないって知ってたネ」
「はあ? 知るわけ――」
『すべての人間の中で一番好きネ?』
『ああ。人間のみならず全生命体の中で一番好きだわー』
「図らずも!」
だから、そんな深い意図で言った言葉じゃないから!
「まあまあ、ミーが人間じゃなくても、会長さんが大好きなアンネであることには変わりないネ」
「おまえ、ポジティブなのか、ネガティブなのか解らんな」
ともかく自分が否定されるのが嫌なようです。
「ちなみに、ミーは概念存在なので、姿に関しては自由自在ネ」
「姿が自由自在……?」
それはつまり――
「変身!」
アンネがそう叫んだかと思うと、一瞬光に包まれ――
「どうだ?」
目の前には僕が居た。
「は?」
僕の目の前に居るのは僕だった。
「まあ、こういうことだよ」
まるで鏡を見ているようだった。紛れもない自分が目の前に居るという事実が僕をぞっとさせる。自分と同じ顔をした存在が居ることが、こんなにも不気味なのだと、今、僕は知った。
「どうだ、僕? これで僕が概念生命だって信じたかい?」
「あ、ああ」
僕はただただ圧倒されてしまっていた。こんな超常現象を目の前につき付けられては仕方がない。
こいつは本物だ。
「もしかして、まだ信用できないか?」
僕は僕が茫然自失のため、反応できないことを懐疑のためと捉えたようだった。
「なら、さらに証拠を見せてやる!」
そう言って僕は――
「これでどうだ!」
僕は全裸になっていた!
五分ぶり三回目の全裸である。
「なぜ脱いだ!」
「言っただろ、さっき心のアルバムに焼き付けたって」
「そんなアルバム燃やしてしまえ!」
僕は無理矢理に僕に服を着せるのだった。
「はあ……つかれた……」
長い付き合いだった面々の正体が、ただの人間ではなかった。このショックは大きい。しかも、それが三連発だ。すき焼きとステーキと焼き肉を同時に喰わされたような気分だった。
しかし、油断はならない。
二度ある事は三度ある。なら、三度あったことが四度あってもおかしくはない。
「椿野、まさかおまえも……」
僕は黙って僕たちの話を聞いていた椿野に話を振る。
すると彼女は神妙な顔で言う。
「ごめんなさい……あたしはただの――」
良かった、こいつは一般人――
「ただの神です」
「ただの神ってなんだよ!」
すごい矛盾したことを言われている気分である。
「ついに神まで出てきやがったよ……」
驚いてはいる。驚いてはいるんだが、少々食傷気味である。なぜ、こいつらはこんなにもあっさりと正体を晒していくのだろうか。
「いや、本当に神と言っても大したことなくて……」
「いや、神は大したもんだろ」
「八百万の神、って解ります?」
八百万の神。それは、たしか、神道における自然信仰の一つ……。
「すべてのものに神様が宿っているとかいう考え方だったか?」
「その通りです」
「つまり、椿野は何かの神様ってことか」
「は、はい」
椿野はきょろきょろと自信なさげに目を彷徨わせている。
「どうしたんだよ」
「いや……皆さんがあまりに大物だったので……緊張してるんです……」
「確かにこいつらの正体には驚いたが……」
超能力者に魔法使い。概念生命だったか。
確かに素直に受け入れろという方が無理な話だ。
「だけど、おまえも神なんだろ。だったら、同等か、むしろすごいくらいなんじゃないのか」
「ハードルをあげないでえええええええええええええっ!」
「落ち付け!」
また、目が逝きそうになっていました。
なんとか発狂直前で、椿野を抑え込むことに成功する。冷静さを取り戻した椿野に改めて問う。
「じゃあ、おまえは何の神なんだ?」
椿野は消え入りそうな声で言った。
「かみ……」
「いや、『神』は解ったから、なんの『神』なんだ?」
「いや、だから『かみ』……」
「『神』?」
「『かみ』……」
椿野は自分のツインテールの根元を掴む。
「私は……ツインテールの神です……」
「そんなニッチな神様居るの?!」
ちなみに三つ編みからサイドテールまで担当は分かれているそうです。
「何? ツインテールの神って。ていうか、そもそも神って何者なの?」
僕は思わず椿野に畳みかける。
「ああ、一度に言わないでぇ。また発狂するからぁ」
こいつもめんどくさいな。
僕はつとめてにこやかに、子供をあやすように優しく問いかける。
「神ってなんなんだ?」
「……神っていうのは、特別な力をもった『霊体』のことです」
「『霊体』? 幽霊ってことか」
椿野は眉を八の字にしてぼそぼそと説明する。
「厳密には違います……確かに生命として生まれ、死んだ後のものも『霊体』になりますが、生まれつき『霊体』として生まれるものも居ます……どちらにしても言えるのは、魂だけで肉体をもたない存在を『霊体』と呼ぶ、ということです……」
「ん? おまえも幻だっていうのか?」
先程アンネも自分は肉体をもたないと言っていた。
「似ていますが違います。私は自身の肉体を持っていませんが、『世界』からここに『存在』する承認を受けています。だから、『世界』からここで通常の生命体と同じ様に物体干渉する権利を与えられているのです」
「はあ……」
「なるほどネ」
アンネがぽんと自分の掌を叩く。
「今ので解ったのか?」
「そうネ」
アンネは満面の笑みで続ける。
「ミーもヒジリも肉体がないのは一緒ネ。でも、聖は正式に『世界』から承認を受けて実質的な肉体を与えられているネ。たぶん、仮の器的なものネ」
「そうです。私はいわゆる『御神体』というものに乗り移っています。幽霊がとりついている言えばイメージしやすいでしょうか」
「なるほど、少し解った」
つまり、椿野自体には肉体はないのだが、何か肉体の代わりになる器をもっているということか。
アンネは続けて言う。
「それに対して、ミーは本当に肉体がないけど、『世界』を含め、みんなを騙して肉体があるように見せかけているネ。言うなれば、ヒジリは正式なユーザーで、ミーはもぐりネ」
「はーん、色々あるんだな」
正直、話の半分も理解できていないと思うが、今は仕方がない。あとでじっくり考えるとして、だ。
「じゃあ、ツインテールの神である椿野は何ができるんだ?」
「え?」
「神だからすごいんだろ」
「やめてえええええっ! ハードルをあげないでええええええっ!」
「いちいち発狂するな!」
そろそろめんどくさい。
半ベソをかいている椿野は言う。
「あたしの力はしょぼいですよ……」
「いや、別にいいよ……」
正直、期待してないし。
「いや、絶対力を見せたら、会長は『それだけ?』って言います」
「言わない言わない」
「本当ですか……?」
涙目で僕を見上げる椿野。
「ああ」
僕は力強く返事をする。
もはや、今日は驚きつくした。今更何が起こったって動揺はすまい。
「では、言います……」
皆が椿野を見つめている。
そして、椿野は言った。
「あたしの力は――」
椿野はカッっと目を見開いて言った。
「ツインテールが動きます!」
ツインテールがヘリコプターのローターのように、くるくると回転していました。
「す、すごいな」
『それだけ?』という言葉はぎりぎりで呑みこみました。
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